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  作者: 小伏史央
【ム・中】
20/41

ム(3)

「これは……どういうこと?」

 モニターから顔を上げて、彼女はそう言いました。それに合わせて、モニターから発していた光が途絶えます。あたりはそれよりも明るいので、暗くなることはありませんでしたが。

「これがムだ。オレが説明したとおりだよ」

「町……」

 男は彼女の視線の先で、椅子に腰掛けていました。しかし彼女の表情を窺って、すっくと立ち上がります。

「つまりだ。現実世界――オレや君が住んでいた世界――にいる人々が見た『夢』。それが具現化したと考えればいい。本当のところは『夢』という言葉は不釣合いなのだが、まあ細かいことはいいだろう」

 男は彼女の理解を伺うように、一旦話を切りました。彼女は今回は眉ひとつ動かさず、理解できているのかどうかよく分かりません。

「モニターに映った人たちは、現実世界にとっての、いわば『もうひとりの自分』だ。あのクセ毛の娘や、仮面の男は、現実世界の人間の影のようなものだということだ。現実世界が『意識の自分』だとしたら、ムの人間は『無意識の人間』ということになるだろう」

「あの、超能力のようなものは?」

 彼女は頷くよりも先に疑問を口にします。

「あれはつまり、『意識の自分』に脳障害などの異常が見られるときに起こる現象だろう。本来の人間ならいとも簡単に否定できてしまうものを、否定できずに受け入れてしまう。それによって、一見科学的に信じられないことを起こすことができる。精神疾患とも呼べる状態が、あのクセ毛娘の『意識側』にはあるのだろう」

「脳障害?」

「……もう一度言うが、この世界ムは人々の『無意識』から成り立っている。そしてムで活動している人間は、オレや君のようなイレギュラーを除いては、人間それぞれの『無意識』によって存在している。『無意識』の現像なのだ。その現像に異常が見られるということはつまり、『無意識』、さらにいえば『意識』に欠陥があると考えて間違いではない。『意識』を作り上げるのは人間自身なのだから、その人間に異常があると考えて問題はないはずだ。そして『意識』を作る主要な器官といえば、脳にほかならない。そういうわけだから、ムに散見される能力者というものの正体は、脳障害者の『無意識』と考えて妥当だろう」

 聞いているのか聞いていないのか、彼女は表情を作ろうとしません。彼の饒舌には、もう慣れてしまったようです。疑問を顔に出すこともせず、ただ理解しようとしません。

 男はその様子を見て、困ったような呆れたような顔をしました。目つきは未だ悪いものですが、彼女はその容姿にも慣れきったようです。

 彼女は男の視線にはだんまりを決め込んで、あたりの空間を今一度見渡しました。最初に彼女が訪れた部屋と同じく、四方も上下も白色です。窓はありません。扉は一応ありはしますが、事前知識がないと扉があるとは気付けないでしょう。

「外に出ても?」

 彼女は、男に顔を向けてそう言いました。男は彼女の発言を理解しかねたのか、腕を組んで眉を寄せます。

「……外に出てみても、いいの?」

「ああ、いいだろう。だがその前に、ひとつ、考えてほしい懸念がある」

 男はまた白い椅子に腰掛けます。腕は組んだままですが。

「それは仕事?」

「ああ、仕事だ」

 白い空間に、陰が差すことはありません。光はあるのでもちろん、彼女やモニター台を基とした影はあるのですが、そういう意味でなく。

「最近、ムが少しおかしくてね」

「おかしい?」

 男の、高いというわけではない鼻に、影が伸びています。

「……オレたち人類は、また新しい時代に入ろうとしているらしい」

 男は一旦それだけ言って、彼女の顔を窺いました。今度の彼女は、ちゃんと顔に疑問を浮かべています。それを見て得てしたのか、男は言葉を続けます。

「オレもつい最近、この施設に残された文献を読んで知ったのだが……、ムには『リセット』というものが、たびたび起こるらしい」

「リセット……」

「そうだ。つまり『再構築』だ」

 男は言って、また言葉を切ります。それは彼女の理解が、本当に必要だと暗に伝えていました。ムがどんなところなのかよりも、これから話す内容のほうが、彼にとっては重要なのかもしれません。

「時代は変わる。日本を引き合いに出すのなら、明治維新のときや、一九四五年の宣言がそうだ。朝鮮を引き合いにするなら一九五〇年の六月二五日、中国なら一九一一年、アメリカなら一七七六年の独立があるだろう。そうやって、人類はそれぞれ密接に、時代を移り変えてきた」

 彼女は日本以外の例については、あまり記憶にないようです。それはともかく、彼女は腑に落ちないようです。

「でも、それとムになんの関係があるの?」とまた疑問を口にしました。

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