終局篇 一
弓矢が雨あられと降っていった。
途端に白い地面に赤が滲む。鉄錆の匂いだけでなく、生臭い匂いが、これが戦場と言うものなんだと思い起こさせた。
「大丈夫か?」
「……大丈夫。女は月一で嗅いでる匂いだから、問題ない」
「そうか」
辰巳がさりげなくかけてくれた声に、私はそう言い捨てた。
人の命が、戦場だと紙よりも……この世界だとまだないみたいだけど……軽い。歩兵だった人達がバタリバタリと倒れていく様が鮮明で、それに私は喉から何かが出そうになるのを、必死で堪えた。
「一応聞くけど、この戦争、目標としてはどうなの?」
「戦場では三割。三割戦力がなくなったら向こうから停戦を持ち込んでくる」
「……それって、丁もなのかな」
「分からん。そもそもあの女は軍にどれだけ力があるのかが分からない。……でも、人間同士の戦いが終わらない限り、あの女は現れない。あの女の目的がこの山そのものだったら、尚更な」
「うん……」
と、地響きを感じた。
馬に乗ってる人だけじゃない。たくさんの槍を持った人達がこちらへと向かってきているのだ。
踏まれていったのは、既に死んだ人。俺の屍を越えて行けって言う言葉が本当に綺麗ごとに思える位に、人がなだれ込んでくるのを見るのは、本当にぞっとする。
と。
「え……?」
思わず私は、押し寄せてきた人達を見て、目を擦りつけた。
見てみると、その人達は全員尻尾がない……隣人の人達だった。私は心配して辰巳を見ると、辰巳は眉間に皺を寄せたまま、こちらに向かってくる人達の顔をじっと凝視していた。
「……辰巳? あの人達」
「あの女の事だ。いい格好つけるためとこっちの考え読んだ上で、歩兵に選んだんだろう」
「あの人達……」
「見たくないなら見なくってもいい」
「……いや、見るよ」
「そうか」
辰巳が厳しい表情のままなのに、少なからずほっとしている自分がいる。辰巳は元は隣人で、あの人達を殺したいなんて思ってない。たった一つの国境線を越えた、それだけで本当だったら守りたい人達を殺さないといけないなんて、理不尽にも程がある。
丁さんは分かっているから、だからぶつけてきたのだろうと思うとやるせない。私はただ、辰巳のマントをぎゅっと掴んだ。私は、辰巳の味方。あんたがどれだけの想いでここまで来たのか、知ってるから。だから、ここで折れてなんか欲しくなかった。
辰巳は「分かってる」とだけ短く低くそう告げると、声を張り上げる。
「前方上がれ、方角南南西からの敵を迎撃! 後方下がれ、方角西南西に向かって矢の用意!!」
すると、先程まで矢を番っていた人達は矢の準備をすると、すぐさまいつでも打てる体勢へと身体を持ち直した。
そして前方。前方は剣と槍を結ぶ音で溢れ返り始めた。ぎりぎりと言う金属音に、それらを補うように槍を大きく振り回す音。剣が肉を切る音。そして時折強く錆びついた匂いが飛ぶのに、私は歯を噛みしめた。
隣人の人達と獣人の人達が殺し合いを始める様は、さながら甲さんが見せてくれた古き理が記しているこの山の記録そのものだった。隣人を獣人が蹂躙した結果、山の支配者は隣人から獣人に変わった。力は獣人の方が上で、隣人は力だけでは叶わないと。
辰巳が守りたかった人達を使ってくる丁に絶望しつつ、辰巳は号令を飛ばすのを私は辰巳の背中のマントをぎゅっと掴みながら、ただひたすらに凝視していた。
前方の戦いを掻い潜って、こちらへと押し寄せてくる人達を、弓矢部隊が迎撃していく。また白い地面が赤く濁った。
それを黙って見守りながら、辰巳は指揮を執る。
「前方そのまま迎撃しつつ西へと移動。後方、南南西へと下がれ」




