殺された世界の望み
「傭兵が辞めた後の世界状態」の母視点です。
不治の病は珍しくなかった。薬というものが効かない風邪と思えばいいのだ。どうせ死ぬ運命にある我が身ひとつ、いつまでも生かしておいては意味がないだろう。息子から月に1回送られてくる金にも困っていたところだ。なんせ、買うようなものがない。1ヶ月分の食事代など、それに比べたらかわいらしいものだ。
「いいのかい、本当に知らせなくて」
「ええ、いいの。どうせなら、思いっきり楽しむものですから」
余命2ヶ月といったところだと告げられた。十分である。
「私が死んだあとも、あの子によろしくね」
「もう……縁起の悪いことを言わないで頂戴」
長らく世話になった人だ。彼女としては、この結果が納得できないものなのだろう。
息子は旅に出ている。たしか、仕事は傭兵だ。私はあの子に課題を出した。「世界」を知ること。あの子にとっての「世界」を。あの子にしかない「世界」を。私の「世界」はまだ生きている。私があの子を産んで「世界」を知ったように、あの子も好きな人と結婚して子を授かると「世界」を知るのだろうか。
次の日のことだった。何かを決心したような、凛々しい顔だった。
「あの子に伝えて頂戴。私の課題はできた、と」
「お安い御用よ、任せて」
長い間世話になったあの人が、今日亡くなった。私はあの人からの最後の頼みごとを果たさなければならない。
少し前に聞いた話によると、あの人は息子に「世界」を知るという課題を残したらしい。あの人は息子を授かってからとても明るくなった。きっと、あの子こそあの人の「世界」なのだろう。ならば、あの子にとっての「世界」とは何だろうか。あの人からの頼みごとが浮かび上がる。
「課題はできた」
そうだ、課題なのだ。自分が死ぬと分かっているときに、そんなことを。いや、もしかしたらあの人は……。
あの人が死ぬことで分かるものが、あの子にとっての「世界」なのか。
あの子が帰ってきた。少しだけ、冷気を帯びた視線を向けられる。
「残念だったね……お気の毒に」
あの子の眼が潤んだ気がした。
「ありがとう、おばさん。最期まで母の近くにいてくださって」
「いいや、これくらいしか私にゃ出来んのさ」
あの子、彼が歩き出す。それを止めると、彼は立ち止まった。振り向きはしない。出来ない。
「私は、あの人の最後の頼みごとを果たす」
「頼みごと……?」
「《私の課題はできた》」
「!」
彼が振り向く。泣いていた。声は漏れていなかった。そして、口を開く。空気を吸い込みすぎたのか、か細い音をたてる。
「できたよ」
彼、あの子の声がした。
これは、家族の物語。知らないはずだった世界を「少年」は知った。
心臓が限界を告げる。
人払いは済ませてある。
「おめでとう」
彼女は微笑んだ。
美しい女性が動くことはなかった。
あの人は分かっていた。