第三章 人助けと豚神屋に堕ちる戦乙女
神の眷属、所持金三千円。羽根モノで一発逆転を狙う
ポポロ屋の片隅で、非常に黒々とした裏取引が行われていた。
「はい、毎度あり〜。ルチアナ特製・密輸ルート直輸入の『マルボロ・アイスブラスト』ワンカートンね。お代は金貨10枚、きっちり頂くわよ」
「クソッ……! 足元見やがって、この悪徳女神が……!」
ダメージデニムにタンクトップというヤンキー丸出しの青年――狼王フェンリルは、ギリギリと歯を食いしばりながら、なけなしの金貨をルチアナの手にねじ込んだ。
ルチアナはホクホク顔で金貨を懐にしまい、代わりに緑と黒のパッケージのタバコをポンと渡す。
フェンリルは震える手でそれを開け、一本取り出して火を点けた。
「ふぅ〜……。やっぱこれじゃねぇと、俺様の冷気は整わねぇんだよな……」
メンソールの強烈な清涼感に、世界を凍らせる神の眷属が至福の吐息を漏らす。
だが、その至福は一瞬で崩れ去った。
「……ん?」
フェンリルは、自分の財布(ルナミス帝国でナンパした女に買ってもらった革財布)の中身を覗き込み、顔面を蒼白にさせた。
無い。
札束も、金貨も、銀貨も。
見事なまでにスッカラカンである。
「お、おい嘘だろ……。俺の全財産、このワンカートンで消えたのか……?」
フェンリルは冷や汗を流しながら、ポポロ屋のカウンターで優雅にワインを飲んでいる絶世の美女――不死鳥フレアの方へとすがるように擦り寄った。
「なぁ、フレア……! 頼む、金くれぇ!」
「はぁ?」
フレアが、汚物を見るような冷ややかな目を向けた。
「ルチアナからマルボロ・アイスブラストをぼったくり価格で買ったら、今日のパチンコ代が無くなったんだわ! ちょっとでいい! 一万、いや五千でいいから貸してくれ!」
「嫌よ」
フレアは間髪入れずに即答し、ワイングラスを傾けた。
「ただでさえ仕事のストレスで肌が荒れてるのよ? 私のお金は、エステやお化粧品に使うんだから。……そもそも、毎日毎日パチンコとナンパばっかりして。働きなさいよ、このヒモニート!」
「ぐふぅっ!」
『ヒモニート』という、神の眷属にあるまじき(しかし事実の)ストレートな罵倒が、フェンリルの胸に深く突き刺さった。
同僚からの借金という最終手段を絶たれたフェンリル。
彼は震える手で、財布の奥底の小銭入れを逆さに振った。
チャリン、チャリン……。
テーブルの上に転がり出たのは、帝国の通貨にして、日本円に換算すると『約三千円』分の硬貨だけであった。
「……三千円」
フェンリルの目から、血の涙がこぼれ落ちそうになった。
神界を震え上がらせるバトルジャンキー。舎弟たちから恐れられる狼王。
その彼が、今や三千円を握りしめて途方に暮れているのだ。
「……ちくしょう。三千円じゃ、MAX機(一撃必殺の高レート台)は打てねぇ……」
フェンリルはテーブルの上の硬貨を、愛おしそうに拾い集めた。
「仕方ねぇ……。今日は『羽根モノ』で、地道に軍資金を稼ぐか」
羽根モノ。
それは、チャッカーに玉を入れると役物の羽根が開き、玉をVゾーンに放り込むという、アナログで地道なパチンコ台である。
一撃の爆発力はないが、少ない資金でも遊べる、まさに金欠パチンカーの最後の希望。
「見てろよ……。この三千円を、ルナミス帝国のパチンコ屋で十万……いや百万に増やして、ルチアナの奴からマルボロを一生分買い占めてやる!!」
フェンリルは謎の決意(ベクトルが完全に間違っている)を胸に秘め、ポポロ屋の扉を勢いよく開け放った。
「リアン! 夕飯までには勝って帰ってくるぜ! 今日は俺の奢りで極上焼肉だ!」
「……おー。どうせスッテンテンになって、まかないのモヤシ炒め食うハメになるだろうがな」
厨房からリアンの呆れた声を聞き流し、フェンリルはルナミス帝国へ向かって走り出した。
三千円を握りしめた神の眷属の、長くて哀しい一日が始まろうとしていた。
――しかし、この時のフェンリルはまだ知らない。
帝国への道中、彼が「パチンコ代」という極めて俗物的な理由で、とんでもない暴力事件(人助け)を引き起こすことになろうとは。




