EP 3
狼王の帰還、そして伝説の皿洗いへ
日がとっぷりと暮れた、ポポロ村。
夕飯時のピークを過ぎ、ポポロ屋の厨房ではリアンが賄い(まかない)用の鍋を振るっていた。
ガラッ……。
重苦しい音を立てて、店の裏口(勝手口)の扉が開いた。
「……あ?」
リアンが振り返ると、そこには、ルナミス帝国へ意気揚々と乗り込んでいったはずのヤンキー――狼王フェンリルが立っていた。
しかし、朝のチャラついた勢いは見る影もない。
肩は極限まで落ち、目はうつろ。タンクトップはヨレヨレになり、口元のマルボロの火は消えかかっている。まるで、土砂降りの雨に打たれた捨て犬のような姿だった。
「…………リアン」
フェンリルは、地獄の底から響くような掠れた声で呟いた。
「……腹減った……まかない、食わせてくれ……」
リアンは火を止め、冷ややかな、絶対零度よりも冷たい視線を狼王に向けた。
「……10万円、全部スッてきた顔だな」
ビクッ!!
フェンリルは図星を突かれ、その場に崩れ落ちるように両膝をついた。
「ち、違うんだよ!! 聞いてくれよリアン!!」
フェンリルは床に突っ伏したまま、血の涙を流して絶叫した。
「あの村でもらった10万で、MAX機に座ったんだ! 最初は調子良かったんだよ! 激アツの保留変化が来て、絶対零度リーチに発展して……!! あと一押しで『確変(大連チャン)』だったんだよ!! でも、最後のボタン連打で……役物が落ちてこなくて……ッ!!」
「知るか。……で、その後ムキになってATM(帝国の金貸し)に走ろうとしたが、身分証がなくて借りられず、トボトボ歩いて帰ってきたってところか」
「うぅぅぅっ……!!」
図星中の図星をえぐられ、神の眷属がポポロ屋の勝手口で声を上げて泣き崩れた。
Aランク魔物をワンパンした絶対的な強者の威厳は、帝国のパチンコ屋(の釘調整と確率)の前に完全敗北したのだ。
「……ほらよ」
ドンッ。
リアンがフェンリルの目の前に置いたのは、山盛りの『塩コショウとニンニクで炒めただけの、大盛りモヤシ炒め』だった。
「肉は入ってねぇ。パチンコで全財産溶かしたバカには、モヤシのヒゲでも食わせておけば十分だ」
「リアン……!! お前って奴は……!!」
フェンリルは震える手で割り箸を割り、山盛りのモヤシを口いっぱいに頬張った。
「シャキシャキしてやがる……!! ニンニクのパンチが、負け犬の五臓六腑に染み渡るぜ……!! ウメェ……ウメェよぉ……!!」
涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、ただのモヤシ炒めを世界一の御馳走のように貪り食う狼王。
その哀れな姿を、背後から鼻で笑う者がいた。
「……へっ。素寒貧で帰ってきよったか、ニート狼」
洗い場から顔を出したのは、ピンクのエプロンにゴム手袋を完全装備したインテリヤクザ邪神・デュアダロスだった。
「うるせぇ……! お前だって無銭飲食のツケで皿洗わされてるオッサンだろうが……!」
「ワシは極道として、真っ当に労働でシノギを削っとるんじゃ! ギャンブルで身を持ち崩すようなチンピラと一緒にすな!」
モヤシを完食したフェンリルが、デュアダロスを睨みつける。
バチバチと、再び神気と邪気がポポロ屋の裏口で火花を散らした。
「……おい」
リアンが、静かに、しかし絶対的な殺意を込めて『銃口剣』の柄に手をかけた。
「食ったなら、さっさと洗え。今日は客が多かったんだ。油汚れ一つ残したら、次はお前らをモヤシの代わりに炒めるぞ」
「「……ヒッ!」」
神と邪神の肩が同時に跳ね上がった。
数分後。
ポポロ屋の洗い場には、仲良く並んでスポンジを泡立てる二人の姿があった。
「……おい、オッサン。そっちのジョッキ、まだ泡が残ってんぞ」
「……うるせぇ。ワシは『すすり』の工程に入っとるんじゃ。テメェこそ、皿の裏の油をちゃんと落とさんかい」
世界を滅ぼす邪神と、絶対零度の狼王。
最強クラスの二柱が織りなす「伝説の皿洗い」は、今日もポポロ村の平和な夜を象徴しているのであった。




