EP 13
「国境を越える500円弁当」
ポポロ屋の閉店後。
カウンターには、リアン、キャルル、そして電卓代わりの算盤を弾くニャングルの姿があった。
パチパチパチパチ……ッターン!
「あかん。あかんわ、リアンはん」
ニャングルが算盤を置き、大げさに天を仰いだ。
「何がだ? 今日の売り上げは悪くなかったはずだが」
「ちゃうねん。売り上げの話やない。『機会損失』の話をしとるんや」
ニャングルは身を乗り出し、鋭い猫目でリアンを見据えた。
「リアンはん、商売をしまへんか?」
「商売?」
リアンは眉をひそめ、コーヒーを啜った。
「ポポロ屋の料理は美味い。せやけど、食べられる客は『椅子の数』だけや。満席になったら客を帰さなアカン。これは勿体ない……いや、罪やで!」
「……なるほど。言いたいことは分かる。だが、店を広げるには人手が足りないぞ」
「せやから! 店を広げんでもええ方法があるんや!」
ニャングルはニタリと笑い、一枚の羊皮紙(企画書)を広げた。
「リアンはんが、村の奥様連中に『料理教室』を開いて、一定以上の腕前にさせるんや。そして……『弁当』を大量生産させまんねん!」
「ほぉ……つまり、『宅食サービス(ケータリング)』を作る気か」
リアンは感心した。
前世の日本で当たり前だったシステムを、この商人は感覚だけで導き出したのだ。
「その通りや! メニューは冷めても美味い『唐揚げ』や『生姜焼き』がメイン! 栄養満点! ボリューム満点! それを……1食500円で売る! どうでっか!?」
「500円……」
キャルルが反応した。
「安いわね。ルナミス帝国の最低賃金でも買える値段だわ」
「せやろ? 薄利多売や! この村の食材なら原価は抑えられる!」
キャルルは村長としての顔つきになり、指を組んだ。
「それに、その案なら……村の女性たちの『雇用』も生まれるわね! 農家の奥さんや、力の弱い亜人の女性でも、料理なら戦力になれる」
「その通りや、キャルル! 流石村長、話が早いで!」
ニャングルが尻尾を立てて喜ぶ。
だが、リアンは冷静に指摘した。
「客はどうするんだ? 村の人口は500人。毎日全員が弁当を買うわけじゃないぞ」
ニャングルは待ってましたとばかりに、地図をバンと叩いた。
「ポポロ村だけでは売りまへん! 狙いはココや!」
彼が指差したのは、村を取り囲む三つの地点。
『ワイズ皇国・魔導関所』
『ルナミス帝国・駐屯基地』
『レオンハート獣人王国・国境警備隊』
「三国の関所に売り捌くんですわ!」
ニャングルは熱弁を振るう。
「国境警備の兵隊さんは、毎日カチカチの乾パンと干し肉しか食うてへん。そこに、湯気の立つほかほかの『唐揚げ弁当』を持っていってみ? ……あいつら、泣いて喜びまっせ」
「……なるほどな」
リアンは口元を歪めた。
それは料理人としての笑みであり、元・影の支配者としての笑みでもあった。
「良いだろう。相手の胃袋を掴む事は……」
「『政治』になる」
キャルルがリアンの言葉を引き取った。
「もし、三国全ての兵士が『ポポロ村の弁当』なしでは生きられない体になれば……上層部が『ポポロ村を攻撃しろ』と命令しても、現場の兵士が反乱を起こすわね」
「『俺たちの飯屋を燃やす気か!』ってな」
「分かってんなぁ、二人とも! 流石は元公爵と村長や!」
ニャングルは満足げに算盤を振った。
「これは単なる弁当売りやない。『食による平和維持活動(そしてボロ儲け)』や!」
「決まりだ」
リアンは立ち上がり、厨房の冷蔵庫を開けた。
「なら、まずは『レシピ開発』だ。誰が作っても味がブレない、最強のタレを作る。……キャルル、村中の料理自慢を集めてくれ。オークのおばちゃんでも、ゴブリンの娘でも構わない」
「了解! 自警団の招集より早く集まると思うわ!」
「ニャングル、お前は資材調達だ。弁当箱の容器……木材加工はドワーフに発注しろ」
「へいへい! 安く買い叩いてきまっさ!」
こうして、ポポロ村の地下で(厨房で)、恐るべき計画が始動した。
後に『大陸三大国・胃袋制圧作戦』と呼ばれることになる、ポポロ弁当の伝説の始まりである。




