終局篇 三
既に臨戦態勢になっている辰巳を見つつ、私は戌亥さんの傍に立った。
「そう言えば、子子ちゃんは?」
「あいつは後方部隊の方に預けた。怪我人が出ている以上、薬師は必要だろう」
「あの子、すごいですね……」
「あいつは治療をきちんと仙道から習っているからな」
それを聞いて、思わず一息を吐く。
皆が皆、やれる事をしている。私だけだ。やれる事がたった一つしかないのは。だだっ広い戦場を見ると、既に辰巳は剣を抜いているのが見えた。女のような男の人は大きく扇を広げると、じっと互いが睨み合う。
僕に乗っている女性は二人の間に入り込むような真似はせず、戌亥さんの方に視線を落としていた。
「宝貝使いと言う事は、私の相手はあなた?」
女性の声は甲高く、子子ちゃんと年は変わらないように思えた。見てくれは私よりもずっと年上に見えるけれど、仙道の年齢ってのは見た目では判断できないものらしいから、多分私の計算はおかしい気がする。
私の隣で戌亥さんは嬉しそうに口笛を吹く。
「いいね、お嬢さんと戦えるなんて」
「私は殿方は好きではないわ」
「俺はお前さんみたいな子は実に好みだね」
……戌亥さんって好かれるのは子子ちゃんみたいな健気な子なのに、好きだって豪語するのが私だったりあの人だったり女の人の形が分かりやすいのが好きなのかしらん。どっちでもいいんだけどさ。
私が少しだけ戌亥さんと女性の方に意識を集中させている間に。
正面では剣戟が奏でられていた。あの男性は辰巳の剣を扇で難なく受け止めていたけれど、辰巳の剣からは大きく何かが出ているのが分かる。
そう言えば。あの剣は今まで辰巳は仙力を外に出す事ができなかったから、あれをそのまま剣としてしか使えなかったけれど、今の辰巳は甲さんのおかげで仙力を引き出す事ができるって事だから、つまりは宝貝としての使い方ができる。現に戌亥さんが宝貝として使った場合、岩がバターのようにペロリと斬れてしまったんだから、今の辰巳が使ったらどうなるんだろう。
と、辰巳と男性が切り結んでいる地面に衝撃波が走る。莫耶宝剣と、あの扇……二つの力が相殺し合っているって事……?
途端に女性が大きく槍を凪いだと思ったら、何もない所を一閃した。衝撃は死に、こちらには被害は及ばないものの。辰巳と男性の二人が立っている場所が耐え切れなくなったのか、どんどん足が地面に埋まり、やがてクレーターみたいに地面が抉れてしまった。二人とも、今交わりを解いたらどれだけ被害が及ぶか分からないせいか、顔をしかめあわせたまま、力を出し合って今の拮抗を保っている。
「辰巳……!」
私は思わず叫んでいた。女性は面白くなさそうな顔でこちらにちらりと視線を寄越すと、戌亥さんに視線を戻す。
「ここは戦場よ。お荷物は盾にもならないわ」
「いや、男は馬鹿な生き物なんだよ。帰りを待つ女ってもんを手に入れてないと放たれた矢の如く戻る気配すらないんだからなあ」
「殿方の流儀には興味ないわね」
戌亥さんは軽口を叩きつつも、金鞭の柄に触れたままだ。女性は槍を持ちながら、ようやく僕から降りる。降りてじっと戌亥さんを見定める目は、今までの仙道みたいな派手さと言うよりも、丑寅さんみたいな副官や軍人さんを思い浮かべる雰囲気だった。
辰巳と男性がやり合っている傍で、こちらも戦闘が始まろうとしている。
「卯月、せめて俺の目の届く所にいろよ」
「うん。辰巳は……」
「あいつも心配だろうけどな、ただどうしてお前を置いて行かずにここまで連れて来たのか、一度じっくり考えてみろ。辰巳もあれで過保護だからな」
「……知ってる。分かり過ぎる位に」
「分かってるならそれで十分だ」
戌亥さんがニヤリと口元を吊り上げたのと、女性がこちらの会話を無視して槍を一閃したのはほぼ同時だった。
まるで大気が避けるかと思うような、衝撃が起こり、それで後方に待機していた兵士の人達も頑張って足を突っ張らないとひっくり返ってしまいそうだった。私もまた、足を草履のまま必死で突っ張らせる。ここでこけてしまうのも、何だかしょうがないし。
戌亥さんは衝撃を金鞭を大きくしならせて殺した。鞭がしなり、大きく音を立てると、槍を絡め取ろうとする。女性は槍を絡め取られないよう柄をきつく掴んで、そのまま足を大きく振り上げる。戌亥さんは楽しげにその足を自分の肩にわざと当てて、そのまま女性を押し倒す姿勢で地面に突き飛ばす。
女性は何故だかひどく楽しそうな顔をしていた。戦闘狂……って言うのはああ言う表情を浮かべる人の事だと思う。
「殿方でも嬉しいわね。女と言うだけで手加減する輩が多いんですから」
「そりゃどうも。戦闘に誘ってくれてるんだ。遊ばせてもらわないと困るな。あんた、名前は」
戌亥さん、何でここで女性口説いてるの。子子ちゃんのためにもツッコミでも入れようかと思ったけれど、女性は楽しそうに顔を歪めたまま、柄を持つ手にぐっと力を込めるのが分かる。
「私、殿方に名前を名乗る時は死ぬ前か殺す前って決めてるの」
途端。槍は先端から大きく火を噴いたのに、私は思わず大きく目を見開く。
「戌亥さん……!?」
「なあるほど……むやみに触れると火傷するって奴か」
戌亥さんはニヤニヤした顔で、金鞭を緩めると、火を噴いた槍が一閃される。戌亥さんは巻き込まれたかと思ったけれど、炎は舞い、辺り一帯を焼けるような温度が支配しても、戌亥さんは火傷する事はなかった。金鞭で大気を震わせて、火を自分に届く寸前に消していたのだ。
もう、宝貝同士の戦いって、本当意味が分かんない。私は思わず目をごしごしと擦った。




