第3話「歩み行く先」
刀から迸った雷光が、チリチリッと甲高い音を立てながら地面を抉る。焼けた土の匂いが鼻を刺し、白い煙が細く立ち昇った。
「ギャギャッ!?」
「ギィッ、ギィアアアッ!!」
耳障りな悲鳴を撒き散らしながら、ゴブリンどもが一斉に飛び退く。
だが、もう遅い。
「……うるせぇ」
吐き捨てるように呟き、そのまま流れるように刀を振るう。
妙なくらい身体が軽い。足運びも、踏み込みも、刃筋さえ自然に定まっていく。まるで何年も使い込んだ得物を握っているみたいな感覚だった。
次の瞬間、ぼとり、ぼとりと鈍い音が続く。
ゴブリンたちの首が落ち、胴体が数歩たたらを踏んでから崩れた。遅れて血が噴き、赤黒い飛沫が草を汚していく。
それとほぼ同時に、手に握っていた刀へ亀裂が走った。
ピシッ。
ピシ、ピシピシッ。
乾いた音とともに光を失った刀身は、砂のように崩れ、そのまま風にさらわれるように消えていった。
「……は?」
思わず、自分の手を見る。
何もない。ついさっきまで確かに握っていたはずの感触だけが、妙に生々しく掌に残っていた。
夢じゃない。
それだけは、嫌になるほどはっきりしている。
鼻を刺す血の臭い。耳の奥にこびりついた断末魔。足元に転がる死体。どれもが、これは幻じゃなく現実だと突きつけてきた。
「っ……」
胃が縮む。
ゴブリンとはいえ人型だ。斬った感触も、首が落ちる光景も、変に生々しい。込み上げてきたものを、俺は慌てて口元を押さえて飲み込んだ。
きつい。かなりきつい。
こういうところだけ妙に現実感があるのは、本当に勘弁してほしい。
数度、深く呼吸する。
吐き気が少し引いたところで、俺は周囲へ視線を巡らせた。
「……とりあえず、ここを離れるか」
独り言でも口にしていないと、頭の中まで静まり返ってしまいそうだった。
木々の隙間。揺れる草。周囲の気配。
さっきの戦闘音で別の魔物が寄ってきてもおかしくない。俺はなるべく物音を立てないよう警戒しながら、その場を後にした。
しばらく歩いたところで、ふと考える。
スキルにしろ警告にしろ、ああいうウィンドウが出るなら、自分のことも見られるんじゃないか。
ずいぶんゲームめいた世界だ。なら、ゲームめいた操作が通る可能性も高い。
試しに口にしてみる。
「ステータスオープン」
次の瞬間、目の前の空間がわずかに揺らぎ、半透明のウィンドウが現れた。
黒鉄 悠真
所有スキル【アクティブ】:《鍛冶》
所有スキル【パッシブ】:《全ステータス向上》《精神干渉無効》《異世界・言語理解》
加護:《鍛冶神の加護》《剣神の加護》《女神の寵愛》
「……なんだこれ」
素で漏れた。
並んでいるのは、いかにも厄介そうな文言ばかり。便利そうだと喜ぶより先に、面倒そうだなという感想が出るあたり、夢のない性格だと自分でも思う。
けれど、その中でも目を引いたのはひとつ。
《異世界・言語理解》
「……やっぱりそういうことか」
小さく息を吐く。
薄々察してはいたが、これでほぼ確定だろう。死んだと思ったら見知らぬ森で目を覚まし、妙なスキルが使えて、ゴブリンまで出てきた。どう考えても、まともな現実じゃない。
俗にいう転生ってやつ。
たぶん、それだ。
昔なら少しは胸が躍ったのかもしれない。剣だの魔法だの、そういう話を嫌いだったわけじゃないからな。
だが、いざ自分が当事者になると感想はひとつしか出てこない。
「……どうしたもんかね」
前の人生にそこまで不満があったわけでもない。全部捨てて別の世界へ行きたい、なんて願っていたわけでもない。
なのに気づけば森の中でゴブリンを斬っている。我ながら、とんでもない話だった。
「おまけに《黄泉》までついてくるとはな。そこは気が利いてるじゃないか。使えないけど」
苦笑混じりに呟く。
いや、正確には“まだ使えない”のか。条件とやらを満たしていないだけで、完全に無理というわけでもなさそうだ。もっとも、現時点じゃ何も分からないが。
考えても答えは出ない。
なら今は、生き延びることを優先するしかない。
そう割り切って歩き続けた先で、不意に森が途切れた。
「お……」
思わず声が漏れる。
目の前には草原が広がり、その中央を一本の道が真っ直ぐ伸びていた。舗装こそされていないが、轍も踏み跡もはっきりしている。人の往来がある証拠だ。
それだけで、胸の奥が少し軽くなる。
道があるなら、どこかに人がいる。集落か、街か、それとも別の何かか。少なくとも、このまま森を彷徨うよりはずっとましだった。
視線を先へやると、地平線の向こうに大きな影が見える。
「……城壁、か?」
歩を進めるごとに、その輪郭がはっきりしていく。やがてそれが巨大な壁に囲まれた街だと分かった。
「少なくとも、ただの集落じゃなさそうだな」
独り言を零しながら、俺はその街を目指した。
近づけば近づくほど、城壁の大きさがよく分かる。高い。分厚い。ただ大きいだけじゃなく、外からの脅威を拒むための重みがそこにあった。
「おお……流石にこれはでかいな」
門前に立ち、思わず感嘆が漏れる。
正門では二人の門番が通行人を確認していた。槍を持ち、鎧を纏い、立ち姿に隙がない。雑に立っているように見えて、その視線はしっかり人の動きを追っている。
……さて、問題はここからだ。
今の俺はほぼ無一文。というか、身分を証明できるようなものもない。異世界で通じそうな持ち物なんて、どこを探しても出てこない。
「一応、聞いてみるか」
腹を括り、門番へ声をかける。
「すまない。少し聞きたいんだが」
俺の呼びかけに、門番の一人が即座に反応した。露骨に威圧してくるわけではない。だが片方が応対し、もう片方が俺と周囲を見張る位置へ移る。なかなか手慣れている。
「どうされましたか?」
声音は丁寧。
ただし、目は笑っていなかった。
「ここは入るのに税が必要なのか?」
「ああ。一般人は銅貨五枚、冒険者は銅貨二十枚だ」
「なるほど」
やっぱりそういう感じか。
問いに答えながらも、相手の視線は俺の服装、腰回り、手元、足元まできっちり見ている。危険物の有無、挙動不審さ、身なりの不自然さ、そのへんを一通り確認しているのだろう。
少なくとも、ずさんな管理ではない。
無法地帯じゃなさそうだというだけでも収穫だった。
「実はこの街に来る途中で盗賊に追い剥ぎにあってな。手持ちがない。こういう場合、どうすればいい?」
そう言った瞬間、門番の目がわずかに鋭くなる。
「……盗賊に襲われたと?」
「ああ。森を抜けてくる途中でな。運よく逃げ切れたが、荷物も金も全部やられた」
全部が本当じゃない。
だが、全部が嘘というわけでもない。
門番は俺を見据えたまま問いを重ねる。
「名は?」
「ユウマ」
「身分証は?」
「ない」
「同行者は?」
「いない」
「出身は?」
そこだけ、一瞬だけ詰まった。
下手な地名を出して知られていたら終わる。
「辺境の村だ。閉鎖的でな。外に出たのは、ほぼこれが初めてみたいなもんだ」
門番は黙った。
数秒。体感ではもっと長い。やがて小さく息を吐くと、隣へ目配せした。
「班長を呼んでこい」
「了解」
もう一人が門の内側へ駆けていく。
……まずいか。
内心で身構えたそのとき、応対していた門番が低く言った。
「勘違いするな。今すぐ捕らえるわけじゃない。ただ、金のない者や身元不明の者を無条件で通すわけにもいかん。それだけだ」
「だろうな。むしろ、しっかりしてて安心した」
「口は回るようだな」
「黙って固まるよりはマシだろ」
そう返すと、門番はほんのわずかに口元を緩めた。
しばらくして、三十代半ばほどの男がこちらへ歩いてくる。装備の質も、立ち居振る舞いも、ほかの門番より一段上。たぶん、この男が班長だ。
「事情は聞いた」
低く通る声だった。
男は俺の正面に立つと、一度だけ全身を見渡した。その一瞥だけで、値踏みされたような気がする。
「金も身分証もなし。森から単独で来た、と」
「ああ」
「その割に怪我がないな」
鋭い。
普通に考えればその通りだ。
「運が良かったんだよ。逃げるのは得意でね」
「そうか」
短く返したあと、班長の視線が俺の腰元へ落ちる。刀を確認し、続いて掌へ目を向けた。
「剣ダコがある。農民の手ではないな」
「……よく見てる」
「門番を舐めるな」
ぴしゃりと返された。
とはいえ怒っているわけではない。ただ事実を拾っているだけだ。
班長は少し考え、それから口を開く。
「提案がある。この街には、身元のはっきりしない者を一時的に保護する施設がある。犯罪者用じゃない。確認と保護のための場所だ。今夜はそこで休め。明日、冒険者ギルドなり役所なりで働き口の相談をする。入街税はその後で払ってもらう。どうだ?」
「……思ったより、ずいぶん良心的なんだな」
「街の外で倒れられる方が面倒だからだ。それに、本当に困っているだけの者まで弾いていれば、いずれ人は減る」
現実的だが、悪くない理屈だった。
「分かった。その提案に乗る」
「よし。ただし、妙な動きを見せたら即座に取り押さえる。いいな?」
「了解」
班長は頷き、部下へ指示を飛ばす。
「案内しろ。手続きも通しておけ」
「はっ」
重たい門が軋みを上げ、ゆっくりと開いていく。
その向こうには、俺の知らない街並みが広がっていた。
石造りの建物。荷車を引く人々。聞き慣れないはずなのに不思議と意味が分かる喧騒。焼かれた肉の匂いと、香辛料の刺激。壁の内側には、生きた街の熱が満ちていた。
その光景に、俺は思わず息を呑む。
本当に来てしまったんだな。元の世界ではないどこかへ。
不安。困惑。警戒。
それに、ほんの少しの高揚。
ぐちゃぐちゃに混ざった感情を抱えたまま、俺は門をくぐった。
その瞬間だった。
胸の奥で、何かが微かに震えた。
「……っ?」
足が止まる。
痛みじゃない。違和感、とも少し違う。もっと曖昧で、けれど妙に心を引く感覚。
どこかで――。
そう思った途端、耳ではなく胸の内側へ、かすかな響きが落ちてきた。
『……たす、け……』
息を呑む。
今のは、気のせいか。それとも。
「どうした?」
案内役の門番に声をかけられ、俺ははっと我に返った。
「……いや、なんでもない」
そう答えながらも、胸のざわつきは消えない。
聞き間違えるはずがなかった。
森で意識を失う直前に聞いた、あの声に似ていたからだ。
人混みの向こうへ目を凝らす。
だが、それらしい姿は見えない。行き交う人々の熱気と喧騒があるばかりで、さっきの感覚だけが不自然に胸へ残っていた。
「……黒鉄悠真、か」
誰にも聞こえないくらいの声で、自分の名を転がす。
これから先、その名が何を意味するのかはまだ分からない。
ただ一つ確かなのは、俺の人生がもう完全に元のレールから外れてしまったこと。そして、その先にはまだ何かが待っているということだった。
なら、進むしかない。
生きるために。
そして、この妙な声の正体を掴むためにも。
あとがき
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