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閑話 終わりの始まり

 かつてこの山では一つ、大戦乱が起こった。

 小国と言う小国が蹂躙され、邑と言う邑が消えた。今まで作っていた地図と言う物が全く役に立たなくなり、数年経った今でも、地図を作成が追いついてはいない。

 戦争の原因は何だったのか。


 それは──古き理の読み解き方の違いであった。


 古き理の完全に写しは既に大国二国──南都国と北都国にしかなく、古き理をそのまま持っているのは仙人郷をおいて他はない。この戦乱により、古き理の完全な教えはこの三か所にしかなくなってしまったのである。

 ではそれらがなくなったらどうなってしまうのか?

 歴史を覚えぬ世には温故知新がなく、教訓を得る事がなく、それ故に未来はない。


 この山は遥か昔、八仙により作られた。

 山を育む管理者として作られたのが、彼らに似せて作られた隣人であり、その隣人が八仙の真似事をして作ったのが獣人。彼らが手と手を取り合わせればこの山は素晴らしい山になっていただろうが、現実はそうはいかなかった。

 生存競争の果てに信仰が生まれ、信仰の果てに生存競争が待ち構えている。生存競争、信仰、戦争、革命──。それらの繰り返しにより、この山は進歩と退化を同時に味わい、先へとなかなか進む事ができなかった。

 今この山で行われている戦争もまた同じ事。

 信仰の果てに、互いを食い破って滅ぼそうと考える南都国に、信仰の果てに、互いを鎮めるために滅ぼそうとする北都国。

 どちらも愚かな事である。


「丁様、万里の長城は破れました」

「……そうですか」


 戦場に本来ならば后妃がいる事はまずありえない。安全な王城で待機するなりすべきだが、丁は戦場の最奥の陣で、じっと南都国王と共に戦場を見守っていた。

 しゅるしゅると昇る砂煙の中、弓矢が飛び交う。この遠い距離からだと、それは箱庭に遊び心を加えるために入れる森の木々のように小さく細く頼りなく、それらが飛び交う様はひどく滑稽に見えた。


 ──本当に、心底どうでもいい。


 そう思った事を丁は御くびにも出さず、じっと報告に来た道士を見た。

 仙人郷から降りて来る際、一人でも一向に構わなかったのに、どこからか現れたのか各洞から仙道が募り、彼女を守ると言う名目で勝手についてきた。本当に丁はどうでもよかったので、皆がしたいようにするままであった。

 彼女にとって、戦争など余興に過ぎない。

 山が真っ新にならなければ、宝貝を取り出す事はできない。初めて古き理を聞いた時、何事に対しても執着を持たない彼女の真っ白な心に、初めてこびり付くように色が染まった。


 ──欲しい。欲しい。これが欲しい。


 それは恋慕にも似た、燃えるような気持ちであった。

 手に入れるためには山一つを割る他はなく、この山を支える宝貝を取り出せば、きっとこの山は崩れてしまうだろう事はすぐに分かった。

 彼女は、欲しいと思えるようなものが特になかった。彼女が欲しいと願わなくても、勝手に物が向こうからやってくるのだ。望んでなくても寄ってくる物に愛着を持てる訳もなく、故に彼女は物事に対して執着がなかった。元々尾が七尾あり、人よりも生まれ持って生まれた仙力が強かった。故に彼女の周りには自然と人が集まっていたのだが、それ故に彼女には物事に対する執着が生まれなかったのである。

 初めて生まれた感情に彼女の大きな胸は張り裂けそうな程に高鳴り、どうしたらこれを手に入れられるだろうかと言う想像に大きな胸を更に膨らませたのである。

 自分が持っている駒を全て並べれば、きっと楽しい事になるだろう。そう思いながら、彼女は南都国の后妃になった。大きな盤面の上で優雅に踊れば、面白い程に国が一つになっていった。

 今は南都国だけだが、北都国もいずれは手に入れる。後は仙人郷を綺麗にすれば、山を割り、宝貝を取り出す事ができるだろう。

 そう予想していたが。それを邪魔する者が現れた。

 予想しない方向へと進んでいく、そう言えばいた弟弟子、本来この山に訪れるはずのない異界の娘。二人が主僕契約を結び、大いに周りを混乱させるようになった。

 起こるべくして起こった戦争を起こすよう仕向けたが、予想をしなかったのは、あの短気で本当に自分の思い通りに動いていたはずの弟弟子が、自分の予想からどんどんとずれていった点である。あの弟弟子は全てを憎み、いずれ山を真っ新にしてくれるだろうと踏んでいたのに、それをしなかったのである。それどころか、役に立たないはずの民を助けるべく動き始めた。

 あの本当に何の力もない──仙力はおろか、知識も力も、全てを持ち合わせていないはずの、ただただ愚かなだけの異界の娘。あれが何故か弟弟子を変えてしまったのである。

 ふつふつと沸き上がるのは、ただただ愉快だと思う感情である。彼女は生まれてこの方、燃えるような感情になったのは古き理の話を聞いた時だけ、恋慕のように焦がれたのは宝貝だけ、不愉快だと思った事は生まれてこの方一度もなかった。

 予定からどんどんと外れていっても戦争は始まった。それでもそれが自分の想定通りに行かないだろうと言う事は目に見えていた。

 それが実に心地がよかった。

 この戦争の果てには一体何が待っているのだろう。想定外のいかなる状況が待ち構えていたとしても、彼女はそれを心底楽しいと思えるだけの心がある。

 彼女は生まれてこの方、全てが退屈だったのだ。

 初めて彼女は「愉悦」と言う物を知った。


 故に、今が一番楽しい。

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