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終局篇 二

 矢が飛び、血が吹き出る。それを乗り越えるように、人が走って来る。着ているのはこちらから見ても薄い鎧で、本当にテレビでちょっとだけ齧ったような三国志でも見た事がないような位にボロボロのそれは、簡単に矢じりを通してしまった。

 矢が当たった人達があまりにも簡単に死んでいくのに、私は何も言えない顔になってしまった。

 ここで悲鳴を上げられたら可愛げがあったのかもしれないけれど、それをする訳にはいかず、ただ私は奥歯をギチリと噛みしめていた。

 人の命は本当に平等なんだ。人は案外死なないって言われているけれど、それって命の保証がされている場所でだからそう思うだけだ。

 人の命は本当に平等。だって、戦場に立った途端、こんなに簡単に人が死ぬじゃないか。私は歯をギチリと噛みしめつつ、辰巳のマントの裾をぎゅっと掴んだ。

 私が脅えちゃ駄目だ。だって。

 今身内の人のはずの隣人だけで編成された部隊と対峙しているのは辰巳で、その人達を殺すよう指示を出しているのだって辰巳だ。だから、私がここで叫んだら、きっと辰巳は余計に傷付く。だから、絶対に駄目だ。

 私はただその光景を忘れないようにと、じっと目を見開いてこの光景を瞼に焼き付けようとしていた。

 矢が空いっぱいに飛び交う光景は、やっぱり私の知っている知識だと現実味がなかったけれど、空気の冷たさが、優しくない温度が、鼻を突き刺すような血の生々しいにおいが、間違いなくこれは今目の前で確かに起こっている事なんだと言う事を思い起こさせた。

 馬は震動している。辰巳が指揮を執ったまま後方部隊は移動をしているのだ。

 目の前を先鋒隊が移動し、後方はこうして下がって、取りこぼした人達の迎撃に当たっている。


「辰巳、今移動しているのは何で?」

「指揮のためだ」

「それ答えになってないじゃん」

「……この戦場の人間同士の戦は、早期終結に限るだろ」


 辰巳は淡々としゃべっている。何だかこのしゃべり方はデジャブだと思ったら、初めて会った頃もちょうどそんなしゃべり方をしていた事を思い出した。

 ……それに少しだけ安心した。辰巳は今の状況、やっぱりよくないって思ってるんだって分かったから、それだけで少しは安心できた。後方部隊はどんどん進んでいく。途中高所に陣取られていた部隊から矢を当てられたけれど、北都国は元々北国の部隊だ。防寒具に突き刺さったおかげで、幸い死者は今の所出ていない。

 ……先鋒部隊の方は、流石にこっちからだったら把握なんてできないから、どうなっているのかなんて見えないし、分からない。辰巳も多分同じだと嬉しい。

 私達が馬でしばらく走っていて気付く。

 どうして、南都国側の布陣が真横に見えるの?


「ちょっと辰巳、これって……」

「今は移動中だ」

「そうだけどさ! 何で今、南都国側が……」

「……こちらが逃げれば敵は追いかけてくるのが普通だ」

「うん」

「追いかけてくれば逃げる」

「うん」

「先鋒隊は先に南都国側に向かった。その後すぐに南都国側から迎撃された。そこまでは分かるな?」

「そりゃ、向かって来たら迎撃するのが、戦場だったら普通……なんだよね?」

「その先鋒隊がそのまま迎撃側から撤退し、側面へと逃げた。そして後方部隊も撤退したらどうする?」

「追撃をしかけるんじゃないの?」

「後方部隊しか見えていなかったらな」


 もしかして……布陣に誘い込むって言う作戦だったって、そう言う事? 私が目をぱちりと瞬かせた。

 辰巳は向こうが三割減らしたらそれでいいって言っていた。もしかして……。


「あっちが降伏してこなければ意味がない。あっちが降伏してこない事には、南都国側についた仙道は動かない」


 側面に見えてきた南都国側の人達は、流石に驚いたようだった。

 要は誘い出した上で、ぐるっと先鋒隊と後方部隊で取り囲み、降伏を勧告する、そう言う作戦だったって訳だ。

 こんな大人数、全然見えてないはずなのに。それでも辰巳はきちんと指揮を執った。でもきっと……。辰巳はそんな自分を誇りになんて思わない。……降伏させるために、三割の人達を見殺しにしたんだ。北都国側だって、先鋒隊の人達からは死者は出ているはず。一番に先陣に突っ込んだんだから。

 向こうからはのろしが上がる。

 教えてもらったのろしは、撤退ののろしに、降伏ののろし。あと友好ののろしだ。こののろしは降伏を示すものだった。


「……人間側はこうなるな。さて、仙道側はどうだ?」


 のろしがしゅるしゅると空の色に溶けて消えたその後。

 地鳴りが響き始めた。これは雪崩のものではなく、大きな足音だった。そして戦場に向かってやってくる、獣臭い匂い。

 乗っているのは僕なんだろう。それはよだれを垂らしている虎のように見えた。でも虎みたいにふさふさとした毛皮に牙、そこまでは分かるけど、角のようなものが生えているのは、この世界の虎と言えばいいのか、辰巳みたいに召喚した上で僕にしたものなのかの判別が私だと付けられなかった。

 その僕に乗っていたのは、煌びやかな衣装を着ている人々だった。この戦場でこんな薄い服を着ている人が普通の人な訳はない。辰巳は黙って馬を走らせる。


「軍師、これは」

「南都国側の仙道だ。人間の部下達は全員下がるよう伝令を出せ」

「はっ」


 伝令役の人に短く言うと、その人は風のように去って行った。辰巳はマントの下から剣を抜く。


「卯月、お前はここにいろ」

「ちょっ……辰巳……!」

「ここから先は宝貝使い同士の戦いになる。近付けば死ぬぞ?」

「いつもの事じゃん。それにここに私がいた方がきっと迷惑になるよ」

「何で」


 辰巳が眉間に皺を寄せるけれど、私だって引く訳にはいかなかった。

 もう最後まで付き合うって決めたのに、こんな所で置いて行かれてたまるか。私は奥歯をガンって噛んでから、一気に言った。


「私があんたを心配だからだよだから最後まで一番特等席で見せろっての死にそうな目に合ってるのなんていつもの事じゃんそんな馬鹿な私を甘やかしてるのは辰巳でしょ馬鹿じゃないの自分の事だけ考えてりゃいいのにいつもいつも人の事ばっかりじゃんやっぱり心配だから戦場まで行くよいちいち他の人の事ばっかり考える位だったら今一番死にそうな私のお守りでもしてりゃいいんだよあんたは」


 理論も理屈も滅茶苦茶だけど、言いたい事を全部言い終えた後、辰巳は相変わらずの仏頂面になった。


「好き勝手言うな、馬鹿」

「好き勝手言ったんだ、馬鹿と言った方が馬鹿だ」

「そうか、なら」

「うん」

「……死んでも知らないからな」

「今更でしょ」


 辰巳は私の襟首を掴むと、高く跳んだ。戦場の真ん中は人が恐ろしくいない。南都国の人にも北都国の人にも、既に伝令は伝わったらしく、強ばった調子でこちらを見ているだけだった。

 宝貝使いがそれぞれ北と南についているだけだ。

 それに……。

 未だに丁は出て来てはいなかった。


「女連れで戦場に来るとは、いい身分だな?」


 派手な人は風もないのに羽衣をはためかせ、扇を広げていた。京劇の女性貴族みたいな恰好をしているけれど、首筋の太さや細く覗かせる喉仏はどう見ても男性であった。

 こちらを見てくつりと笑う。

 尾は五本。それを辰巳はじぃっと見た。剣を抜く。


「そっちの女はまだ出ないんだな?」

「あの方が戦場に出る事はないだろう。ここで北都国が降伏すればなあ?」

「南都の戦場は既に下っているはずだろう」


 僕から降りたった一人と辰巳は睨み合う。と、背後から気配を感じて思わず私はちらっと見た。見覚えのある人が来たのに、私は心底ほっと息を吐いた。


「戌亥さん……」

「よっ。何とか祭りには間に合ったみたいだな」

「祭りって血祭りとかだったら世話ないんですけど」

「そんな悪趣味じゃないさ。ただ、大国二つが戦場でぶつかり合う事なんて、今後そうそうないだろうからな」

「そうかもしんないですけど」

「さて、仙道は多いな」


 戌亥さんはいつもの調子で腰に巻いていた金鞭を取った。辰巳は本来の力である莫耶宝剣も使えるはずだけれど……。私はじっと戦場を見た。

 僕に乗っている人。こちらを見ているのは女性だった。尾は二尾だけれど、それは狐のようなもふもふとしたものと言うよりも猫又みたいにゆらゆらと揺れて細い尻尾なのが気になった。

 あの派手な男性に対して、簡素な服装の女性は子子ちゃんみたいに必要最低限な身なりに見える。それでも背中に大きな槍を持っているのだから、あんまり油断はできそうもない。


 今までも宝貝同士の戦いは見て来たけれど、こんな入り乱れての大乱闘なんてあったっけ? まだ間合いを詰め合う中、緊張だけがチリリと肌を焼いた。

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