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仙人郷篇 九

「ご馳走様です。本当にありがとうございました」


 私はレンゲと器を机に置かせてもらって、甲さんにお礼を言うと、甲さんは穏やかに微笑んで「それはよかった」と言った。


「辰巳はどこですか? 外にいるんですよね」

「うん、すぐ見えるよ。友達と一緒に君が起きるのを待っていたから」

「友達……それって……まあいいや。ありがとうございます、起きたって言ってきます」


 私は甲さんに頭を下げてから、外へと飛び出していった。


/*/


 やっぱり。

 甲さんの寝所から出てすぐの場所。岩だらけな中、高山植物みたいな見た事のない草が生えている場所に、辰巳と戌亥さんはいた。


「辰巳! 戌亥さんも」

「お前……」


 辰巳は眉間に皺を寄せてこっちを見る。

 ちょっと、何よその反応は。


「なんて格好で外をうろついているんだ」

「何って……甲さんが出してくれた服じゃない」

「この阿婆擦れが……寝間着で外うろつく奴がいるか」

「何よ! 人が起きたら起きたでアバズレアバズレって。せっかくここまで運んでくれてありがとうって、お礼を言いに来た所なのに……」

「まあまあ」


 私と辰巳がいがみ合う中、戌亥さんが間に入った。


「まあいいんじゃないか? 少なくとも、俺は卯月の格好はそそるぞ?」

「……それ、全然褒めてませんよね? って言うか、何で戌亥さんここにいるんですか。盗賊団の人達は?」

「んー? お前が倒れたし、辰巳が面白そうだったから、勝手に着いてきただけ。今は副官に任せて仙人郷から降りてもらった」

「うわあ、軽……」


 そんな簡単に勝手に着いてきたり、任せてきたりしていい訳?

 私は話し相手になってくれた副官さんに、割と心から同情した。

 と、岩肌を軽く叩く足音に気付き振り返る。


「やあ、異界の少女は目覚めたよ」

「師匠」


 甲さんがゆったりとした足取りで寝所から出てきたのだ。

 辰巳は途端に膝をついて頭を下げる。


「師匠、彼女が起きました。早く宝貝を……」

「まあ待ちなさい。先に彼女に、きちんと話をした方がいいんじゃないかい? 彼女は本当に何も知らないまま、ここまで来たようだけど」


 そう言いながら甲さんは、穏やかに私に微笑んだ。

 って、私? 私は帰りたい以外何も考えてないんだけどな……。分からない事が分からない状態なのに、どうすればいいの。

 私の心を読んだのか読んでないのか、甲さんはのんびりとした様子で口を開く。


「そうだねえ……ここまで来るのに思った疑問などがあるのなら、答えてあげるよ」

「…………」


 そんな事いきなり言われてもな……。

 そう思いつつも、さっきの辰巳が怒り狂っていた理由はちょっと気になった。


「あの……ひとでなしって何ですか? 私の世界にもそんな言葉はありますけど、私の知っている使い方じゃないような気がしたので」


 口にした途端に、辰巳の眉間の皺は深くなった。隣の戌亥さんは面白そうな顔で、私達の表情を見回している。

 甲さんは穏やかに笑みを浮かべたまま、首を傾げる。


「そうだね。この世界の人間を見て、君はどう思う?」


 あれ?

 質問を質問で返された。

 私は首を捻りつつも、周りを見回す。


「……これは師匠の問答の一種だ。質疑は質疑を返した後じゃないと返してもらえないから」


 辰巳はボソリとつぶやいた。

 何ソレ。甲さん、穏やかに見えて意地悪だ。私は少し頭を抱えつつも、1番印象に残った事を言ってみた。


「皆尻尾がついています。私の世界の人間にはそんな人いないんです」


 そう口にした途端、辰巳は驚いたように目を見開いた。な……何よ。

 意外な事に、戌亥さんも驚いたように目を大きくしている。


「うん、そうだね。でも辰巳には生まれつき尻尾はない。故に下界では人ではないと言われ、ひとでなしと呼ばれる」

「……? 人ではない?」


 私は辰巳を見やる。

 辰巳は眉間に皺を浮かべたまま、ただ唇を強く引き結んでいた。

 ……分かんない。何で人じゃないって言われないといけないの? 確かに口悪いし、頭固いし、人の事アバズレ連呼するけど……極悪人にも人でなしにも見えなかった。


「まあ……一番の特徴は、ひとでなしには仙力がないんだよ」

「あれ……?」


 口を挟んできたのは戌亥さんだった。

 そう言えば、そんな事辰巳も最初に言っていたような気がする。


「その仙力って言うのは何?」

「宝貝を使う力だな、本当なら、辰巳の持つ宝剣莫也は、霞だけじゃなくって、俺の大剣なんかも簡単に斬れるものなんだよ」

「……? それがよく分からないんだけど。辰巳、その剣使ってなかった?」

「本来の使い方じゃないって事だな。ほら」


 そう言いながら、戌亥さんは辰巳の腰に提げている剣を勝手に抜き取った。辰巳は戌亥さんを睨んだ。


「お前……」

「別に借りるだけで盗んだりはしない。いくら俺でも、仙人相手に勝てる訳ないだろ」

「…………?」


 私はそのやり取りを黙って見ていた。

 仙人に勝てないって、どういう意味なんだろう……。戌亥さんは普通に宝貝、使ってたわよね?

 なんて思っていたら、戌亥さんはその場にあった岩に、剣を突き立てた。


「あんまりその辺に破片が散らばらないようにね。寝所を壊したら、私の寝る場所がなくなるから」

「はいはい」


 甲さんののんびりした声に返事をしつつ、戌亥さんは一気に剣を引いて、突いた……!


「……えっ、ええ……?」


 岩は、まるで泥団子を地面に落としたみたいに、簡単に崩れ落ちてしまった。破片はさらさらの砂になって、そのまま下へと砕け落ちてしまった。こんな破片、いくら寝所に当たっても、せいぜい埃っぽくなるだけで、布張りを壊すとも思えない……。

 何コレ、辰巳こんな怖いもの、腰に提げてたの……?


「……辰巳は、こんな風に宝貝の本来の力を使えないんだよ。分かったか?」

「んー……何となくは」


 冷蔵庫に電気通さないと、それはただの倉庫で、物を冷やしたりできないって言う。そう言う理屈なのかな。剣にその仙力……だっけ。それを入れないと普通の剣と同じように。


「ほら、ありがとう」

「…………」


 辰巳は今にも戌亥さんにまた剣を向けそうな勢いで睨んでいたけれど、お師匠の甲さんがいるせいか、ただ唇を悔しそうに噛むだけで済んでくれた。黙って剣を腰に下げ直した。


「そんな訳で、辰巳には仙力がない。ないから、仙術も宝貝がないと使えないんだよ」

「んーと、辰巳の剣を持っていると使えるとか、そう言うものではないんですか?」

「そうだねえ。宝貝は二種類。武器用と祭具用とあるから。どっちにも使えるものもあるけれど、少なくとも辰巳や、辰巳の友達の持っているものは武器用だから、その中に仙力を注ぎ込まないと駄目なんだよ。対して、前に辰巳にあげたものは、祭具用。君を召喚した際に壊してしまったものなんだよ」


 随分とこう……たくさん用語が出てきたな。

 私は思わず眉間に力を込めてしまう。んーっと、つまり祭具用の宝貝がないと、私は帰れないって事でOKなんだよね? ……って、あれ?

 私は思った事を口にしてみた。


「えっと、だったら甲さんが仙術使ってちゃちゃっと私を帰すとかはできないんですか?」

「それは無理だね。第一に、師弟の間柄でも、独自に編み出した術を教え合ったりはしない。だから私には、辰巳がどのような術式で君を呼びだしたのかは分からないんだ」

「そっ、そこを何とか……ならないんですか?」

「流石にこれは、古き理だから、理をねじ曲げる事はできないんだよ」


 何ソレ。せっかく私を元の世界に帰らせてくれそうな人が目の前にいるのに、帰らせてくれないなんて……。私は思わずがっくりとうなだれる。

 うなだれたまま、追い打ちをかけるように甲さんが話す。


「第二に、辰巳と君は主僕関係にあるからね、主の辰巳でないと君を元の世界に帰す事はできない」

「あ……あれ? 何ソレ。今初めて聞いたんですけど」


 私は思わず辰巳を見た。

 辰巳は少しだけ気まずそうに目を逸らした。


「ちょっと辰巳!? 私いつからアンタの下僕になったのよ!  私そんなもんになった覚えないんだけど!!」

「……仕方がないだろう、召喚するはずだった竜が俺に逆らったらどうなるんだ……術式にそう書き込んでた」

「アンタの都合なんか知るかぁぁぁ!!」


 私は思わず辰巳をポカポカ叩くが、辰巳は珍しく抵抗しなかった。


「まあ、辰巳と契約しているおかげで、君はこの世界の言葉が分かるんだけどねえ」

「えっ?」

「ああ……」


 私は思わず叩いている辰巳を見る。辰巳は目を細めた。


「……僕が主の言葉が分からなくってどうするんだ」

「ああ……でも時々私の言葉が通じなかったりするのは……」

「それは多分、この世界に該当する言葉がないからじゃないかい?」

「なるほど……」


 だから、わざわざそれっぽい言葉に置き換えないと伝わらない訳か。ややこしいなあ……。


「でも、それなら尚更早く宝貝を辰巳に……」

「ああ、それなんだけど」


 甲さんはのんびりとした言葉は、私にとどめを刺した。


「今、ここに宝貝はないんだよ」


 …………。

 はいぃぃぃぃぃ?

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