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  作者: 小伏史央
【第4章】
31/41

 目が覚めました。

「うわっ」

 後ろに仰け反ります。視界を占めていた仮面から離れて。咄嗟にあたりを見渡しました。どの顔も、仮面のように莫迦莫迦しい……莫迦莫迦しい男たちがいました。

「ケイ、女が起きたぞ」

 誰かがそう言います。舞はふと上を見ました。明るい光が目に眩しいのか、手で目元を隠そうとします。だけれど両手首は、縄につながって地面の突起物にくくりつけられていました。

 男たちが舞を囲っています。その中心には、シェパードの姿。……ケイも人だかりを掻き分けてやってきました。金髪の男も、ケイについてきます。

「やっと起きたか。用心して睡眠薬を盛りすぎたようだ」

 舞を眩ませた光は、太陽からのものではありません。電灯からのものです。ここは光がないと真っ暗そうなところ。どこかの倉庫でしょうか。陽光でない光など、慣れてしまえば直視も案外楽なもの。舞は目を見開いて、現在の状況を確認します。

 両手両足、きつく縛られています。少なからず仰け反る程度のアクションは起こせるぐらいの縄の長さです。幾重にも捻られていて、極限にまで強化されています。舞の圧力変化に耐えうるように、苦心したのでしょう。誰の作品なのかは分かりませんが、褒めてもいいぐらいです。この縄を切るよりも、縄をつなぐ突起物を壊したほうがラクそうです。突起物は鉄製なので、壊すのはきっと容易でしょう。そこまで手が届くかというのが懸念事項ですが。

 次に、敵の数です。とても多いです。ざっと三十人はいることでしょう。中にはシェパードのような、能力者も紛れているかもしれません。能力者がいたなら、事態は深刻です。ひとりを相手するのも面倒だというのに。能力者がいないのなら、ケイの他は問題ないでしょう。また以前のように、空気を圧搾して発射してしまえばいいのです。うまくやれば、両手が塞がっている状態でも、口を使ってできるかもしれません。口の中が切れてしまいそうですが。

 敵はみな(シェパード以外)、共通のジャケットを着用しています。そのどれもの、肩のあたりにマークが描かれています。ダーツのマークです。ダーツに赤い矢が刺さって、青い液体が流れているマークです。しかしそれは、いわば集団の象徴のようなものなのであって、きっとこれからの戦闘で意味はなさないでしょう。舞はまた次の思考に移ります。

 四方の様子を確認しようと思っても、どの方向にも男がいて、その向こうを窺うことができません。

「林檎に睡眠剤を塗っていたのですよ、舞さん」

 舞が思考に身を投げて、口を閉ざしていたものですから、シェパードがそう言ってきました。そんなこととっくに気付いている、舞はそう思いながらも、なにも言わずに現状を検討します。

「しかし罰金をケイさんが払ったのは本当です。舞さん、あなたは禁錮されなくともいいのです。なぜなら――」

「私が刑務所に入ると、殺せないから」

 舞が縄を引っ張ります。縄がびんと張る音が響きました。舞の、それよりも鋭そうな声は、男たちの耳を貫きます。

「……その通りです。さすがは舞さん、分かっていらっしゃる」

 シェパードが言います。そういえばなぜ彼は、ケイたちとともに……。

「それではもう、気付いているのでしょう?」

「なにを?」

 舞は口答えします。本当に、シェパードがなにについて話しているのか理解できていませんでした。

「考えてみ――」

「ええい。じれったい」

 シェパードの言葉を遮ったのは、ケイでした。冷静な顔でそう言うものですから、シェパードも肩をひくつかせます。舞も少々驚きました。しかしケイは、声を荒げたことなどなかったような顔をしています。それでもケイは、シェパードから会話の主導権を奪い取っていました。

「お前、荻本舞、お前は親分を殺した」

「親分……?」

 舞は口を尖らせます。靄のかかった話は嫌いなのです。その様子を見て、シェパードが「おや、気付いていなかったのですか」と呟きましたが、舞はそれを無視します。

「親分は能力者だった」

 ケイが話します。

「読心術を特化したような方だった。人の心、これからしようとしていること、それだけでなく過去の出来事まで読み取ってしまう方だった」

 ひそかに縄に圧力をかけて、圧力を取り除いてを繰り返していました。それで傷んでくれればいいのですが、縄はまだまだ丈夫です。

「――お前は親分を殺した」

「誰よ。私は、誰が親分さんなのか知らない」

 これは本心です。舞はいちいち、殺めた人のことなど覚えません。印象に残っている人はいくらかいますが、積極的に覚えにいこうとしたことは一度もありません。そんなことをしていたら、きっと今頃舞の頭は破裂していたことでしょう。

「……親分は最近、脱走をした。数年前にヘマをやらかして、刑務を全うしていた。だが気が変わったのか、つい最近、持ち前の能力を用いて刑務所を抜け出した」

 ケイの語りは、冷静であるようで乱れています。ケイは人一番冷静ですが、それに比例して高温度の熱も抱え込んでいたのです。

 ――『能力者の囚人、脱走していたことが判明!』

 舞はいつか観たニュースを思い出しました。

「親分はこうなることを予知していたのだ。だから脱走をした。親分は俺に、親分の位を授けたくれたのだ。……但し付きで」

 ケイはそう言うと、ジャケットのポケットから紙束を取り出しました。舞の兄を捕らえたときも、その紙を持っていたように思います。それはいくども読み返されたからか、黄色みがかかりつつありました。ケイは取り出したものを、舞だけでなくまわりの男たちにも見せ付けるように示します。

「親分の手記だ。親分は自分が殺されることを、この荻本舞に殺されることを予知していて、そのことをここに書いていた。さらにこうも書いてある。ケイとこいつのどちらか、舞への報復を果たしたほうが次の親分の位に立てると」

 舞は、だんだん話が分かってきました。つまり舞がいつか殺めた親分なる者が、実は自分が殺められることを予知していて、それを次期親分の決定のために利用した、と。ケイと、金髪男、このふたりが次期親分候補で、舞に留めを差したほうが親分になれると。だけれどふたりは争うことせず、協力して舞を攻めているのだと。

「捏造でないことを示すために、親分は自分の爪をはがして、手記に添えていた」

 ケイが、付け加えるようにそう言い放ちます。舞は「ん?」と喉を鳴らしましたが、男たちのざわめきにかき消されてしまいました。

「さらに、こうも書いてある。――親分は内臓を患っていて、常に痛みが走っていたのだと。もう時間も残されていなかったと。このタイミングでの殺し屋の登場は、我らの未来にとっては好機だったのだと」

 かちり。そんな音が頭の中でした気がしました。舞はようやく分かったのです。ずっと舞の顔を見ていたらしいシェパードが、仮面の下でにたりと笑います。

 ――ホテルの一室。そこで殺めた中年の男。彼は爪がはがれていて、ひとつの動作をするたびに腹部をさすっていました。……まるで、痛みを和らげようとしているみたいに。

 舞はこれまでよりも集中して、縄の圧力を高低させるのでした。

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