表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
101/113

古き理篇 十三

 外は白くて暗い。別にそれは言葉がおかしいんじゃなくって、本当の話。

 外は雪がしんしんと降り積もって白いけれど、未だに夜が明ける気配がなく、息が吐き出せば吐き出す程に、白く大気を濁らせていく。毛穴の一つ一つが何とか体温を保とうとぎゅっと絞まるような感じがする。

 辺りをザクザクと言う音が立っている。馬に乗るのは初めてで、私は辰巳が乗っている馬に乗せてもらったけれど、どうしたらちゃんと乗れるかが分からず、ただただ辰巳にしがみついていた。

 この時間から宣戦布告を行うのだ。

 既に辺り一帯は避難勧告がなされ、人っ子一人見当たらないと言う印象だ。最後の最後まで残っていた宿関係の人達も昨日とうとう避難してしまったから、宿にはもう泊まれない。


「怖いか?」


 ふいに辰巳が声をかけてきた。相変わらずの仏頂面だったけれど、比較的元気みたいなのは、昨日一日充分休めたからだと思う。私は休んではいるんだけれど、戦争なんてものにこんなに近付くなんて初めてだから、これでどうして怖くないって言えるんだろうって言う感じだ。


「そりゃ怖いに決まってるじゃん」

「そうか」


 辰巳は励ますような事も、怒るような事もなく、ただ淡々とそう返してくれる。今の私にはその方がありがたい。

 いつも通りに接してくれる方が、怖くない気がする。

 辺りはマントの下に甲冑を纏った人達ばかりで物々しい。この辺りにいる人達は全員狙撃部隊で、背中に弓矢を背負っている人ばかりだ。前線ではないはずだけれど、それでもやっぱり怖い。

 私の世界だったら銃とか砲撃とか、飛行機とか戦車とか持ち出してのやり合いだったし、剣や弓の応酬なんて言うのは映画位でしかもう見ないけれど。それでも近くでされるって分かったらやっぱり怖い。

 雪の中、馬のカポリカポリと言う足音だけが響く。

 夜はまだ明けない。

 既に戌亥さんや子子ちゃんは避難勧告のために万里の長城の方にも連絡を入れているはずだけれど、大丈夫なのかしら。もし万里の長城の人達が避難し始めたら、それだけで宣戦布告が近いって事が分かってしまう。それだけで万里の長城を壊す動機を与えてしまう。今下手に壊さないのは、雪のおかげに他ならない。もし無理に壊したら、間違いなく雪崩が引き起こる。そのおかげで今まで無理に万里の長城を壊して宣戦布告はなされなかったんだから。でも今は……。

 不安ばっかりが頭の中をぐるぐると駆け巡るけれど、既に数日間行軍を繰り広げた灰色の長い長い建物が見えてきた。

 私は思わず不安げに辰巳を見た。辰巳はいつもみたいに眉間の皺を入れてはいなかった。澄んだ瞳を湛えてじっと城を見上げているのは、既に覚悟が定まっているから、らしい。


「宣戦布告──」


 辰巳は朗々と木簡を広げて読み上げた。


「北都国は南都国に対して開戦を宣言するものとする。

 全ては大山の安寧を守るためのものと致す」


 それらを読み上げている中。

 ふいにシューシューと砂煙が上がって行くのが分かる。まるでドミノのように見えたけれど、これが現実だと思わせるのは、この白いような茶色いような煙が肉眼ではっきりと見えるせいだろう。私は思わず息を飲み過ぎて窒息するんじゃないか、と思った。

 ふいに辰巳が私の肩をマント越しにきつく掴んだのに、私はビクリと反応を示した。


「今から馬で走る。俺にちゃんと捕まってろ」

「……あの、万里の長城……」

「南都も宣戦布告の場を狙っていたんだろうな。もうすぐ崩れる。崩れ終わってからが開戦だ」

「……うん」


 土の濃い匂いはどんどんと近付いてくる。もう既に打ち合わせ済みで、皆が一斉に馬で走って行く。先鋒隊の人達は大丈夫なんだろうかとか、指揮を執っている辰巳は大丈夫だけど、後方部隊の人達は大丈夫なんだろうとか、そんな事を考えている暇なんて全然なかった。

 ただ私は辰巳のマントにぎゅっとしがみついていた。地鳴りが耳をつんざく。誰かの悲鳴みたいなものも聞こえる。その中に、万里の長城で出会った人がいないといいと、それだけしか祈る事ができなかった。

 下町みたいに気さくで、皆が皆寄り添い合って暮らすのが当たり前だった万里の長城は、たった一つの宣戦布告で、文字通り崩れ去ってしまった。土煙はもうもうと立ち昇り、匂いは濃くって中を入る事もままならなかったけれど。

 辰巳は大きく声を上げた。


「先鋒下がれ、後方、方角南南東、構え」


 私は思わず辰巳を見た。辰巳は既に憂いを全て断ち切って、ただ後方部隊を見ていた。

 弓を構えている人達が矢をつがい、辰巳の合図をまだかまだかと待ち構えている。

 地鳴りが響いてくる。それはさっきの万里の長城が崩れていく音とはまた違う。これは、馬の蹄の音だ。それも大勢。やがて突き刺さるように痛い風が吹いたかと思ったら、土煙は掻き消えた。無残、って言う言葉が一番似合う、石造りの建物があっと言う間に崩れ落ちてしまった後を踏みにじるように走る騎馬隊が肉眼で目視できるようになっていた。

 辰巳は黙って合図を示す。


「撃て」


 戦争が──始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ