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  作者: 小伏史央
【第3章】
26/41

「いったい、なにがあったのです」

 ひと悶着あった後、シェパードが舞にそう訊きました。シェパードが来た際、舞は喚きたててしまいました。そのせいで追い出されて、今はバス停のベンチに座っています。

「夢を、見た」

 コーヒーを啜りながら、ははぁとシェパードが相槌を打ちます。

「夢ですか。それは珍しい」

「久々に見た。……寝ているはずの間に、いろんな脈絡のない光景が。兄が出てきていた。そのあとお父さんと、お母さんと」

 斜め下を見ながら、舞は呟きます。シェパードはうんうん、と頷きます。決してぞんざいな態度ではなく、親身に話を聞いている様子が窺えます。コーヒーを飲むのはとめませんが。

「それは確かに夢ですね。わたくしも、なん度も見たことがあります。……こっちにきてからはめっきりですが」

「こっち? シェパードさんは、どこかから引っ越してきたの?」

 空になった缶を、自動販売機に併設されているゴミ箱に捨ていれます。それからスムーズな手つきで、また新しいコーヒーを購入しました。

「それは野暮な質問というものですよ。わたくしは、舞さんと同じく漂流して生活する者です。家に住んだことなんて……」

 なぜかシェパードは言葉尻を濁しました。それを流し込むように、またコーヒーを飲みます。

「なぜ能力者は、夢を見るんだろう」

 舞が呟きました。

「なぜなんだろう」

「さあ……まあ、能力者がそれだけ特殊だってことでしょう?」

 シェパードのそっけない答えに、舞はむっと彼を見遣りました。シェパードはその瞳遣いを気に留めず、コーヒーを飲み干します。それをゴミ箱へ。

「ぶっちゃけた話、わたくしはその答えを知っています」

「本当ですか」

「ですが、それを説明したとしても、舞さんはとうてい理解できないでしょう。わたくしの説明をインプットするには、柔軟な思考力が必要だ」

 また金貨を投入口に押し入れます。これで三本目になります。

「飲みすぎは、体によくない……」

 舞が注意しても、シェパードは気にする素振りひとつ見せません。

「能力者というものは、否応なく迫害されるさだめにあるのです。能力者よりも普通の人間のほうが優位に立っているということを認識付けないと、能力者が団結してその気になれば、人間を支配してしまえるのですからね。人類史のどのあたりから能力者が現れたのかなんて、わたくしは知りませんが、能力者は出現したときから人間に弾圧された。そうして現代まで、能力者は人間を支配できていない」

「そんなこと……考えたこともなかった」

「そりゃそうでしょうね。考えさせないことが弾圧の目的なのだから。……ともかく、能力者というものは否応なく迫害されるさだめにあるのです。だから、どうしてもなにかに依存しなくてはならない。わたくしはカフェインに依存しています。舞さんだってそうでしょう? 林檎に依存している」

 これからどんどん、林檎の消費量は増えていくのでしょうね――シェパードはそう言い加えて、コーヒーの商品ボタンを押しました。自動販売機が、機械的に缶を送り出します。そこに戸惑いはありません。

「さっきの話……」

「うん? なんですか?」

 舞はぎゅっと拳を握ります。もうだいぶ落ち着いたようです。服も乱れていません。そういえばこの服は、静奈から借りているものでした。それを思い出しながらも、舞は言葉をつなげます。

「さっき、兄貴について教えてくれるって」

 病院での悶着を鎮めたのは、シェパードのその言葉のおかげでした。

「舞さん、ご存知のとおり、直接的にいえば、兄上を殺したのはわたくしです」

 ぎり、と歯が噛み合わさります。それでも我慢して、話の続きを促します。

「しかしそれは、兄上に頼まれてのことなのです」

「……」

「わたくしは確かに変わっているやつだという評価をよくいただきますが、決して猟奇的な者ではありません。わたくしは今まで一度も、ただの快楽のためだけに人に手をかけたことはありません。ともかくわたくしは、兄上に頼まれて兄上を殺したのです」

 バスがやってきました。バスはふたりの姿を確認して停止しましたが、ふたりが乗らないことを知ると、顔色を落として進んでいきます。

「でも、なぜ」

「あなたが瀕死の重傷を負ったからです」

 シェパードは、兄の脳内に起こることになった病については、言わないでおくことに決めました。舞が深刻そうに顔を伏せているのを見て、それからやっと缶を開けます。カフェイン独特のにおいが、鼻を撫でます。シェパードはすっかりそのにおいに麻痺してしまっていて、鈍感です。

「舞さん、わたくしの能力は覚えていますでしょう? まずあなたの怪我をわたくしの体に取り入れ、それを兄上の体に移したのです。それをほぼゼロ秒でおこなえば、わたくし自身が痛みを感じることはありません」

「でも、そんなことが」

 信じられない、とでもいうように舞が見上げます。シェパードはコーヒーを啜ります。器用に仮面をずらして飲んでいますが、ふと手元を誤って、仮面の縁がコーヒーに濡れてしまいました。それでも、仮面をはずすことはありません。

「あちゃちゃ」

 そうやっておどけてみせるだけです。

 舞の顔の前に、ふいに赤く丸いものがひとつ。シェパードが林檎を差し出したのです。それは童話に出てくるみたいに真っ赤です。齧ったら眠ってしまいそう。それを差し引いても、舞は今、林檎を食べる気分ではありませんでした。丁重にそれを断ります。

「おや、意外ですね。林檎を出せば食いついてくるものだと思っておりましたが」

「いつもはそうだけどね」

 舞の脳裏に、静奈の姿が甦ります。

「それともうひとつ、真面目な話をしてもいいでしょうかね」

 シェパードがそう前置きをしました。舞はひとまず、静奈の姿を掻き消します。その声が、いつにも増して冷静に聞こえました。仮面の縁は、まだ染みていますが。

「舞さんにそろそろ、逮捕令状が出されるでしょう。いえ、きっとわたくしにも」

「……それは、どういう」

 言って、思い出します。舞たちは犯罪を抱えていたのでした。密出国の問題。それに、舞は、それを途中放棄して、静奈の家に匿ってもらってしまいました。

 ケイたちの集団があのタイミングで攻撃をしかけたのも、確か、刑務所行きになってからでは攻撃ができないからだったはずです。舞はショッピングモールでの男たちの話を、必死に思い出します。

「わたくしはしかし、捕まるのは御免です」

「私も、嫌です。勝手な話かもしれないけど」

「最期くらい、束縛されずに楽しくしたいところです」

「え?」

「いや、こっちの話」

 取り繕うためにシェパードは、手に持っていた林檎を齧りました。口がコーヒーの味に慣れていたからでしょうか、果物の酸味に、彼は顔をしかめます。

「まあわたくしは、ここに来てから一度も束縛などされていないのですがな。……この仮面を除いては」

 舞の疑問に満ちた顔を見ながら、シェパードは「今日は独り言が過ぎる」と呟きました。

 バスがやってきました。ベンチには誰も座っておらず、降りる客もいないようなので、バスはそのまま病院前を通り過ぎます。

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