古き理篇 十二
相変わらず外は雪が降り積もって静かだ。その中でも訓練の声が聞こえるし、物々しい雰囲気だって拭い切れていない。そりゃそうだ。戦争がもうすぐ始まるんだから。
城の中だって、女性の数が減っている。既に避難しているのかもしれないし、実家に帰ったのかもしれない。肝心な事は人を捕まえて聞くしかできないだろうけれど。
しばらくの沈黙の後、子子ちゃんがぽつりとつぶやくように口を開いた。
「……戦争がもうすぐ始まるんですよね? その……そうなった場合、この山はどうなるんでしょうか」
それは多分、誰もが思っている事だと思う。
いきなりこの山ができてから、本当に長い間隠されていた事を聞かされても、はいそうですかって納得するのは難しいだろうな。私だって、日本の歴史が実はまるっと違うものであなた騙されていますよなんて言われたら困ってしまうだろうし。だから子子ちゃんの気持ちは少しは分かる気でいる。
私が口を開くより早く、戌亥さんの分厚い手が子子ちゃんの頭を軽く撫でた。この人のふてぶてしい笑みは、今だととても頼もしく見えるから不思議だ。
「別にどうもならないだろうさ。互いに自分が正義だと言っているんだから、正義をかけた戦争になるだけだろうさ」
「そんな……大勢人が、死ぬんですよ?」
「死なせないようにするしかないだろうさ。俺達の出番は、向こうが宝貝を使って来ない限りはないんだろうし」
「そう……かもしれませんが」
子子ちゃんがうなだれて俯いてしまうのに、私は思わず溜息をつく。
あー……本当、私いつまで経っても傍観者気質が抜けないわ。できる事が少な過ぎて、できない事が多過ぎて、どうしても全部を全部理解する事ができない。本当に何もできないって言うのを痛感させられ過ぎて、割と辛い。辰巳も戌亥さんも「それでいい」って言ってはくれるけど、何がそんなにいいのかが、私には未だに理解ができない。戌亥さんは今度は私にもぽんと頭を叩くと、撫で回してくれた。
「こらこら、卯月までそんな顔すんな」
「そりゃそうですけど。私だって何もできませんでしたし。辰巳はその……仙人の昇格試験に合格しましたけど」
「辰巳一人でどうにかなるもんでもないだろ。そんな国同士の戦争を、軍師一人だけでどうこうできるもんじゃあるまいし。辰巳の背中には、これからこの山半分の命を背負うんだから、そいつが倒れないよう側にいるのが、お前さんの役目だろう?」
「……そう、なりますかね?」
「ああ。だからその丸い背中を伸ばせ。頼りたい相手が頼れない時程心元ない事はなかなかないぞ?」
そりゃそうか。戌亥さんが色々自由にできるのは、この人には信頼できる丑寅さんみたいな副官さんがいるからできる事だし。
私は少しだけ背筋を伸ばしてみたら、自然と顔も前を向く。少しだけ気持ちも前を向いたような気がする。
「……うん、ありがとう戌亥さん」
「うん」
私が少しだけ元気になった所で、大きな足音が響き始めた。顔を上げると、廊下から足早に歩いてきたのは辰巳だった。
「辰巳! 報告、どうだった?」
「……明日、宣戦布告を行う」
「そっか……いよいよ、なんだね」
「……そこでお前達に頼みがある」
「何?」
「……万里の長城の面々の避難だ」
子子ちゃんは今にも気絶しそうな位に顔を青ざめるが、戌亥さんは冷静そのものだった。そりゃそうか。万里の長城を壊すのが一番戦争を始めるのに早い以上は、そうするだろうし。
戌亥さんは子子ちゃんの背中をぽんぽんと叩くと、縮こまりそうになる子子ちゃんをどうにか背筋を伸ばす。
「それじゃあ、俺達は行くぞ」
「はい……卯月さんは?」
「私は……」
「……お前はここにいろ」
そう言えば、辰巳に側にいろって言われたのは初めてなような気がする。私はもう一度弓なりに背筋を反らすと、ようやく辰巳と目を合わせた。辰巳は相変わらず眉間に深く皺を刻んではいるものの、もう既に覚悟が定まったような顔をしていた。
私は結構辰巳と長い事一緒にいたように思うけど、こんなに辰巳が苛立っていない気合に満ちた顔は初めて見たような気がする。
理不尽に理不尽を重ねて、それでもなお守りたいって願うのが辰巳のいい所なんだろうな、と私は思う。
「……お茶、淹れてくる」
「別に……」
「いいの、私が淹れたいの。多分今日だけでしょ。あんたがゆっくりしてられるのは」
私はそう言って茶器を持つと廊下を走っていった。
力になりたい。助けになりたい。でも、私は本当に何もできない。それでもいいって言ってくれても、隣にいるだけでいいって言われても、私だって辰巳の力になりたいの。
何でだろうって言う気持ちはもう定まって来てはいるけれど、私はきっと、この事を口にする事はできないんだろうなと思う。どうして辰巳が私に何もできなくっても構わないって言ってくれているのと、きっと答えは一緒だから。だから私は今を精一杯頑張る事でしか、辰巳にもらったものを返す事ができない。
雪が相変わらず白く降り積もる、本当にわずかな震動の音を聞きながら、私はただ廊下を走っていた。温もった部屋よりも当然廊下は寒くて、息が白くなるけれど、私の歩みは止まる訳はなく。




