第2話「俺は鍛冶師だ」
「やっぱそうなるよなッ!?」
咄嗟に横へ飛ぶ。
直後、さっきまで俺がいた場所へ棍棒が叩きつけられた。鈍い音とともに土が弾け、草が舞う。あと一瞬でも反応が遅れていたら、まともに頭を割られていたはずだ。
間髪入れず、二体目が横合いから突っ込んでくる。
「っ……!」
身をひねってそれをかわし、そのまま地面を蹴って距離を取る。
だが、すでに遅い。周りは囲まれていた。四方からじりじり詰められ、このままでは逃げ場がなくなるのも時間の問題だ。
反撃しようと、反射的に《黄泉》の柄へ手をかける。
しかし、またしても目の前に半透明のウィンドウが現れた。
『条件を満たしていないため使用することが出来ません』
「ッ、ざっけんなよ……!」
苛立ちを吐き捨てながら、振り下ろされた棍棒を紙一重でかわす。
こんな緊急事態で愛刀が使えないとか、意味が分からない。今使わずしていつ使えってんだ。俺の刀だぞ、これ。
だが、理不尽な表示に文句を言ったところで状況は何も変わらない。
相手は四体。しかも、ただの雑魚と切り捨てるには動きがいい。力任せに見えて、こっちを囲う程度の知恵はあるらしい。
周囲へ視線を走らせる。
石。
枝。
草。
武器になりそうなものは……ない。
「くそっ……!」
棍棒が鼻先をかすめた。
思っていた以上に速い。小柄なせいか踏み込みも軽く、次の動きへ移るまでが妙に早かった。しかも一体が攻めている間に、別の個体が死角へ回ろうとしている。
このまま素手で凌ぎ続けるのはまずい。
焦りが喉元までせり上がった、そのときだった。
再び目の前にウィンドウが現れる。今度は、さっきまでの警告文とは違っていた。
『スキル《鍛冶》を行使しますか?』
「……は?」
一瞬、目を疑う。
「鍛冶? そんなもん、どう考えても今じゃないだろうが!」
思わず叫んだ。こっちは命の危機だ。炉もなければ金床もない。槌だってない。そんな状況で何を鍛えろって話だ。
だが、ウィンドウは空気を読まず、その下へ淡々と説明文を追加していく。
『スキル《鍛冶》:周囲に存在する素材・資源を用いて、自身のイメージした物を作り上げることが出来る。なお、スキルによって生み出されたものは基本的に一定時間で崩壊し、製作に使用した材料も同時に消失する』
紙一重で棍棒をかわしながら、俺はその文面を頭の中で噛み砕く。
「……なるほどな」
周囲の素材を使って、イメージした物を作る。つまり――
「これを使って武器を作れってことか!」
理解した瞬間、頭が一気に冴えた。
だったら話は早い。
俺は一歩だけ前へ出て、わざと隙を見せるように足を止めた。案の定、真正面にいた一体が甲高い鳴き声を上げ、勢いよく突っ込んでくる。
「ほら来いよ!」
寸前で体をずらす。
そのまま進路を背後の個体へ流し込むように誘導すると、棍棒同士がぶつかり合って鈍い音を立てた。
「ギィッ!?」
「ギャッ!」
短く唸るゴブリンたち。その隙に、俺は一気に距離を取る。
と、そのときだった。
「……ん?」
妙な違和感があった。
身体が、軽い。
さっきからそうだ。明らかに動けすぎている。末期癌に侵されていた頃の体じゃない。肺を焼くような痛みもなければ、関節の軋みもない。むしろ、力が自然と湧いてくる。
なんなら、若い頃より調子がいいくらい。
「これ、もしかして……」
最後まで考える前に、ゴブリンが再び飛びかかってきた。
だが今度は、その動きが妙に遅く見える。
なら、試してみるか。
俺は地面を強く蹴った。
自分でも驚くほど高く身体が跳ねる。その勢いのまま近くの木の幹へ足をかけ、ほとんど反射で一気に駆け上がった。
「ギャッ!?」
下にいたゴブリンたちが揃って目を見開く。予想外の動きだったのだろう。一瞬だけ、連中の動きが止まった。
「やっぱりな……!」
太い枝の上へ降り立ち、俺は小さく口角を上げる。
身体能力が上がっている。理由は分からない。だが、少なくとも今はその恩恵に預かるべきだ。
そして何より、ここなら時間が稼げる。
「今なら……いける。スキル《鍛冶》!」
その言葉と同時に、目の前の空間がぐにゃりと歪んだ。
何もなかったはずの場所へ、唐突に裂け目が生まれる。まるで空間そのものに口が開いたかのような、異様な光景だった。裂け目の向こうでは、蒼黒い炎が音もなく燃え盛っている。
「……っ」
一瞬、息を呑む。
見たこともない現象。なのに、不思議と恐怖はなかった。むしろ胸の奥が熱く震える。職人としての勘が告げていた。これはただの炎じゃない。俺の技を受け入れるための炉だと。
続けて黒いウィンドウが開く。
そこには『使用可能素材一覧』の文字とともに、いくつもの名が並んでいた。
鉄鉱石×10
黒曜石の欠片×3
雷纏木の芯材×4
魔力を帯びた蔦×10
風鳴石×2
硬化樹脂×4
魔獣骨粉×5
「この周辺にある、使える素材ってことか……!」
説明なんかなくても直感で分かる。
今この場、この森の中にある資源を、スキルが抽出して鍛冶へ転用できるらしい。
「なら……!」
迷う理由はなかった。俺は必要な素材を選び取っていく。
鉄鉱石。
黒曜石の欠片。
雷纏木の芯材。
風鳴石。
硬化樹脂。
選択された素材は光の粒となって周囲から吸い上げられ、次々と裂け目の中へ呑み込まれていった。それに呼応するように、蒼黒い炎がぶわっと勢いを増す。
「鍛錬を始める」
口にした瞬間、身体の芯へ電流みたいな感覚が走った。
俺は躊躇なく、その裂け目の中へ手を突っ込む。
熱い。……いや、違う。
熱気は確かにある。炉の前に立っているみたいな灼熱。なのに、熱さが苦痛じゃない。むしろ心地いいくらいだった。故郷へ帰ってきたような、妙な安心感すらある。
炎の中で、素材が溶け合っていくのが分かった。
鉄で芯を通す。
黒曜石で刃の輪郭を立てる。
雷纏木の芯材は、雷を流すための道になる。
厚すぎれば重い。
細すぎれば耐えない。
風鳴石は振動を与え、硬化樹脂が全体を結びつける。
見える。
感じる。
形が、頭の中で鮮明に組み上がっていく。
今の俺に必要なのは《黄泉》じゃない。
使用条件だか何だか知らないが、あの刀に頼れない以上、信じるべきは自分の技術だけ。
なら、今この場で打つべき一振りはひとつ。
速さ。
切れ味。
そして、この場の敵をまとめて薙ぎ払えるだけの一撃性。
俺はイメージを研ぎ澄ませた。
炎がさらに激しく燃え上がる。裂け目の向こうで火花が弾け、金属同士が噛み合うような音が響いた。まるで見えない槌が何度も鋼を打っているような音。
いや、打っているのは俺だ。
この手の中で、確かに鋼が応えている。
握った瞬間、不思議と手に馴染む感覚があった。初めて打つはずなのに、ずっと前からそこにあるべき刃みたいな、そんな感覚。
「……こい」
ゆっくりと腕を引く。
すると裂け目の中から現れたのは、一振りの刀だった。
抜き出す瞬間、激しく火花が飛び散る。
下にいるゴブリンたちが思わず顔をしかめ、数歩後ずさった。
完全に引き抜かれた直後、空間の裂け目は音もなく閉じる。
俺の手の中へ残ったのは、細身で鋭い刀身を持つ一振り。刃には淡い黄色の光がまとわりつき、バチバチッと跳ねる雷がその上を走っていた。
「……いい出来だ」
思わず笑みが漏れる。
即席の一振り。しかもスキルで組み上げた仮初の武器だ。だが、それでも分かる。今この場を切り抜けるには、十分すぎる性能だった。
下では怒りに顔を歪めたゴブリンたちが、枝の上の俺を睨みつけている。
その視線を真正面から見返しながら、俺は刀を肩の高さへ構えた。
「さぁ、続きといこうか」
挑発するように言い放つ。
ゴブリンたちが一斉に叫び声を上げ、獣じみた怒声が森の中へ響いた。
それに応えるように、俺もまた口元を吊り上げる。
異世界だろうが何だろうが関係ない。
刀が使えないなら、新しく打てばいい。
なら、この世界でも俺のやることは変わらない。
木の上から飛び降りる。
雷を纏った刃が、陽光を裂いて走った。
俺は――鍛冶師だ。
あとがき
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