第7話「護る仕事」
王都の東門を抜けると、街の喧騒は背後へ遠ざかっていった。
石畳はやがて土の道へ変わり、その先には緩やかな丘陵と、まばらな林が広がっている。空は高く、風は涼しい。景色だけ見れば、ちょっとした散歩道みたいなものだ。
だが、依頼書に書かれていた内容はそんな呑気なものじゃない。
王都東方、採薬地帯の護衛兼魔物駆除。
採取人を守りながら、周辺に出没する魔物を排除し、採取完了まで安全を確保する。護衛対象がいる以上、討伐だけに集中すればいいわけでもない。ソロ不可と言われた理由はよく分かる。
「無茶はするな。まずそれだけは覚えとけ」
道を歩きながら、俺は隣のカイルへ言った。
「昨日冒険者になったばっかの新人に言われるのも、変な感じではあるがな」
「見えてるものが違うからな」
寝不足もあってか、彼の顔色は悪い。焦りを押し殺しているつもりなんだろうが、足運びが少しだけ速い。寝不足だと注意は散る。そこへ焦りまで噛み合えば、一瞬の緩みが命に関わる。
「余り焦るな、視野が狭くなるぞ」
「分かってる」
「それは分かってるやつの歩幅じゃない」
「……急いでるんだよ」
「急ぐなとは言ってない。焦るなって言ってるんだ」
俺がそう言うと、カイルは小さく舌打ちしかけて、寸前で飲み込んだ。
責められていると思ったんだろうが、別にそういうつもりじゃない。
焦ると視野が狭くなる。視野が狭くなると、守るべき対象を見落とす。護衛依頼でそれをやられたら、全員まとめて終わりだ。
「おぬしも、もう少し落ち着くがよい」
ティアが歩きながら言う。
「気持ちは分からぬでもないがの。足だけ先に行って、頭が追いついておらぬ」
「……二人して随分言うな」
「言われるうちはマシだろ」
俺が返すと、カイルは少しだけ口を結んだ。
反発はしている。だが、完全に聞く耳がないわけじゃない。そこはまだ救いがある。
しばらく歩いた先で、小さな荷車の脇に一人の男が立っているのが見えた。
痩せた中年男だ。浅黒い肌に日に焼けた腕。腰には短剣、背には大きな籠。薬草採取人らしい格好をしている。
「お、おお……お前らか」
男は俺たちを見るなり、ほっとしたように息を吐いた。
「ギルドから聞いてた護衛ってのは」
「ああ。俺がカイル、こっちがユウマとティアだ」
「……ずいぶん若いのが混じってんな」
男の視線が小さくティアに向く。
「言うな。こっちも同じこと思ってる」
俺が返すと、採取人の男は苦い顔で笑った。
「俺はベルドだ。正直、人数だけでも来てくれて助かったよ。最近この辺り、牙狼が出るわ、変異ゴブリンがうろつくわで、採取どころじゃなくてな」
牙狼。変異ゴブリン。
どんな見た目かは知らないが、名前からして大人しくはなさそうだ。
「採取場所は遠いのか?」
「ここから林を抜けて少しだ。群生地そのものは近いが、問題は周辺だな。前まではもっと浅い場所にあったんだが、最近は魔物が居ついて奥へ寄っちまってる」
「採取の時間はどれくらい必要なんだ?」
「最低でも三十分、いや、できれば一時間は欲しい。今日の依頼分は量が多い」
なるほど。
護衛する時間は短くない。しかも採取中はこいつを動かせないときた。なら、最初の接敵で手間取ると一気にきつくなる。
「行く前に決めておく」
俺は立ち止まり、全員を見る。
「ベルドさんは採取に集中して、できるだけ早く終わらせてくれ。逆に逃げろと言ったら荷車捨ててでも逃げて欲しい」
「お、おう」
「カイルは前衛。だが突っ込みすぎるな。守る対象は魔物じゃなくベルドさんだ」
「……分かってる」
「ティアは遊撃。抜けてきたのを叩いてくれ」
「うむ」
短く頷くティア。
こいつに“遊撃”なんて役が適切かは怪しいが、少なくとも立ち位置としてはそれでいい。正体を隠したい以上、あまり派手にやられても困る。
「で、お前は?」
カイルの問いに、俺は腰の刀へ手を添える。
「俺は足りないところを埋める」
「ざっくりしてるな」
「現場で一番融通が利く役回りってことだ」
「新人のくせに当てにしてもいいものか、俺は心配だがな」
「無駄な心配だ。護衛対象にだけ気をつけていれば問題ない」
本当は《黄泉》が使えてれば話は早い。だが、あれは相変わらず抜ける気配がない。だから使うのは、戦闘でその場その場に合わせて作る即席の得物になるだろう。
もっとも、それを皆に見せるのは今回が初めてだ。あの力が異質なものなのかどうか、自分でもまだ測り切れていない状態で見せるのは正直気が引ける。だが、言っている場合でもない。
「よし、行くぞ」
◆
採薬地帯は、ベルドの言った通り林を抜けた先にあった。
そこだけ妙に空気が湿っている。
「ほう、随分マナが集まっておる」
「質の良い薬草はマナ濃度が高い所に群生するからな」
ティアの言葉に、カイルが反応する。たぶん、この湿った感覚がマナってやつなんだろう。
背の低い草の間に、薄青い花や赤みを帯びた葉を持つ植物がいくつも群生していた。薬草に詳しくなくても、普通の雑草じゃないことくらいは分かる。
「始めるぞ。こいつらは傷つけるなよ。値が落ちる」
ベルドが真っ先に荷車から道具を取り出し、慣れた手つきで籠を背負う。採取人の顔になると、さっきまでの気弱そうな雰囲気が少しだけ消えた。
こいつはこいつで、自分の仕事に命を懸けてるんだろう。
「ユウマ」
低く呼ばれてそちらを見ると、ティアがほんのわずかに顎を動かした。
視線の先。林の縁。草の揺れ。
いるな。
「カイル、左」
「ああ」
言うや否や、林の中から灰色の影が飛び出した。
狼だ。だが普通の狼じゃない。二回りは大きい。牙は不自然に長く、肩の辺りの毛が黒く逆立っている。牙狼、ってやつか。
さらに一体、二体。
「チッ……三体!」
カイルが剣を抜き、前へ出る。
一体目が一直線に飛びかかってきた。だが、その軌道は読みやすい。カイルは半身にかわし、すれ違いざまに剣を振り抜く。血が散った。
悪くない。剣筋はちゃんとしてる。
けど、焦っているのが剣に出ている。
「深追いするな!」
俺が叫ぶが、一体を倒した勢いのままカイルが一歩踏み込んだ。
その瞬間、死角から二体目が低く潜り込む。
「ッ!」
噛みつきが脇腹を狙う。間に合わない。
そう思った瞬間、横から赤い光が走った。
ボッ、と短く空気が爆ぜる。
牙狼の顔面へ火球が直撃した。
「ギャウッ!?」
まるで、そこだけ空気の支配権がティアの手に移ったみたいに、当然の顔で火が放たれる。
悲鳴を上げて吹き飛ぶ牙狼。外套の袖口から覗いた指先に、まだ小さな火の尾が残っていた。
「脇が甘いぞ、カイル」
「……っ、助かった!」
「礼は後じゃ。今は目の前へ集中せい」
言い方は軽いが、火力は軽くない。やっぱりこいつ、見た目通りの“魔術師”じゃないな。
残る一体がベルドの方へ回り込もうとしていた。
俺は即座に地面へ手をかざす。
「《鍛冶》」
空間がわずかに歪み、黒い裂け目が開く。蒼黒い炎が揺らめき、そこへ周囲の素材が光となって吸い込まれていく。
「なっ……!?」
ベルドが目を見開くが、説明してる暇はない。
俺は裂け目へ腕を突っ込み、一気に引き抜いた。
現れたのは、短めの投槍だった。木と金属の混成。量産用の即席品だが、十分使える。
「はッ!」
俺はそれを力一杯に投げつける。
槍は真っ直ぐ飛び、ベルドへ飛びかかろうとしていた牙狼の肩口へ深々と突き刺さった。勢いを殺しきれず転がったそいつへ、カイルが追いつき、とどめを刺す。
静寂が戻る。
短い戦闘だった。だが全員の呼吸は少し荒い。
「……今の、何だ」
カイルが息を整えながら問う。
「鍛冶スキルだ」
「鍛冶ってああいうもんなのか!?」
「俺のはな」
それ以上の説明は省く。
ベルドもぽかんとした顔をしていたが、すぐに我に返ったのか薬草の方へ向き直った。
「た、助かった……! 今のうちに採るぞ。次が来る前に!」
◆
採取が始まってからの時間は、思った以上に長く感じられた。
ベルドはしゃがみ込み、手際よく薬草を摘んでいく。葉を傷つけず、根を残し、使える部位だけを選ぶ動きは見事だった。ああいうのを見ると、職人ってのはどこにでもいるんだなと思う。
その間、俺たちは周囲の警戒に当たった。
ベルドの指は止まらない。だが、周囲の空気はさっきよりも重くなっている気がする。
最初の牙狼は、前触れに過ぎなかったのかもしれない。
風に混じって血の匂いがまだ薄く残っていた。
それを嗅ぎつけて、次が来ない保証はどこにもない。
「……まだ終わっておらぬな」
ティアが低く呟く。
「ああ」
俺は林の奥へ視線を向けた。
草が揺れる。音はない。だが、何もいない静けさには見えなかった。
護衛依頼は、まだ始まったばかりだった。
あとがき
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