4
さて、準決勝の組み合わせは以下の通りとなった。
藤森千夏 VS 塚山柊
門前永時 VS 脇屋輝夢
しかしここで大会本部から「これより3人抜きを行います」というアナウンスがなされた。確かに、パンフレットを見ても「3人抜き」なる表記はある。続いて「ベスト4の藤森さん、塚山君、門前君、脇屋君は出場しません」と来た。じゃあ別にいいかなとちょっと思った。
土俵の端にはここまでの対戦で敗れた子がぞろぞろと集まって列を作っていた。その一番前にいた、これは山口ちゃんと小林君だな。この2人が西と東に分かれて取組を行った。やっぱりやる気のない山口ちゃんはあっさり寄り切られた。
「小林君1人抜きです。負けたら列の一番後ろに回ってください」
勝ち名乗りをそんきょして受けるという仕草は取らず、上のようなアナウンスの後で勝者の小林君は次に並んでいた子と対戦していた。えっと、この子は誰だっけ。なお取組は一瞬で小林君が勝利した模様。これで2人抜き。
次に出てきたのは大柄な佐野君だった。さしもの小林君も連戦の疲れもあるだろう、佐野君に寄り倒されて3人抜きならず。そうすると次は佐野君が連戦を行っていた。まさに「矢継ぎ早に」という表現そのもののスピードでグダグダな取組が続く。
どうせ柊君の出番は遠いようなので私は一度今の場所を離れて境内をうろついた。それにしても、ちょっと膝を曲げてみるとポキポキと痛くなる私のなまった肉体の情けなさよ。屋台の周りにはそれなりに人が出てきたが本格稼動にはもう少しと言ったところか。出番を待つ上級生たちが体操服であめをなめている。遠くから「佐野君3人抜きです」という声が響いた。
大体10分ほど散策した後で土俵の周りに戻った。それまでいたポジションはすでに十重二十重の人だかりに囲まれていたが、元よりあそこに戻ろうとは考えていなかった。代わりに私が目をつけていたのは大会本部の後ろであった。
土俵の北には日の丸が、西は壁が近くて小さな力士たちの待機する場所となっている。東には椅子が置かれているがとっくに埋まっている。そして南には本部役員の机と椅子があるが、その後ろは舞台のようになっていて高いところから見ることが出来る。ご丁寧に座布団も置いているのだが、靴を脱がないといけないためか人は少ない。
関係者と言うにはあまりに縁が薄い私ごときが居座るなどまったくもって厚かましい限りだが、そんなことは気にせず靴を脱いで舞台に上がった。ちょうど手前の座布団が空いていたのでどっかりと正座した。
前に大会関係者の頭があるが、それでも以前の場所より近くて視界が広くて、何より座りながらなので楽だ。
ここにいると境内からやってきた体操服姿の女の子3人が来て「今どこらへんをやってますか?」と尋ねられた。私はパンフレットを開いて「今1年生のベスト4が決まって3人抜きやってるあたり」と返した。この子達も出るのだろう。見たところ3年生あたりか。
その内に3人抜きも終わった。それを達成した子は何か袋をもらっていた。中に何が入っているのかは分からない。まあ現金とかではなかろうしお菓子か文房具かおもちゃか、まあそんなもんだろうな。うらやましいものだ。そして準決勝がスタートとなった。
準決勝第1試合 藤森千夏 VS 塚山柊
この辺の小学1年生の中ではおそらくナンバーワンアスリートである藤森ちゃん。しかし柊君だってなかなかに運動神経はいいほうだし、簡単に負けることはないだろう。
そして立ち合い、ともに勢いよくぶつかっていき、パーンという音が響いて組み合いとなった。ポジションが変わったので顔をしかめながら力比べをしている柊君の表情などもばっちり瞳のカメラに収まった。力の張り合いが終わると次はダンスパーティーの時間だ。土俵を広く使ってクルクルと攻守が変化する、スリリングな展開が繰り広げられる。
藤森ちゃんが土俵際で投げを打ったがこれは柊君踏ん張る。白熱の一戦に観客席からは拍手が巻き起こる。戦いはまたも回りあいに。そしてついに柊君と藤森ちゃん、両方の足がもつれた。ほぼ同時に倒れこむ。軍配は西! 私から見てもどっちか分からなかったが、柊君が背中から倒れこむ前に藤森ちゃんの左手が地面を払っていたらしい。
拍手とともに「いやあ、本当にいい勝負だったなあ」というため息も混じっていた。そしてそれは私も同じであった。これほどの好取組を見せてくれたのなら勝者は柊君ではなくて藤森ちゃんでも許せた。それほどに実力伯仲の鍔迫り合いであった。
柊君はさすがにお疲れの様子で、勝ち名乗りのそんきょもふらふらのまま腰を下ろしただけといった形だった。藤森ちゃんは笑っていながらどこか淋しさもにじんでいた。それでも「まあここまでよく戦えたし、こういう形で敗れたのなら仕方ないわね」という爽やかさに満ちていた。
準決勝第2試合 門前永時 VS 脇屋輝夢
肉体派のツートップである門前君と脇屋君の取組。まずは立ち合いでは取っ組み合いのような形になった。そこから脇屋君は右腕を上げたりして何か技を仕掛けようとしているようだが門前君は動じない。かなり静かな展開。しかし力感溢れる熱戦である。
行司も「はっけよい」と声をかけるがまだまだ動かない。次にどっちがどう動くかと私を含めた観客たちは肉体のオブジェに二つの瞳を集中させた。ざわめく音もなくなってきた頃、脇屋君が一気に動いた。いつの間にかまわしに右手をかけていた脇屋君がそれをグイッと引っ張ると門前君はバランスを崩し、右足を上げる格好になった。
私は心の中で「おお、これはチャンスだ!」と叫んだが、脇屋君もそれは当然心得ていた。何とか元の体勢に戻ろうとした門前君にその隙を与えず、右足で門前君の左足を引っ掛けてさらに左手でもまわしを引き続けると、ついに門前君の巨体はグルリと一回転するようにして地へと這いつくばらされた。
まさに相撲らしい力と力のぶつかり合い。それにしても勝利の興奮に上気する脇屋君の顔の何と勇ましいことよ。柊君はこの男といかに戦うのか。私に言えるのは「もう負けてもいいから後悔しないように全力でぶつかってくれよ」という、本人に言ったところで何の慰めにもならない陳腐な意見のみである。
決勝戦 塚山柊 VS 脇屋輝夢
さあ、決戦である。体格は並ながら瞬間瞬間の脊髄反射による判断力の正確さで強敵を破ってここまで駒を進めた柊君。対するはひとりだけまわしを締めこんでいるという時点ですでに別格オーラが漂い、実際の取組でも見事な相撲を取っている脇屋君。もはやのるかそるかだ。頑張れ柊君!
立ち合いは柊君の突進を脇屋君が受け止める形になった。がっぷり四つ、しかしこう合わさると脇屋君の肉付きの良さが際立つものだ。柊君の手足はまるで糸のようだ。見た目通り、やはり力では脇屋君が優勢。ジリジリと土俵際まで押されて行く柊君。
ついに柊君の足が徳俵に触れた。最後の一押しとばかりに顔を真っ赤にして押しまくる脇屋君、身体をえびのように反り上げて土俵際、何とか踏ん張る柊君。熱気迸る攻防がまさに今、私の目の前で繰り広げられている。
「行け! 押せ! 負けるな柊君!!」
できるだけ客観的にと意識していた私も思わず声を張り上げるほどの粘りにさしもの脇屋君も根負けしたか、一瞬追及が弱まった。その機を逃さず柊君はクルリと左に動いてそのまま土俵の中央付近に移動、どうにか剣が峰を脱出した。これで一安心、とはいかないが。力は脇屋君のほうが上なのだから。
脇屋君は押しても駄目ならと投げに活路を見出してきたようだ。左手で柊君のまわしを掴むと持ち上げるようにしてバランスを崩しにかかった。上下左右に動こうとするも脱出できない柊君だが、決定的に崩れるには至っていない。この粘り腰は本当に頭が下がる。
永遠とも思える戦いの終焉は一瞬であった。このままでは埒が明かないとばかりに頭から強引に突進してきた脇屋君に土俵際まで追い詰められるものの、またも徳俵に足をかけて踏ん張りながら左へいなした。そのまま場外へ飛び込む脇屋君だが、勢いに飲まれて柊君も背中から土俵の外へと倒れていった。しかし軍配は東! この瞬間、柊君の優勝が決定したのだ! おめでとう柊君!
優勝のメダルが渡されると即座に2年生の部がスタートした。ここで神社に到着してから初めて腕の時計を見たが、デジタルな6つの数字が今は11時前であると示していた。土俵の外へと去ろうとする柊君に向かって小さく手を振るとようやく気付いたようで、口元をニッと広げた笑顔で返事をしてくれた。男子用更衣室で腰に巻いていたまわしを外すと、私は柊君と落ち合って境内をうろついた。
「優勝おめでとう柊君! いやあ立派立派、ほんま凄いわ」
「それにしてもあんな強いとは知らんかったわ。どこで習ったん?」
「最後とかよう粘ってたし、やっぱり一番強かったのはお前よ」
このような賞賛の連続射撃を浴びせかけると「いやあそれほどでもあります」とでも言わんばかりに鼻高々、魔女っ子チックルにそっくりな顔が見る見る赤い喜び色に染まっていく。あまりにもかわいいのでほしいとねだった水あめを買ってあげた。割り箸をグルグルさせながらおいしそうに食べていた。
来た時には誰もいなかった出店の中には柔肌をキャンバスにお絵かきをしていそうな方々が待機しており、イカやら肉やらを鉄板で暖めていた。しかしお昼ご飯にはもう少し時間があるのでこの辺はあくまでも見るだけ。
もう少し南下すると左に枝分かれした道があり、そっちへ進むと射的の屋台があった。子供は300円、大人は500円の計800円を支払った。コルクを詰めた銃で狙いをつけてシュート! ただ実は私、射的をするのは生まれて初めてなのだ。どうにも狙いをつけるのが難しく、3連続で外してしまい白い目で見られた。まずい、威厳を失えば単なる近所の怪しいお兄さんになってしまう。
残る弾は後2発。しかしコツはつかめてきたのだから冷静になって集中して、オンザファイヤー!
ヒット! 弾は世界一有名なねずみを模した人形の耳を捕らえた! しかし少し動いただけで倒れなかった。こんなのってないよ! 残る一発も外し、残念賞としてお菓子をゲットした。やったぜ。いや、全然良くないけど。これも柊君にあげた。まあ一応ターゲットに当てはしたし、セーフかな。
そんなこんなで屋台を大体一回りすると、土俵では2年生による激闘が繰り広げられていた。ここで柊君は同級生の皆さんと合流したので私は手を振り、別れた。まあ、ええもん見たわ。柊君に脇屋君に藤森ちゃん、それ以外のみんなにも感謝感謝。
そろそろ昼食にいい時間となったので、境内を回っている時に眼をつけていた、トルコ人がやってるケバブを食べてみた。そのトルコ人の言う「スグデキルカラネー」は多少誇大広告も入っていたが「ニクイッパイハイッテルヨー」という言葉には偽りなし。スパイスの効いた鶏肉と甘いソース(甘いソースと辛いソースがあって辛いのがやや苦手な私は甘いほうを選択した)、それにキャベツがよく絡んでおいしい。そして肉が多い。これはガチ。
口元がソースで汚れるのも気にせず一気に食べきった。本当にご馳走様ですわ。これからは6年生女子のキャットファイトとか全員まわしの男子とか見所はたくさんあったのだが空色が明確に悪化したのでそこそこで切り上げた。やっぱ傘持ってきたほうが良かったか。まあいまさらだが。そして夜には予報通りの大雨、翌日は嵐が来た。まさにギリギリのタイミングだった。
さて、この文章はあの日の感動を忘れられず3日ほどで一気に書き上げた文章である。一体何が私の心を打ったのか。それは健気さであろう。小枝のような手足を構えて土俵の中を必死で駆け回るその姿よ。技術はないが八百長もない、極めて純粋に近い力比べがそこにはあった。
全体的に肉付きの良い子と対戦する細身の子を「やせガエル」などと勝手に名づけてよく応援していたのも大体そういうことだ。それは自分も痩身だから同じような体格の子に情が移ったというのは確かにないでもないだろう。しかしそれよりも「見た目が弱そうなほうに頑張ってほしい」みたいな心理がやっぱり働いてしまうのだ。なんか「負けるな」って感じになるのだ。
柊君なんかも実際そんなやせているわけでは決してないのに上に進むとまるでちっぽけな存在であるように見えてきた。それでもあいつは諦めなかった。自分に出来ることは何か、よく考えてそれを実行してみせた。だから勝てた。それもまたあいつの力で、その辺はすでに私の上を行っているだろう。
休日も終わり、またお互いの日常に戻った。この日常に流されるうちに柊君が相撲なんて忘れてしまっても、せめて私は覚えておくことにしようと筆を執った次第である。小さなこと、大きなことをいくつも重ね合わせて子供は大人になっていく。夜空を見上げて輝く星の名前は知らなくてもその輝きが失われることはないように、あの日の事はいつまでたってもその輝きを失わないであろう。




