終局篇 六
私の散々入れたツッコミはさておき、この戦場において宝貝使い達の戦闘も一応の決着が付いたはずなのだけれど。でも。戦争の落とし前は一体どこで付ければいいんだろう?
確か二割戦力が削れた方が負けのはずだけれど、北都国が引く気配は全く見られない。私が辰巳の方をじっと見ると、辰巳自身は全く剣の柄から手を離していない事に気付く。
「……辰巳、あのさ」
「あの女が、そろそろ来る」
「え?」
「……前からおかしいと思っていたんだ。あの女の宝貝は一体何なのかと」
「……え、ちょっと待って、丁は宝貝なんか持ってたの?」
あの人は基本的に滅茶苦茶がデフォルトの人だったと思うけど、宝貝使ってたなんて、今初めて聞いたんですけど。
辰巳は私が思わず声を上げるのに、黙って頷いた。
「……あの女の宝貝は」
辰巳が言い終える事はできなかった。
突然地鳴りが響き始めたのだから。私がまたもつんのめりそうになったのは、辰巳が黙って私の襟首を掴んでくれたおかげで恥をかかず済んだっぽいのに少しだけほっとする。
でも……。さっきまでいたはずのに兵士の人達が全員忽然と姿を消したのだ。北都国の人も南都国の人も見えなくなり、まるでこの戦場一帯が無人になってしまった。それに……。目をよーく凝らして見回してもこの辺り一帯が何か変なのが分かる。匂いがしない。鼓膜がぶわりと広がるような無音が広がっている。どんなに静かな場所でだって空気の流れる音や誰かの呼吸音は聞こえるものなのに、それすら聞こえない。かろうじて辰巳の息は聞こえているものの、違和感しか肌が拾わない。
まるでCGのセットの中に立ってると言うような、全部が全部作り物って言うそんな感じがする。
「何コレ……」
私の問いに辰巳は「ちっ」と舌打ちをする。私にしたんじゃなく、元凶にしたみたい。
その元凶は一体どこよ……。視線を彷徨わせたけれど、それらしい人は見つからなかった。そこで、辰巳がずっと考えていた丁の宝貝について考えが飛ぶ。あのぶっ飛んだ人がまだぶっ飛んだ飛び道具を持っていてももう驚かないけれど(と言うより、あの人の神経自体が色々理解できな過ぎて、これ以上ツッコミなんて入れてられないっつうのがあるんだけどさ)それで地震起こせるとかってどれだけ無茶苦茶なんだって話よ。
「ねえ、丁の持ってる宝貝って何」
「……仙術の基本の話は前にしたと思うが」
「え、何よいきなり」
「それと同じだ」
甲さんは辰巳の教育方針を色々間違え過ぎだと思うんだ。でも前に戦術についてあれこれ言っていたような気はする。
あれこれと文面を書いた後、それに仙力を流せばいいんだっけ。そんでもって、宝貝は何も形が武器の形をしてなくてもいい。だって指先から糸を出すなんて言う宝貝もある位なんだから、形は何だっていいんだろう……って、あれ?
「ぶっちゃえ仙術を手軽に使うのが宝貝って事だよね?」
「そうだな」
「つまり、宝貝の形は何でもいいんだよね?」
「ああ」
辰巳はずっと眉間に皺を寄せて、やがて剣を引き抜くと一閃した。衝撃波。風を切った音にしては随分と鈍い音が響いた。まさか……と思う気持ちが嫌でも確信へと変わっていくのが嫌になる。
私は辰巳の後ろに隠れつつ、ボソリと呟いた。
「この空間そのものが、丁の宝貝とか、そんな馬鹿な話ないよね?」
辰巳は肯定も否定もしてくれなかった。
ちょっと待ってよ。一体どれだけあの女は桁違いなの。宝貝が空間そのものって一体どうやって。どうやってそんな無茶苦茶な宝貝持ち出したのよ。と言うよりいつから使ってたの。こちらに何も気付かせずに使うとか、そんなのありな訳!?
「……あの女が戦争を引き起こしたのは、邪魔な北都国を滅ぼそうって言うそれだけじゃない。邪魔な仙人郷の人間や宝貝使いを、この地に宝貝を敷いて閉じ込めるって言うのがあったんだろう」
「さっきの人達は!? あの人達は丁の部下なはずじゃ……」
「俺達をここに閉じ込めるための撒き餌だろうさ」
そう言いながら辰巳がじっとこの作り物の宝貝の中心を睨みつけた。そこに。
ふわりと何かが舞い降りてきた。それは桜の花びらが舞う春を思わせた。
ひらひらと舞う羽衣は本当に初めて見た時のように、天女を思わせるような幽玄な美しさで目を奪われる事必至なのだけれど、この場所に立ったらただただ違和感しかないのだ。戦場には不釣り合いな優美さは、違和感しか残さない。
辰巳は剣を突き出して、彼女を見た。
「……丁」
「ここまで来たのね」
鈴を転がすような、凛としたたたずまいはそのままでこちらを一瞥すると、ほんの少しだけ唇を吊り上げた。それはさも面白い物を見つけた時のような、わずかに興味を持ったような顔だった。
対する辰巳は厳しい顔そのままで、ただ一心に神経を張り巡らせて剣を構えている。
「……この山を割るつもりか?」
「宝貝を取り出すにはそれが一番手っ取り早いでしょう?」
「いいのか? この場で宝貝を開帳して」
「誰もこの場で仙道が争っている事には気付かないでしょうね、私の宝貝はそう言うものだもの」
だから、何でそんなこの人は何でもありなのよ。私は思わず頭を抱えて辰巳を見たけれど、辰巳は冷たい視線を丁に送るばかりだ。こいつ……丁としゃべって得たわずかな情報で、宝貝を破壊する手段推理してるんじゃ。私は思わず丁を見た。
辰巳が衝撃波を起こしてたのは、この女の宝貝に対抗するため……って事なんだよね、やっぱり。でも、空間なんてどうやって破壊すればいいの。丁は面白そうな顔をして辰巳をじっと見ていた。
「ここで諦める気は毛頭ないのね。戦場から忽然と軍師が消えたのならば、それで軍は有象無象の集団になるとは思わなくて?」
「あいにく、あんたと同じでそれなりに人は向こうに残してきている。俺がいなくても何とか回るだろうさ」
「本当に」
丁は凛としたたたずまいのまま、形のいい唇を吊り上げ続ける様は、空に浮かぶ細く抉られた月を思わせた。猫がにっと笑うような、そんな細い月。
「本当に──諦めるって言う事を知らないのね。何度踏んでも叩き落としても這い上がってこちらを睨み上げる、本当に滑稽な生き物」
まるで大人が子供に言い聞かせるような言い方で、辰巳が自分に勝てない部分を一つ一つ言いあげていく。そこには全く自分の言葉に疑問を持っていない、だからと言って辰巳を馬鹿にしている訳でもない、ただ当然のように言い放つ様には、思わずぞっとする。
「あなたは私に勝てるものはなあに? ちょっと仙力を引き摺り出せるようになった事? 頭がよくて先の先まで見通せると言う事? でも──全部私に出し抜かれているわね。
私が遊んでいる遊戯盤の上から、一度でも抜け出せた試しがあって?」
この女……辰巳を気に入っているみたいな事言いながら、最初っから辰巳を相手にしていない。この言い方って、新しいおもちゃの遊び方の説明書読んでるのと同じじゃないか。
「でも……下の下だと言うのにそれでも対等だと抗う様は本当に面白いわ。本当に……」
辰巳の緊張がビリビリとして、こちらにも伝わる。
ひらり、と丁の纏う羽衣が広がって舞った。
「──殺し甲斐があるのは、あなたが初めてよ。辰巳」




