表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  作者: 小伏史央
【ム・後】
38/41

ム(5)

 彼女は外を散策します。

(――「あいつがいれば」、か)

 歩きながら、施設で男が放った独り言を思い出します。

(あの人にも、大切な人がいたのかな)

 なぜかそう思った途端、モニターで見かけた仮面の男を思い起こしました。そういえば彼の姿が出てきたとき、一緒にモニターを見ていた男が、少しだけ眉を寄せたのでした。

 あいつ。大切な人。

(あーあ)

 あたりを見てみます。ムの町並みに、現実世界ではありえないというようなものはありません。地名が若干揺れていたりしていますが、地形もほぼ同じでしょう。建物ばかりは、おそらく現実世界と異なってくるのでしょうけど。

 彼女は、自分の恋人、虔の姿を思い起こしました。思えばこの世界に飛ばされたのも、彼が死んだという話を電話で聞いたからです。あのときは取り乱してしまい、本人に確認を取るということが思いつきませんでした。

(まるで、『アントニーとクレオパトラ』みたい)

 電話先が嘘をついていたことに、彼女はムにやってきてから気付きました。モニターを見て、分かったのです。だけれど彼女は、元の世界に戻る術を知りませんし、もう戻っても意味ありません。

「あーもう! 舞ったらなんで追いかけてこないの!?」

 そんな声がします。厚顔無恥な声です。あたりに誰もいそうにないから、そんな大声を上げたのでしょうか。いえ、あたりには彼女がいるのですが。

 声を上げた少女は、どうやら向かいの倉庫から出てきたようです。背が低く、なんだかつい声をかけてしまいたくなる、可愛らしい魅力があります。

「ってうわあ! 右手動けてる!」

 と、少女が彼女のほうを向きました。彼女の存在に、たった今気付いたようです。まわりを見ない子なのでしょうか。人混みを歩けば一度はぶつかってしまいそうです。……思えば彼女は、ムにやってきてから、あの少女のように振舞っていたかもしれません。彼女は自分を省みます。どうせここは異世界なのだからと、行動が横柄になっていた節があります。

(……そういえば、結局リセットはどうなるんだろう)

 でも、少女に声をかけようとは思いませんでした。それよりも自分なりに、男から聞いたリセットの話を考察していきます。

(時代が変わるごとに、ムではリセットが起きるのよね。それで、ムの該当する地域が、一気に消滅してしまう……)

 彼女は腕を組みます。ちょうど、視界に入る少女も腕を組んでいました。誰かを待っているみたいです。

(消滅はするけど、時間が経てば復旧するのよね。リセットが起きたとき、人の「無意識」の部分が飛んでいってしまうけれど、「意識」の部分は消えたりしないから。それで……えっと、「意識」の部分が生きているのなら、「無意識」は勝手に甦ってくる。「意識」が「無意識」のバックアップになってるってこと。ムが復旧するのは、そんなメカニズムね)

 男から教わった話を、復習していきます。

(ムの人間というのは、ムと同じ原理で存在しているから、人ももちろん一緒に復旧する)

 だけれど彼女は思うのです。教えてくれた男も、なんだかあまり理解できていないんじゃないかって。あの文献に書いてあることを、そのまま繰り返しているだけなんじゃないのかって。

(……って、え?)

 そして彼女は気付きました。こんなこと、気付かないほうがおかしい、彼女はすぐさまそんな感想を抱きます。やっぱり施設のあの男は、ただの莫迦者だったのです。

 だって、彼女には、「意識」はないじゃないですか。

 彼女や施設の男は、ムの人間の中ではイレギュラーです。能力者よりも異例です。なにせ、「意識」が「無意識」に負けることで、現実世界から実際に飛ばされたわけですから。彼女にとって、彼女の主導権を握っているのは、「意識」ではなくて「無意識」。「意識」は「意識」の役割をなしません。

 彼女にバックアップはないのです。

 彼女はくるりと向きを変えました。建物がごく普通そうに並んでいます。そのうちのひとつがあの施設です。

〈五秒後にこの世界は滅びます――〉

 そんなアナウンスが、どこからともなく世界中に響き渡ったように聞こえました。彼女の全部は大混乱。こんな前置きがあるなんて聞いてません。

(死にたくない!)

 彼女は叫びました。叫んだつもりですが、それは声になっていませんでした。彼女の世界の中で、いくどもいくども跳ね返って。その声は混乱を助長させているだけでした。

 彼女は走りました。施設へと走りました。施設もムの一部にすぎないというのに、それでも彼女は走りました。死に物狂いで走りました。わけもわからないのに走りました。

 その姿は、ここに飛ばされたときとは比べ物にならないくらい、生気溢れる輝かしいものでした。

 ――はい。五秒じゃなにもできません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ