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  作者: 小伏史央
【第4章】
37/41

 舞は咄嗟に手を離しました。見事、成功。静奈の傷はシェパードどまり。

(やった)

 舞は緊張をほぐして、ひとまず喜びます。シェパードの体が恐ろしいはやさでひしゃげていきます。彼の右腕がだらりと垂れました。矢でできた傷だけでなく、右腕の不治の傷も受け入れてくれたようです。

 舞はしたり顔でシェパードの肉塊を眺めます。彼は体力のある人間だから、しばらくの間は意識があるのではと思っていましたが、そんなことはありませんでした。最期の言葉も言わずに、ただの肉となっています。

 ……舞には気付く由がありません。もともとシェパードには、舞に傷を流すつもりがなかったことを。

 舞は静奈の顔を覗きこみます。怪我もなにもない今、それは真の意味で寝顔のようです。舞は肌を撫でてやりたく思いましたが、今は喜びのあまり圧力に乱れが生じているので、触れることはできません。少し経つと舞は思い出して、椅子と静奈を引き離しました。いつまでも縛らせておくわけにもいきません。

 倉庫が明るいのは、取り付けられた照明のおかげでしょうか。それとも嬉しさのおかげでしょうか。舞の顔は自然と綻んでいました。見るからに柔らかそうな肌に触れないのが残念ですが、それについは慣れっこです。今頃そう悔やむことでもありません。

 椅子の傍には、シェパードの他に、男の遺体があります。この男を殺めた途端、ケイが弓矢を放ってきたのでした。仲間の死を叫ぶさまは、まるで滑稽です。舞はそう思い出して、ケイを嘲笑してやります。

 そして、静奈が目を覚ましました。

「……あ、れ」

「起きた」

 舞が身を乗り出して顔を見つめます。静奈はそれを不思議そうに眺めました。眺めるといっても、それは至近距離のことです。舞を取り巻く圧力のにおいが、静奈の鼻をくすぐります。静奈は猫のように目を垂らして、大きくあくびをしました。

 だけれどあたりを見まわして。

「舞……」

 静奈は声を震わせます。それは儚くも、楽器のような美しい音色ではありません。舞はそれでも現在の状況に気付かずに、「うん? どうしたの?」と訊きます。その姿はある種、滑稽でもありました。

「サイアク」

 言い吐かれた言葉に、舞は身を強張らせます。

「これ、舞がやったんでしょ」

 椅子のまわりにはふたつの遺体。血液が床にこびりついています。それを見れば見るほど、独特なにおいが鼻をつきました。

「……そう、だけど」

 舞は否定しません。現に、男を殺めたのは舞自身です。シェパードの場合は厳密には違いますが、舞自身は、彼も自分が殺めたものだと信じきっています。

「なんでそんな顔してるの?」

 声が縄のように太くなっているのは、図ったのでしょうか。舞の腕に絡まったままの縄はねじれて、切れやしません。

「人を殺して、なんで笑顔でいられるの?……舞はなんとも思わないんでしょ。人を殺しても、ぜんっぜん気持ち悪くないんでしょ」

 頬がかじかみます。

「サイアクだよ。なんで人を殺せるんだよ。だから能力者はキライなんだよ!」

 キライ。胸がぐさりと抉れます。

 静奈が立ち上がりました。舞は痛みに耐えかねて、起き上がることができません。ただ視線だけを静奈に向けて。静奈がなにを言っているのか、よく分かっていないみたいに。引きつらせた笑顔から、光が失われます。

「だから舞は人間じゃないんだよ」

 そう言って、すたすたと。

 静奈は光の影になります。自分の右腕が自由に動くことにも気付かずに、ただ現状に吐き気を覚えて、静奈は出て行ったのです。舞を置いて、出て行ったのです。

 出入口の向こうに見える静奈の背中は、小さいものでした。抱きしめたら簡単に壊れてしまえそう。

 シェパードの遺体が、重力に従って、自然な形に崩れました。

 舞は起き上がることもできずに、ずっと出入口を見つめます。

 クセのある髪の毛が、舞の首元をさすりました。

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