子兎は金色狼の懐で微睡む
女主人がお出かけ中で、いなくて寂しいねって話。
王都一の高給娼館の美しく整えられた中庭の、うららかな日差しがあたる芝生の上で、幼子が腹這いになって絵本を読んでいる。
その銀とも金ともつかない髪の小さな頭には、最近流行していると言う「ケモ耳カチューシャ」のウサギ耳Ver.が着けられてる。
このアイテム、何がスゴいかと言えば、装着者の魔力に反応し、ヒョコヒョコと動くようになっているのだ。
魔力が少ない者でも反応すると言う事で、かなり流行っていると言う。
そんなカチューシャを着けた幼子が、芝生で絵本を読んでいる。
もちろん、魔力を読み取ったそれはひょこひょこと感情を表すように動いているのだ。
気にならないはずがなく、中庭を覗く窓には人が集まって和んでいた。
ひょこんひょこん。
緑の隙間から、白いウサギ耳が見えていたら何となく覗いてみたくなるものだ。
それが動いているものならば、尚更好奇心が刺激される。
「・・・・ウサギなど、飼っていたか?」
大きな物音を立てないように近づいて行くと、ケモ耳カチューシャを着けた幼子だと分かり、苦笑する。
取りあえず、着けたヤツが男なら後でシメよう。
「エリィ。そこは日差しが強いから、木陰に入りなさい」
「シィンとぉさま」
木陰で微笑みながら、おいでおいでと手招きする男の姿を認め、幼子は絵本を抱えて駆け寄って行く。
昼間はだいたい幼子の近くにいるはずの女の姿が見えない事に疑問を持ち、見上げて来る彼女を抱き上げ、その所在を問う。
「かぁさまはお城にこのえ?のお仕事して来るって、お出かけしちゃった」
「そうか。・・・・・それで、そのカチューシャはどうした?」
「かわいい?」
「あぁ、かわいいよ。今流行っていると言うケモ耳カチューシャと言うヤツか?」
「うん。あねさまたちがね、かぁさま帰って来るまではずしちゃダメって。あねさまがくれたの」
とっても良い笑顔で自慢げに話す幼子に笑顔を向けながらも、内心は変な事に使ったものをやったわけではないだろうなと疑って掛かっている。
一応、ここはいかがわしい場所ではある。
「・・・・・・・・・・・エリィ。変な気を起こすヤツが出ないうちに部屋へ戻ろうな」
「?」
男が過剰に心配してもおかしくないのだ。
「今日はお前が気に入ったと言う焼き菓子を持って来たんだ。手を洗って、お茶にしような」
「うん!」
冒頭でも記したが、ここは娼館である。
普通なら働いているもの以外の男はいないはずなのだが、この男はあっさりと入って来て、女主人の部屋へ向ってしまう。
誰も彼を止めるものがいないのだ。
「シィンとぉさまは、ほかのお客様とちがうの?」
「オレはセラの特別だからな。出入りは自由だ」
「とぉさまの特別もかぁさま?」
「あぁ。エリィも特別だぞ?オレの可愛い娘だ」
額に口づけられ、くすぐったそうに笑う幼子に微笑む。
「さぁ、戻ろうか」
部屋に戻り、芝生で転がっていた為、汚れた服を着替え、手も洗ってソファーに座った幼子は両手で土産に貰った焼き菓子を食べている。
最初のうちはウサギ耳もひょこひょこと機嫌良さそうに揺れていたのだが、だんだんと垂れて来て、今では完全に垂れ下がってしょぼんとしてしまっている。
「・・・・・どうした?」
「・・・・・・・・・なんか、前食べたときみたいにおいしくない」
「今日買って来たものだから、悪くなっているはずはないのだが・・・」
「・・・・・・・・かぁさま、一緒じゃないから、おいしくない」
「・・・・・寂しいのか?」
「・・・・」
「エリィ。オレしかないから、正直に言っていい」
黙り込んだ幼子に、なるべく柔らかい声で本音を言うように促す。
このくらいの年の子供が、寂しいの一言も言わないのは異常なのだ。
素直に言っていいと促すと、ソファーの上を移動して男にしがみつく。
「かぁさまいないの、さみしい」
「そうか」
「ごはんとか、お菓子とか、おいしくないの」
「うん」
「おきて、かぁさまがいないとなきたくなるの」
「あぁ」
「・・・・・・さみしよぅ」
えぐえぐと泣き出してしまった幼子を足に抱き上げ、ゆっくりと背を撫でてやる。
「・・・・オレも、セラが側にいないのは寂しいよ」
幼子に聞かれぬように、熱の籠った小さな声で呟く。
男にとっても女は恋しく、愛しい存在だ。
夕刻。近衛の仕事が終わり、自分の部屋に戻った女が見たものは、ソファーに長身を投げ出し、その上に眠った幼子を乗せて昼寝をしている男の姿。
目元を赤くして眠っている幼子に、泣いていたのかと心配して近づいて行く。
「・・・・・・セラ?」
「なぁに?」
「・・・・・セラ」
「ん?」
近づいた女の気配にぼんやりと目を覚ました男は、彼女の名を呼び、その手を取り、ふわりと笑う。
「・・・・・セラ、愛している」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
再び寝息をたてはじめた男に脱力し、女は座り込んで空いている手で顔を覆う。
何と言う反則的な笑顔と台詞だ。寝ぼけたにしても、そんな顔をして言うものではないだろうと、口に出さずにツッコミを入れている。
落ち着く為に幼子に視線を向けると、こちらはウサギ耳カチューシャを着けたまま眠っている。
男の広い胸に抱かれ、安心しきっているのか、起きる気配は全くない。
「・・・・かぁさま・・・・・」
くすんと鼻を鳴らして女を呼ぶ寝言に、和んでしまう。
「・・・・・泣かせてしまったのは、私のようねぇ」
さらりと髪を払ってやり、起こさないように目元に口づけてやる。
どうやら幼子は寂しさのあまり泣き疲れて寝てしまい、男はそれに釣られて寝てしまったようだ。
「子兎ちゃんも金色狼さんも、本当は寂しがり屋さんだものねぇ」
起きたら、盛大に甘えさせてあげよう。
くすくすと笑いながら、早く起きるようにと二人の寝顔を眺めるのだった。
end
続きました、えぇ。
ちょっと、これを元にした中編を書こうかどうか悩んでいる途中です。
仕事中にネタが下りて来てしまったので(ぉ)
この話も仕事中にちょろっと冒頭だけ書いてしまったんです。
・・・・書いてしまったんですよ、仕事中だってのに。
今回は完全にほのぼのを目指して書いてみましたが、いかがでしたでしょうか?
暇つぶし程度になれば良いなぁと思います。