表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生した天才鍛冶師は魔王と旅をする!? 〜周りが曇っていくのは俺のせいじゃない〜  作者: 烏羽 楓


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/14

第6話「交わす誓いと疑念」

「……今日中に、まとまった金が必要なんだ」

 

 男の口からこぼれたその一言に、受付の空気がわずかに変わった。

 さっきまで規約を盾に押し返していた受付嬢も、言葉を継ぐのを一瞬ためらう。だが、それでも職務としては譲れないらしい。彼女は小さく息を吸い、淡々と告げた。

 

「ご事情はお察しします。ですが、規約は規約です。危険度相当の依頼を、実力の伴わない編成へ渡すことはできません」

「分かってる……」

 

 男はそう言いながらも、納得している顔ではなかった。

 分かっていて、なお引けない。そういう顔だ。

 

「だったら話は簡単じゃ」

 

 ティアが、まるで何でもないことのように言った。

 

「妾たちはそやつより強いぞ? 実力はあると自負しておる」

「簡単に言うな」


 新参者の戯言なんか誰が聞くものか。 

 俺が横から口を挟むと、ティアは不満そうにこちらを見た。

 

「困っておる者がおるのじゃぞ」

「そうだとしても、何も知らずに首を突っ込むのは違うだろ」

「知ればよいではないか」

 

 即答だった。

 ……本当に、こういうところは躊躇がない。

 男はそんな俺たちのやり取りを見て、どこか困ったように眉を下げた。

 

「いや、あんたらを巻き込むつもりは……」

「もう十分巻き込まれておる」

 

 ティアが言い切る。巻き込まれているというよりは、巻き込まれに行っているという方が正しい気はするが。

 

「なら、事情くらいは聞くべきだろう」

 

 その言葉に、男はしばらく黙った。

 やがて諦めたように肩を落とし、低い声で言う。

 

「……少し、人目の少ないところで話させてくれ」


 

 ◆


 

 ギルドの隅、酒場の喧騒から少し外れた壁際の席へ移動する。

 朝だというのに酒臭い連中はいるし、がらの悪そうな冒険者もいる。だが、こういう場所の方が逆に他人に無関心なのか、こちらの話に耳を立てる者はいなかった。

 男は席へ腰を下ろす前に一度だけ周囲を見回し、それから口を開いた。

 

「俺はカイル。Dランクの冒険者だ」

「さっきの受付嬢は“だった”みたいな顔をしておったがの」

 

 ティアが首を傾げると、カイルは自嘲気味に笑った。

 

「間違ってはいない。依頼の失敗や装備の売却で、もうほとんどランク相応の冒険者らしい体裁も残ってない。剣だけは手放せなかったが、防具は大方売ったしな」

「やっぱりか」

 

 俺が呟くと、カイルがこちらを見る。

 

「見て分かったのか?」

「分かるさ。剣は手入れされてた。逆に防具は酷い。売れるものから売って、最後に残したのが剣って感じがしていた」

「……よく見てるな」

「そういうのを見るのが癖でね」

 

 ティアがそこで、じっとカイルを見つめた。

 

「で、その今日中に必要な金とは何じゃ」

 

 真正面からの問いだった。回りくどさの欠片もない。

 カイルは少しだけ目を伏せてから、絞り出すように言う。

 

「奴隷を買うためだ」

 

 ティアの目がわずかに見開かれる。

 

「奴隷……?」

「ああ。正確には、解放するために払う金だが」

 

 その言葉に、ティアは今度こそ黙った。

 俺も口は挟まなかった。続きを促すように視線だけを向ける。

 カイルは拳を握りしめたまま続けた。

 

「明日の昼、その娘は貴族に買われることになってる。しかも相手は、女の扱いが酷いことで有名な奴だ。今止めなきゃ、取り返しがつかない」

 

 ……なるほど。

 それで今日中に、か。

 

「なぜ自分で買わぬのじゃ?」

 

 ティアが静かに問う。

 

「奴隷の解放なんぞ、普通に買うよりも高くつく。買ってしまった方がいいではないか」

「そうだ。だが、先に勝ってしまえばば終わりって話でもない」

 

 カイルの声に、苦いものが混じる。

 

「相手は貴族だ。しかも前から予約が入ってる。俺みたいな平民が後から金を持ち込んでも、普通なら相手にされない。だから違約金込みで、今日中に話を通せるだけの額が必要なんだ。解放してしまえば、奴隷ではなく一般市民。国の法で守られるからな」

「……なるほどのう」

 

 ティアはそこで初めて、身分という壁の存在を実感したような顔をした。

 

「つまり、貴族が買うと決めた時点で、既に力関係はほぼ決まっておるわけか」

「そういうことだ」

 

 ティアは小さく奥歯を噛んだ。

 たぶん、感情としては納得していない。だが理屈としては理解した。そんな顔だった。

 

「その娘とは、どういう関係だ」

 

 俺が聞くと、カイルは一瞬だけ言葉に詰まった。

 それから、観念したように笑う。

 

「惚れたんだよ」

 

 あまりに真っ直ぐな言い方だった。

 

「最初は依頼の帰りに偶然見かけただけだった。けど、あいつ……リナっていうんだが、あんな場所にいても目が死んでなかった」

 

 カイルの視線が遠くなる。

 

「何度か通って、少しずつ話をするようになった。笑うと、ちゃんと年相応の顔をするんだ。あんなところに閉じ込められていいやつじゃないって、すぐ分かった」

「……それで助けたいと思った、と」

「ああ」

 

 短い返答だったが、その一言は重かった。

 

「馬鹿だってのは分かってる。俺一人で何とかなる話じゃないことも分かってる。それでも、明日の昼まで待って見てるなんて、俺には無理だった」

 

 ティアが、そこで小さく息を吐いた。

 

「馬鹿ではあるのう」

「否定はしない」

「じゃが――」

 

 ティアはまっすぐカイルを見る。

 

「嫌いではないぞ、そういう馬鹿は」

 

 カイルが、少しだけ呆けた顔をした。

 その横で俺は、小さく肩をすくめる。

 

「俺も嫌いじゃないが、危ういとは思う」

「……あんたは現実的だな」

「夢だけで飯は食えないからな」

 

 そう返しつつも、俺は内心で考える。

 今日中に金を作って解放する。そこまではいい。だが、その後はどうする。平民の男が貴族の予約を潰して、元奴隷の娘と一緒に何事もなく暮らせるほど、世の中が甘いとは思えない。

 

 けれど、それを今ここで言うのは違う気もした。

 カイルはもう動いている。ティアは肩入れする気満々だ。ここで水を差したところで、止まる類の話ではない。

 

「その娘、会わせてもらえるか」

 

 俺がそう言うと、カイルは少しだけ驚いたように俺を見た。

 

「見て、どうする」

「命張る相手の事情くらいは確認しておきたい」

 

 カイルはしばらく黙ったあと、低く頷いた。

 

「……分かった。こっちだ」


 

 ◆


 

 案内されたのは、王都の賑わいから少し外れた区画だった。

 汚いわけじゃない。だが、明らかに空気が違う。建物の窓は小さく、人目を避けるような造りが多い。通りを歩く人間も、どこか視線を合わせようとしない。

 その一角に、鉄格子のはまった建物があった。

 表向きは“人材斡旋所”と看板が出ているが、見れば分かる。中で扱っているのは、人だ。

 

「ここか」

 

 俺が呟くと、ティアが黙ったまま建物を見上げた。

 さっきまでの軽い調子はどこにもない。

 扉の前に立っていた店番らしき男は、カイルを見るなり露骨に嫌そうな顔をした。

 

「なんだ、また来たのか」

「少し話をするだけだ」

「予約済みの商品に手ぇ出すなよ? こっちも慈善事業じゃない。商品を傷つけず管理するのにも金がかかってるんだからな」

「分かってる」

 

 その会話だけで色々察するには十分だった。

 中へ入ると、鉄と湿気と薬品の混じったような嫌な匂いが鼻につく。壁際にはいくつもの檻が並び、その中に数人の男女がいる。みんな、どこか諦めたような目をしていた。そんな人達を見てティアが隣で小さく拳を握る。

 

 カイルが足を止めた先の檻に、一人の少女がいた。

 歳は十七、八くらいか。淡い茶色の髪は乱れ、首には細い金属の首輪がはまっている。痩せてはいるが、目はまだ死んでいなかった。

 

「リナ」

 

 カイルが呼びかける。

 少女は顔を上げた。そして次の瞬間、その表情が揺れた。

 

「カイル……?」

「ああ。会いに来た」

 

 彼は檻越しに膝をつき、鉄格子へ手を添える。

 

「もう少しだ。今日中に金を揃える。だから待ってろ」

 

 リナと呼ばれた少女は、唇を震わせた。

 

「……無茶、してない?」

「してるに決まってるだろ」

 

 自嘲気味に笑いながらも、カイルの目は真っ直ぐだった。

 

「でも、間に合わせる。絶対に」

 

 リナの目にじわりと涙が浮かぶ。

 その様子を見て、ティアが近づく。

 

「……おぬし、名は」

 

 ティアは檻の前へしゃがみ込み、静かに尋ねると、少女は少し戸惑いながら答えた。

 

「リナ、です」

「そうか、リナ。事情は聞いた安心するがよい。妾たちも力を貸す」

 

 ティアはそう言い切る。全く迷いのない声。

 俺はその横顔をちらりと見る。やっぱりこいつは、こういう場面で躊躇わない。それが強さでもあり、危うさでもある。

 

「……どうして、そこまで」

 

 リナが小さく呟く。

 ティアが答えるより先に、カイルが言った。

 

「俺が頼んだ。いや、正確には……助けてもらった」

 

 完全には違う気もするが、まあ大筋では合ってる。

 俺はリナの首へ視線を落とした。

 首輪は細く見えるが、ただの装飾じゃない。表面には細かな刻印が刻まれている。拘束用か、契約用か、追跡用か。いずれにせよ、面倒な代物なのは間違いなさそうだ。

 気にはなったが、今はそれを口にする場じゃない。

 

「一日でも、自由に外を歩けたら……カイルと一緒に過ごせたら、そんな嬉しいことはないよ」

「ああ、俺もそう思うよ。だから、必ず叶えてみせる!」

 

 放っておいたら、いくらでもイチャイチャしだしそうな勢いだな。恋は盲目とはよく言ったもんだが、まさにこのことか。

 

「もう行くぞ」

 

 俺が言うと、カイルが振り返った。

 

「時間が惜しいんだろ?」

「あ……ああ、そうだな」

 

 彼は立ち上がり、もう一度リナへ向き直る。

 

「待ってろ。必ず戻る」

「……うん」

 

 短い返事だった。だが、その一言に込められた想いは十分すぎるほど伝わった。

 店を出ると、外の空気が妙に軽く感じた。

 ティアはしばらく黙っていたが、やがて低い声で言う。

 

「助けねばならぬ」

「……そうだな」

 

 俺も否定はしなかった。

 ただ、胸の奥には別の引っかかりが残っている。

 

 今日中に金を作って解放する。そこまではいい。だが、その先はどうする。貴族の予約を横から潰して、平民の男と元奴隷の娘が、そのまま何事もなく暮らせるほど、この世界は甘いのか?

 答えは、たぶんそんな甘くない。

 

 それでも今ここで、それを言う気にはなれなかった。

 ティアは感情で動いている。カイルは覚悟で動いている。リナは希望へ縋っている。

 そこへ、冷めた現実だけを投げつけるのは簡単だ。

 だが、簡単だからといって、それが正しいとも限らない。

 

「行くぞ」

 

 俺がそう言うと、カイルは強く頷いた。

 

「ああ。依頼を片付けて、今日のうちに全部終わらせる」

 

 全部終わる、か。本当にそうならいい。

 俺たちは王都を出るため、再び大通りを歩き出した。

 空は高く、陽はまだ十分に昇りきっていない。依頼をこなし、戻って、金を渡して、解放する。時間はぎりぎりだろうが、不可能ではない。

 少なくとも、今はそう見えた。

 

 ただ、首輪。予約。貴族。金を払って終わり、で済む要素が一つもない。

 胸の奥に残った小さな違和感だけは、最後まで消えなかった。

あとがき


見て下さりありがとうございます!

手探りながら、自分の好きと読者様の好きが重なるそんな境界線上の物語を目指してます!


続きが気になると思ったら、

評価、ブックマーク、リアクション等

よろしくお願いします!


――誰かの心に刺さる、そんな物語を貴方に――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ