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  作者: 小伏史央
【第4章】
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 舞は口の実行を試すことにしました。まわりの空気を圧縮します。それを一気に吐き出してしまえば大きな衝撃を正面に与えることができます。……しかしそのためには圧縮された空気をおさめる箱が必要です。前回は、舞が空気が発散するよりも速く手で叩きましたが、今回両手は縛られています。口を使おうと舞は目論んだわけですが、それはあっけなく失敗に終わってしまいました。口では空気は叩けません。それに、口を動かす、つまり顔を動かす、すなわち首を動かすのは、手を動かすよりもずっと器用にこなさねばならないのです。その分時間もかかります。時間がかかれば空気は圧力とともに逃げていってしまいます。噴射する空気がいなくなってしまうのです。

 仕方がありませんから、舞はまた縄を切断することに神経を集中させました。男たちは、それを楽しそうに眺めています。どうせ切れやしない、その面々はそんなことを語っています。しかしケイだけは、深刻そうに、顔の彫に陰を染み込ませています。ケイだけではありませんでした。金髪の男もそうです。……要するに、洞察力のある者は気付いたのでした。舞ががむしゃらに縄を攻撃しているわけではないことに。

 突起物に細かいヒビが入りました。金髪の男が慌てて、繋ぎ目の役割をするものをもってくるよう指示します。指示を受けた男はまだ事態を理解できていないように、道具を取りにいく様子はまるでのろまです。めりめりと突起物がはがれていきます。縄がまるでガムテープのように。

 周囲の男たちもやっと事に気付いて、おのおの自分の仕事に就きました。ある男は近くの武器を握り、ある男は縄の繋ぎ目の破損を取り繕うものを探します。まるで統率がなっていません。指示を受けた男が鎖を持ってきたときには既に、片方の縄が完全に地面から解放されていました。

 縄が自由になったほうの腕で、もう片方の腕を助けます。縄は擦り切れるだけで壊れませんでしたが、縄を繋いでいた地面は簡単に壊れます。突起物だけでなく地面にもヒビが走ります。

 男たちが、散り散りになりました。ほとんどの男が、咄嗟の武器を手にしています。しかし誰も襲ってはきませんでした。これは統率ができています。解放されたばかりの舞を攻撃するのではなく、一旦引く。そんな集団行動が成り立っていたのです。

 ……それは、ケイの命令でした。すぐさま攻撃する必要はないと。

 舞の視界に、椅子が見えました。今まで男の壁が邪魔で見えなかったものです。椅子。だけれど主がいないわけではなくて、ちゃんと、座っています。その人の片手は、力が利かないように地面に垂直になっていました。意識はなくて、ぐでんとしています。舞の手首を縛るのと似たような縄が、その人の左手には繋がれていました。リストバンドが縄で隠れています。右手、地面と垂直になっている右手は繋がれていません。

「――静奈!」

 静奈は起きません。

 ある男が、舞ではなく静奈のほうへ走り出しました。静奈は気付くこともせずに眠っています。舞は混乱した頭のまま、男の行き先を阻みました。男の体を抱き上げて、潰して。男の筋肉からカリウムが血中に流れ出て、痛みが広がるよりも先に心臓が止まります。

「ちくしょおおお」

 そんな叫び声が響きました。その声が舞の耳に届くときには既に、舞が声のほうを向いたときには既に、矢は空気を掻っ切っていました。打ったのはケイです。ケイにとってはもう、仲間が死ぬのが嫌でたまらないのです。この前、舞に殺められて路上に放置されていた男もそうです。自分の管理不足に、ケイはどうしても自責せずにはいられないのです。その矢なのです。そのダーツなのです。赤い攻撃をもってして青い血液を流させるのです。赤くない血液は異人です。敵です。敵を討つためには、ダーツを狙うような正確な計画が必要なのです。ダーツゲームを楽しむような余裕を、ケイは忘れてしまっていますが。

 矢が、静奈に、刺さります。

 舞が喉を詰まらせたときには既に遅く、血がだらだらと。ですが決して、その色は青ではありません。どす黒い赤でした。それは飛び散ることをあまり知らず、ただ黙々と流れます。椅子の足元へと、一滴、一滴ずつ。ふいにかたまりで。

 ケイはもう一歩踏み出して、舞に弓矢を向けました。目はぎらりとしていて、冷静よりも焦りが前面に出されています。……矢尻を指から。

「終わりだ、ケイ」

 金髪男が、ケイの肩に手を置きます。

「……計画通りだよ。これ以上なにも、することはない」

 ケイは銅像のようにかたまって、動きません。舞に狙いを定めたままで、肩に載った手を意識しているのです。

「確かに計画通りだ。だが、俺は最後まで見届けたい」

 ケイは矢をさらに引きます。弦が張って、今にもちぎれてしまいそうです。はじけてしまいそうです。

「万一のことを考える。それが親分ってもんなんだろ? だったら今は帰るべきだ。あとは仮面のおっさんがしてくれる。それを見届けるよりもまず、仲間の安全を確保すべきなんじゃねぇか?」

「しかし……」

「確かに俺たちは動かないとやってけねぇ。親分を殺ったのはあの女だ。それは間違いない。だがその復讐のために、仲間を死なせちゃいけねぇんだぜ? もうどれだけ死んだ。あの娘のために、復讐のために仲間が死んだんだぜ」

「……」

「俺たちは『やくざ』じゃねぇ。良い言葉が見当たらねぇが、もっと紳士な集団のはずだ。少なくとも……前の親分のときはそうだったはずだぜ。人々の生活保護が十分に供給されていなかったのなら、その案件を役所に持ちかける。世間を脅かす犯罪者が捕まらずにのけ遊んでいたのなら、そいつを追っ駆けて締め上げる。……俺たちはそんな集団だったんじゃなかったのか? それをどうしてまた、復讐のために命を捨てなきゃなんねぇんだ。俺たちはそんな単純じゃねぇ」

 ケイはすっと弓矢を下げました。ケイは表情を変えぬまま、静奈に気を捕らわれている舞を眺めます。今ならきっと、攻撃はあっけなく当たることでしょう。ですがそれは計画と反するのです。失敗したときのリスクが大きいのです。これ以上、仲間を死なせるわけにはいかない。残りの用事はシェパードが引き受けたのだから、そういう取り決めだったのだから、もういいではないか――金髪男のそんな説得を、ケイは受諾しました。

「だがな」

 ケイは言います。男たちを招集して、撤退を命じた後に。

「俺たちは所詮『やくざ』だ。端から見れば、どこも同じ『やくざ』だ。世間なんてものはそんなものだよ。俺たちは、俺たちの行動に誇りを持ってはいけないのだ」

 ケイが出て行く中、シェパードがのこのこと舞に近づいてきました。舞はひどく取り乱した様子で、シェパードにすぐには気付けません。シェパードは金髪男にあやかって気軽に肩に手でも置こうと思いましたが、手が潰れるのも面白くないのでやめることにしました。

 静奈は目覚めません。

 シェパードがおかしそうに笑います。

(どうすればいいの……)

 そう思った途端、脳内に閃光が走ります。この倉庫は明るい場所とはいえませんでしたが、それでも明るくなりました。

「シェパードさん」

「はい、なんでしょう」

 シェパードが肩を震わせます。楽しんでいるのが見て取れました。舞は嫌悪感なのか畏怖なのか曖昧な思いをしながら、シェパードに言います。兄の姿を描きながら。

「私を静奈の身代わりにして」と、ある種ありきたりな発言を。

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