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  作者: 小伏史央
【ム・後】
39/41

ム(0) 日記/前

二〇一二年七月二八日


 お医者様が、日記をつけるよう勧めてきた。日記を毎日つけたら、自分を客観視できて、心の整理が上手になるかもしれないって。

 あれからもう、三週間が経つ。兄貴が死んでから、もう三週間。私はこの間、なにかをした覚えはないし、なにもしなかったという記憶もない。ただお医者様と話して、それだけ。

 こんなことになるとは思わなかった。

 あの女がウザかった。

 私の名前と、兄貴の名前。荻本舞と、荻本虔。ずっと昔に聞いたのだけど、その由来は、「つるぎのまい」なのだって。双子でもないのに照らし合わせたみたいに名づけたのが気味悪いし、それにネーミングセンスも最悪。虔を剣とかけてるのが、こじつけにしか思えない。

 でも、それでも、あの女と比べるなら、そのネーミングもまだマシに思えた。それくらいあの女がウザかった。

 私は兄貴とずっと一所に暮らしてきた。ふたりだけで暮らしてきた。生活保護は少ないし、兄貴は働きづめだけれど、私は兄貴と一緒にいられたならそれでよかった。

 なのに、あの女が現れた。

 あの女が兄貴を奪っていった。ただでさえ兄貴は外にいる時間が多いのに、帰ってこない日さえ出てきた。そのくせしてあの女は金を持っていて、私は食べ物を食べることができた。ウザかった。金で兄貴を雇ったに違いないのに、まるで家族みたいに私に接触してくる。気持ち悪い。

 だから電話した。兄貴が寝ている間に。あの女の家に電話をして、兄貴が死んだって言った。あの女の混乱する様子が見たかった。泣き喚く様子を見たかった。

 効果は思ったよりも絶大で、あの女、私が見に行ったときには植物みたいに動かなくなっていた。考えるのをやめたら、ああなるんだ。部屋は荒れ放題で、そのくせしてカーテンだけは綺麗なままだった。無地のカーテン。兄貴が唯一あの女に買ってやった、一番安いやつ。

 なのに。あの女が病院に収容されてから、兄貴はもっと私と顔を合わせなくなった。仕事も蔑ろにして、病院のあの女につきっきりだった。可愛そうな兄貴。もうすっかり、あの女に洗脳されてしまっていたんだ。私は兄貴に仕事に行ってほしかった。でないと、食べ物を食べるあてがない。

 でもそのあても、なくなった。

 まさかこんなことになるなんて、ぜんぜん思ってもみなかった。

 嘘が本当になるなんて。

 おかしなことに、兄貴が死んだ十数日後、あの女も死んでいった。

 みんなバカだ。センスが最悪なバカだった。


 最近、夢を見ない。あの女が死んだ日から。まだ一度も見ていない。

 そのことをお医者様に話したら、ふくこうかんしんけいが頑張ってるんだねぇ、とか、わけわからないこと言ってきた。わからないのは気分が悪い。

 でも、そんなことはどうでもいいのかもしれない。

 私はこれから、食べ物を食べる方法を探さないといけない。

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