殿下、破滅の準備はいいかしら?
長編に疲れたので、スカッと一発。
ポンチーノ王国、王宮大広間。
今宵は第一王子オレキマールの二十歳の誕生日の宴であった。
華やかな音楽と笑い声の中、オレキマールはグラスを高々と掲げた。
「聞け、皆のもの!俺はここに宣言する!公爵令嬢グウェンドリンとの婚約を今この瞬間、破棄する!」
ピキ、と空気が凍った。
グウェンドリンはゆっくりと瞬きをした。ああ、ついに来たか、とでも言いたげに。
「皆様、お聴きになりまして?」
冷静な声だった。
「オレキマール様、本当に婚約を破棄でよろしいのね?」
「二言はない!君は堅苦しく、笑顔一つ向けん! それに比べて、こちらのオットリーノは胸も大きく愛らしい!」
ざわり、と周囲がどよめいた。会場の視線がオットリーノの胸元に集中する。オットリーノが、恥ずかしさに顔を真っ赤に染めて俯いたのを見て、オレキマールはなんと初々しいのかと、守るように肩を抱いた。
「お、オレキマール様。殿下、困ります。私は……」
「照れるな照れるな!愛い奴め。オレはここに宣言する!オレの新たな婚約者は、オット――」
その瞬間。
「ちょっと待ったぁぁ!」
給仕を押し退けて、一人の男が大慌てでオレキマールの言葉を遮った。
「殿下ぁ!オットリーノの婚約者はこの私!あなたの側近のテキ・トーヤでございます!」
手にしていたドリンクをほっぽり出して、鬼の形相で駆けつけたのはオレキマールの側近のテキだ。
「私の婚約者に触れないでいただきたい!」
「テキ様っ!」
「なんだと、テキ!テキトーなことを言うな!」
「テキトーなことではございません!オットリーノは、3年も前から私の婚約者ですよっ!」
「何ぃっ!?」
オットリーノを引ったくる様に取り返したテキ・トーヤは、オレキマールを睨みつけた。
「以前から、近いと思っていたのです!婚約者の胸にばかり視線をよこして!」
テキ・トーヤの視線が周囲にも突き刺さった。多くの紳士が、気まずそうに視線を逸らす。
「もう我慢できません。私は殿下の側近を辞退させていただきます!行こう、オットリーノ!」
「ハイっ。オットリーノ怖かったですわ、テキ様」
「ちょ、な、ま、待て、テキ……」
だが、オレキマールの言動をぶった斬るように飛び込んできたのは、帳簿を抱えた壮年の男だった。
「王室御用達商会イーデキでございます! 本日お召しの礼服一式、未払いでございます!!」
「はぁ!?」
ざわつく貴族たち。手にした紙束は王子がツケで購入した請求書だった。
「こ、こんなところに持ってくるな!不敬だぞ!それは後で――」
「“後で”が溜まりに溜まって3年分で五千六百万金貨でございます!」
「なんだとうぅ!?」
その金額に目を剥くオレキマール。
グウェンドリンはそっと目を閉じた。
――準備はいいかしら、殿下。あなたが今まで見ようとしなかった事実を、全て明け渡して差し上げるわ。
アワアワし始めたオレキマールを横目に、グウェンドリンはパシリと扇子を閉じた。と同時に。
「王子殿下!」
今度は騎士団長が声を張り上げた。
「その宝剣を直ちにお返し願いたい。そちらはビブロ公爵家から貸与されたもの!只今より、殿下の使用権は無効となりました!」
「は?」
「たった今婚約を破棄された殿下に、使用権利はございません」
王子の手から、すっと剣が抜き取られる。
「ちょ、待て! それは私の――」
「ちなみに我々近衛騎士団も、本日をもって解雇となりました」
「な!?」
「近衛騎士団はビブロ公爵家の者を貸与しておりましたの」
グウェンドリンが扇子の向こうから付け加える。
「お世話になりました。では、我々はこれで」
「はぁ!?ど、どういう――」
バァン、と扉が大きく開き、オレキマールの声はまたもや遮断された。
「お集まりの皆様。本日の宴、すべてグウェンドリン様の私費にて手配されておりました」
ゾロゾロと料理長を筆頭に、王宮調理師たちが入ってくる。
ざわめきが一段と大きくなる。
「婚約破棄により支払い義務は消失。よって――」
料理長はにっこり笑った。
「全て、回収させていただきます」
「えぇぇ!?」
その瞬間、給仕たちが一斉に動いた。
料理が、酒が、テーブルクロスまで次々と撤収されていく。
「ちょっと待てぇぇぇ!! どういうことだぁ!」
「これも契約でしたわね」
グウェンドリンは淡々とワインを一口。
そして。
ギィィィ……
最後に、やけに重たい音を立てて扉が開き。
コツ、と足音が会場に響いた。
現れたのは――黒いマントの男。
「……見つけたぞ、オレキマール」
場の空気が一変する。
「だ、誰だ貴様!?」
「魔王だ」
ひゅっと誰もが息を呑んだ。
「お前、魔族の王庫に手を出したな?」
王子の顔が真っ青になる。
「ば、ば、ば、馬鹿な……!なぜバレた!?」
「婚約破棄で私の隠蔽魔法が解けたからかしら?」
「グウェンドリン!?」
「盗んだ1億三千万金貨。キッチリ耳をそろえて返してもらおうか」
「さん……っ!?」
膝から崩れ落ちる王子。
「そんなの払えるわけ――」
「払えないのなら」
魔王は指を鳴らした。
背後からごついミノタウロスたちが現れる。
「その身で払ってもらう」
「ひぃっ!?」
オレキマールが一歩引いた。
「グ、グウェンドリン!た、助けろ!オレを助けろ!」
「その義務はもうありませんわね」
静まり返る会場。
グウェンドリンは静かに扇子を広げた。
「今この瞬間をもちまして、」
誰にともなく告げる。
そして王子を見下ろした。
「婚約破棄しましたので」
微笑む。
「では――契約に従い、精算を」
「ま、待ってくれグウェンドリン! これは誤解だ! お、お、おれが真実愛していたのは――」
「存じております」
にこやかに。
「“お金”、ですよね?」
その一言で、全てが終わった。
――3分後。
王宮の外。
「離せぇぇぇ!! 私は王子だぞぉぉぉ!!」
全裸のオレキマールが、ミノタウルスにずるずると引きずられていく。
王宮を着飾っていた全ての装飾品が取っ払われ、オレキマールの借金とビブロ公爵家との違約金にあてられ、下着同然で呆然と見送る国王と王妃。
それを見送るグウェンドリンの隣で、魔王がぽつりと言った。
「……あの男、なぜあんなに借金をしていたのだ?」
「まあ、甘やかされていたと言うこともありますけど」
グウェンドリンは空を見上げた。
「自分で払ったことが、一度もなかったので。“精算”の意味も知らなかったのでしょう」
夜風が、静かに吹いた。
「で、お前は婚約破棄されたわけだが」
「ええ」
「今なら口説いても、問題ないんだな?」
「……では、利子付きで協力関係を結びましょうか?」
「高くつきそうだが、悪くないな」
真っ赤に染まったグウェンドリンの顔を見て、オレはしつこいぞ、と魔王は笑った。
ちなみに。
現王家は経営能力が破綻しているとして、ビブロ公爵が新たに王の地位に立ったため、国に混乱はなかった。
ポンチーノ王家は無能揃いというか、ビブロ公爵家に全てお任せだったため、何がどうなっているのか全くわかっていないうちに王朝が終わった。
王様の名前はピッピアンドレ。王妃はポッコリーノ。愛称はピピとポコ。でも、出す場面がなかった。
グウェンドリンの母はルルシア。父はアドリアン(まとも)。
ついでに魔王は、カスディエルという名前。せっかく考えたのに使えなかったよ。くすん。
グウェンドリンの手腕によって、魔族と王国は友好的なお付き合いをしています。
テキ・トーヤとオットリーノ・スベルはベタ惚れカップル。




