第8話「願いの代価」
二度目の襲撃はゴブリンだった。
ただのゴブリンならまだいい。問題は、出てきたのが変異種だったことだ。
肌は黒緑色にくすみ、片腕だけ異様に太い。しかも手には錆びた鉈を持っている。知能まで上がっているのか、いきなり正面からは来ず、左右へ散ってベルドを囲おうとした。
「散るなよ!」
俺が声を飛ばす。
カイルが正面へ出て、一体の鉈を受け流す。重い音が響いた。見た目以上に力が強そうだ。
「ッ、こいつら……!」
「足止めしろ、倒し切ろうとするな!」
言いながら、俺は再び《鍛冶》を使う。
今度作るのは長物じゃない。取り回し優先の短刀だ。黒曜石と鉄鉱石を軸に組み上げ、右手へ握る。
一気に踏み込む。
ゴブリンの喉元へ刃を滑り込ませ、そのまま返す。血が噴いた。
横からもう一体。
振り下ろされた鉈を短刀で受けるのは分が悪い。俺は半身にずらし、そのまま膝を蹴り払う。態勢を崩したところへ、ティアの火線が走った。
「遅い」
短い一言と共に、変異ゴブリンの肩口が爆ぜる。
……本当に容赦がないな、こいつ。
だがそのくらいでちょうどいい。相手を敵と定めた時のティアは、一切の躊躇がない。
残り一体は、ベルドを狙って背後へ回っていた。
「カイル! 守る対象を見失うな!」
俺が怒鳴ると、カイルはハッとした顔でベルドの方を振り返り、すぐさま割り込む。
「させるかッ!」
剣が火花を散らし、鉈とぶつかる。
押し切れない。だが、押し留めている。
「ユウマ!」
「ああ!」
俺は一気に距離を詰め、横合いから短刀を脇腹へ突き入れた。
変異ゴブリンが絶叫し、カイルが返す刃で首を刎ねる。
ごとり、と嫌な音がした。
静かになった林の中で、ベルドだけが震えた声を漏らした。
「……た、助かった……!」
「礼はいい。採取を急げ」
俺が言うと、ベルドは慌てて頷いた。
「あとどれくらいだ」
「半分……いや、三分の二ってところだ!」
「長いな」
「こっちだって急いでやってる! 好き好んでこんな危ない場所に居たいものか!」
それは……そうだな。
戦闘でアドレナリンが出ていた俺の思考は、ふと冷静に戻る。戦闘が始まってまだそこまで時間は経っていない。それなのにこの襲撃頻度だ。このクエストの報酬が高く、不人気な理由がよく分かる。
しかも敵は散発じゃない。群れで動いている可能性が高い。
つまり、まだ来る。
「ベルド。採取の手は止めるな。だが、逃げろと言ったら本当に全部捨てろ」
「わ、分かってる……!」
ベルドの返事は上ずっていた。だが手だけは止まらない。そこは大したものだ。
ティアが林の奥を見たまま、小さく言う。
「血の匂いが広がっておる。寄ってくるぞ」
「だろうな」
俺は短刀を握り直した。
そして、その予想が外れることはなかった。
◆
三度目の襲撃は、二度目よりさらにきつかった。
林の奥から、牙狼が四体。変異ゴブリンが二体。さっきまでとは明らかに数が違う。
「群れかよ……!」
カイルが顔を歪める。
「ベルド、今何割だ!」
「もう少し、もう少しで終わる!」
「一番信用ならない返答だな、それ!」
だが、四の五の言ったところでやるしかない。
牙狼二体が左右から来る。ゴブリンは後ろで隙を窺っている。指揮までは取っていないが、明らかに連携があり面倒だ。
なら、いっそ面倒事ごと吹き飛ばす。
「ティア!」
「分かっておる」
短い返答。
俺は地面へ手をかざし、《鍛冶》を起動する。裂け目が開き、今度は細身の刀を引き抜く。最初に作ったものと同じ、刃へ雷を纏わせた短期決戦用の一振り。
同時に、ティアが片手を掲げた。
外套の裾が、風もないのにふわりと揺れる。
その周囲へ、赤い火球が三つ浮かんだ。
ただ浮かぶ、じゃない。
そこだけ空気の流れそのものが、ティアの指先へ従っているように見えた。火は魔術の形を取っているのに、根っこにあるのはもっと別の何かだ。見てはいけない本質が、一瞬だけ覗いた気がした。
「おぬしら、邪魔じゃ」
言葉と同時に火球が走った。
一つ目は一体の牙狼へ直撃。二つ目はもう一体の足元で爆ぜて動きを鈍らせる。三つ目は変異ゴブリンの進路を塞ぐように地面を焼いた。
火力も制御も、やっぱり見た目相応じゃない。
「行くぞ!」
俺は踏み込んだ。
雷を纏う刃が、牙狼の首筋を裂く。チリチリと嫌な音を立てて肉を焼きながら、一撃で仕留める。
返す刃で二体目の前足を断つ。
その隙にカイルが前へ出た。焦りはあるが、動きそのものは悪くない。むしろ、守るものが明確な時のこいつは強い。
変異ゴブリンの鉈を正面から受けず、斜めへ流す。そこへ踏み込み、腹を深く斬り裂いた。
「とりゃああああッ!」
気迫だけで押してる部分もある。だが、押し切るだけの執念があった。
しかし残った一体がベルドへ突っ込む。
――間に合わない。
だが、ベルド自身がゴブリンに向かって薬草籠を投げつけた。
「う、うおおおっ!」
予想外の抵抗に、ゴブリンの動きが一瞬止まる。
「よし!」
俺はその隙を逃さず距離を詰め、雷刀を振り抜いた。
刃が走る。
次の瞬間、ゴブリンの首が飛んだ。
沈黙。
荒い息だけがその場へ残る。
「……お、終わった、か?」
ベルドがへたり込みながら言う。
俺は辺りを見回し、しばらく気配を探った。
「……今のところは、な」
「採取はどうじゃ」
「終わった! 終わったぞ!」
ベルドが叫ぶように答え、地面へ散った籠をかき集める。中には青い葉や赤い花弁がぎっしり詰まっていた。こっちの事情はよく分からんが、少なくとも依頼分は揃ったらしい。
カイルがその場へ膝をつき、肩で息をする。
「はっ、は……くそ、思ったよりきついな……」
「思ったより、で済んでるだけマシだろ」
俺が言うと、カイルは顔だけ上げて笑った。
「違いねぇ」
ティアはそんな俺たちを見て、小さく息を吐いた。
「まったく、世話の焼けるやつらじゃ」
「その台詞、たぶんお前にも返ってくるぞ」
「妾はよいのじゃ」
「よくはないだろ」
そう言い合いながら、俺は手の中の雷刀を見る。
バチ、と小さく火花が弾け、それを最後に刀身へ亀裂が入った。やがて光を失い、砂のように崩れて消えていく。
ベルドがそれを見て、ぽかんと口を開けた。
「……何度見ても意味が分からねぇな、お前のそれ」
「俺も半分くらいそう思ってる」
自分で言ってて、少し笑えた。
◆
王都へ戻った頃には、空はもう夕方へ差しかかっていた。
西の空が赤く染まり始め、街の喧騒も朝とは少し違う熱を帯びている。ギルドへ戻る道中、カイルは一言も喋らなかった。疲れているのもあるだろうが、それ以上に気が急いているんだろう。
ベルドは逆に上機嫌だった。
「助かった、本当に助かった! あんたらがいなきゃ今日の採取は無理だった!」
ギルドへ着くなり、採取品と依頼票をまとめて受付へ差し出す。査定の間、俺たちは壁際で待つことになった。
しばらくして、朝の受付嬢が戻ってくる。
「確認が取れました。依頼達成です。採取量も基準を上回っていたため、追加報酬が発生しています」
その言葉に、カイルの肩がぴくりと揺れた。
「金額は――」
受付嬢が告げた額を聞いた瞬間、カイルは笑うより先に、その場へ崩れそうな顔をした。
助かった、というより、間に合った、という顔だった。
「……足りる」
ぽつりと漏れた声は、祈りにも似ていた。
「違約金込みでも、ギリギリ足りる……!」
ティアの顔がぱっと明るくなる。
「ほんとうか!」
「ああ……ああ!」
カイルは拳を握りしめた。今にもその場で走り出しそうな勢いだ。
受付嬢が苦笑混じりに言う。
「報酬の受け取り手続きをしますので、少々お待ちください」
「急いでくれ!」
「気持ちは分かりますが、規定です」
きっぱり返され、それでもカイルは文句を飲み込んだ。待つ時間すらもどかしいんだろう。
やがて金の入った革袋を受け取ると、カイルはそれを両手で握りしめた。
「……行くぞ」
振り向いたその顔には、疲れと安堵と、そして強い希望が混ざっていた。
ティアが嬉しそうに頷く。
「うむ!」
その横で、俺は何も言わなかった。
金は揃った。依頼は終わった。ここまでは確かに、上手くいった。
だが、胸の奥に残る違和感だけは消えていない。
それでも今は、その違和感に蓋をするしかなかった。
カイルはもう走り出している。ティアは信じて疑っていない。だったら、今ここで冷や水を浴びせても仕方がない。
俺たちはギルドを出た。
夕暮れの王都を、金袋を握りしめた男が先頭で駆ける。その背を、フードを押さえたティアが追い、俺は少しだけ遅れて歩いた。
どうか、本当に間に合ってくれ。
そんな願いに似たものが、自分の中にもあるのを感じ取っていた。
あとがき
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