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終局篇 五

 火の粉がバラリバラリと言う音を立てて、円を描いていた。その円は、明らかに戌亥さんと女性を取り囲んでいる。いや、これは。

 戌亥さんの動く場所を狭めようとしている……?


「戌亥さん……!?」


 思わず叫ぶけれど、ただ戌亥さんは楽しげに顔を歪めるだけだった。


「いいなあ、とびきりの美人さんにこうやって籠絡されるって言うのは悪くない」

「あら、火傷するのが楽しいとでも?」

「恋愛沙汰で火傷抜きの遊びなんてものは、楽しくないと思うなあ」


 って、何だこの軽快なトークは!?

 ここ戦場なのにこんな色っぽいトークかましているのは何なの。と言うより戌亥さん悪い男だわ、マジでマジで。私にナンパかましてくるわ、子子ちゃんに好かれてるわ、今もあの女性ナンパしてるわって……。

 でもこんな炎の円なんてどうやって突破すんのよ。見てるしかできないとは言えども、私がじっとそちらの方を凝視している間に、ジャリッと言う足音がして振り返った。さっきまであの男性とやり合っていた辰巳が、わずかに血の匂いを纏わせて戻って来たのだ。


「お帰り。無事でよかった」

「馬鹿かお前も。こんな所で逃げないで」

「むしろ時々こっちを気遣ってくれた方が安心できますー」

「それがこっちの神経すり減らしてるって分かってないのか」

「だって、アンタ時々神経にわざと負担かけないと、すぐどっか行きそうなんだもん。アンタ知ってる? 大分怒りっぽいって」


 私が適当な事をくっちゃべると、辰巳は眉間に皺を寄せた。肯定も否定もしないんだから、こりゃ自覚はあるんだなあと勝手にそう取っておく事にした。

 正面を見ると、炎を円に囲まれて、戌亥さんはなおも大剣で槍とやり合っていた。


「あのさあ、戌亥さんあれ大丈夫なの? ほら、焦げそうだし……」

「問題ないだろ」

「何でえ」


 辰巳があっさりとそう言い切るのに、私は拍子抜けする。辰巳は相変わらず剣の柄に触れたまま、じっと戌亥さんと女性がやり合っている方向に視線を送った。


「もしすぐ人を蒸発させるものだったら、俺と先程の男のやり合いの最中にさっさと文字通り横やりを入れてこちらを射止めればよかったんだ。それができないんだから、あの炎の火力はそこまで強くない」

「……戌亥さん、マジで焦げない?」

「火が燃えるのは何でだ?」

「いきなりトンチですかぁ……」


 何で辰巳まで甲さんみたいな意地の悪い問答してくるんだろう……。

 思わずげんなりしつつ、戌亥さんと女性がやり合っているのを見る。この世界の空気ってそもそも酸素入ってるのかなあ。とりあえず空気と燃えるもの、でいいんだっけ。


「燃料と空気……じゃないの?」

「じゃああの火はどうやって燃えてると思う?」

「……どうやって?」


 炎が消えずに燃えてるって事は、燃料供給があるって事なんだろうけど、あの宝貝使って火を出した所までは分かるけれど、燃料もなしに燃え続けるって事はできないはずよね……。

 ……宝貝使ったって事は、仙力と関係あるの?


「あのさ……私この世界の火の仕組みってさっぱりだけど、あの宝貝のおかげで燃え続けてるって事は、とりあえずあの宝貝壊せばいいって事なの?」

「半分は正解。あの槍は火尖槍って言う代物だ。本来は炎を操るものだったらしいが、今は一芸特化の代物に成り下がっているな」

「成り下がってるって……ああー……」


 そう言えば、今使われてる宝貝は、元々は祭具用宝具のレプリカなんだっけかと大分前に聞いた事を今更思い出した。


「一芸特化って何よ」

「燃料がなければ火は燃えない。燃料は火尖槍だと作り出せない。なら燃料は、術者が適時作り出すしかないって訳だ。

 槍は一見すると長過ぎて懐に飛び込まれたら対処に遅れるが、距離を取って戦うのならば、自分で距離感を選べるものだ。あの女は恐らく、戌亥を攻撃しながら服を裂いて燃料に使っているんだ」

「って、そんなんであれそんなに燃え続けるもんなの!?」

「あの槍の切っ先には常に脂がある。人間を裂けばどうなるか分かるな?」

「うーわーあー……」


 聞いてげんなりとした。

 人の脂肪で燃える炎とか、嫌過ぎる。でもそれだったら。


「供給止めちゃえば、火は消えるって事で合ってるの?」

「そうなるな。あいつもあの女に燃やされる趣味もないだろ」


 私と辰巳が話している間に、戌亥さんの大剣は尚も女性の槍と交わっていた。ガンガンッて豪快なぶつかり合いの後、だんだん戌亥さんの力が強くなっていくのが分かる。

 女性はいくら武人だと言っても女性で、戌亥さんは動ける距離を狭められているとは言っても男性だ。長期戦になったら実の所不得手なのは女性の方が。腕力に物言わせてしまえば、女性も槍を長い間は持てなくなってしまう。柔よく剛を制する事ができるのは、場所を狭められてない時の場合だ。女性は戦略を誤ったのかもしれない。

 女性が槍を取りこぼしそうになった、その時。

 戌亥さんは大剣を振るうと思ったのに、そっちではなくシュルリと言う音を立てて女性を縛り付けた。金鞭を使って女性を捕縛したのだ。


「……まあ、随分ね」

「悪いなあ、そう言う趣向はないが、俺も好きにやられる気はなくてな」


 そう言いながらいきなり戌亥さんは女性の胸倉に手を突っ込んだ。


「って、何やってんの!?」


 私が悲鳴を上げたものの、隣の辰巳は冷静なままだった。


「宝貝を取り上げてるんだろ」

「宝貝取り上げるって!? 槍の方じゃないの!?」

「俺が剣以外も持ってるのに、どうしてあの女が火尖槍だけじゃないと思う?」

「あ……」


 戌亥さんが女性の胸倉から取り出したのは、小さな小瓶だった。この瓶を高く遠くに投擲した。小瓶はどこかでパリンと言う音を立てて割れた。コポリコポリと中身を垂れ流した。

 戌亥さんは笑顔で言い放つ。やたらめったら男の色香を垂れ流してるけど、全然格好よくないからね。私はこういうの好きじゃないし。


「火傷するような恋は好きだが、物理的に燃える趣味はないんだ」


 うーわーあーい。

 私は思わずげんなりとした顔になってしまった。あの小瓶。勝手場で見た事がある。あれ、油さしだ。負けたふりして戌亥さんにぶっかける気だったのかと思うと、女の人って本当に怖いって言う気しかしない。

 私も女だけど、多分大した事ないって思うの。

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