EP 12
「銭の音色は猫の足音と共に」
ポポロ村の昼下がり。
ニンジンの収穫祭(大暴走)が終わり、村が甘いキャロットケーキの香りに包まれている頃。
村の入り口に、大きなリュックを背負った猫耳族の青年が現れた。
茶トラの耳と尻尾。商人が着る前掛け。そして、首からは使い込まれた『算盤』を下げている。
「ふぅ……あかん、あかんわ。こんな田舎まで歩かされるとは。靴底が減る音がチャリンチャリン聞こえてきよるで」
男の名はニャングル(23歳)。
大陸最大の企業『ゴルド商会』に所属しているが、そのランクは『ツリー(木)』。
つまり、平社員以下の「下っ端の行商人」だ。
彼は鼻をヒクヒクさせた。
「くんくん……むっ? こ、この匂いは……!?」
彼の猫目は、食べ物の匂いではなく、別の匂いを捉えていた。
「この甘い香りの奥に……『バカ売れする商品の匂い』がプンプンしよる! これは金脈の匂いやでぇ!」
ニャングルはニタリと笑い、愛用の算盤をジャラリと鳴らした。
「待っときや、キャルル。お前の幼馴染が、ひと儲けしに来たったで!」
◇ ◇ ◇
『ポポロ屋』のテラス席。
そこでは、キャルル、イグニス、ルナが、リアン特製の『キャロットケーキ』を優雅に食べていた。
「ん~♡ このケーキ、ニンジンの臭みがゼロで、クルミの食感が最高!」
「俺様、野菜嫌いだったけど、これはイケるな!」
平和なティータイム。そこに影が落ちた。
「まいど! 景気よう肥えてまんなぁ、キャルル!」
「えっ?」
キャルルがフォークを止めて振り返る。
「……ニャングル!? なんでここに!?」
「なんでって、お前が村長になったって聞いたからや! 幼馴染のよしみで、祝いに来たったんやで」
ニャングルはリュックを下ろすと、馴れ馴れしくキャルルの隣に座り込んだ。
そして、テーブルの上のケーキをじろりと見る。
「ほぉ……えらいハイカラな菓子食うとるな。これ、どこで仕入れたんや?」
「仕入れたんじゃないわよ。そこのリアン君が作ったの」
キャルルが厨房のリアンを指差す。
ニャングルは、白いコックコートを着たリアンを値踏みするように見た。
「へぇ、兄ちゃんが店主かいな。……ワイはニャングル。ゴルド商会の商人や」
「商会の人か。俺はリアンだ」
リアンは警戒することなく、余っていたケーキを皿に乗せて出した。
「試食してみるか? 金は取らない」
「タダ!? ほな遠慮なく!」
ニャングルは「タダ」という言葉に即座に反応し、ケーキにかぶりついた。
パクッ。
「……!!」
カッ!!
ニャングルの目が、金貨のように輝いた。
「(なんやこれ!? めちゃくちゃ美味い……だけやない! この生地のしっとり感、甘さのバランス……帝都の貴族街で出せば、一切れ800円……いや、ブランディング次第で1200円はいけるでぇ!)」
彼の頭の中で、算盤が高速で弾かれた。
パチパチパチパチパチ!!
「兄ちゃん! これ、原価なんぼや!?」
「ん? ニンジンはイグニスが焼いた(拾った)やつだし、小麦粉と卵代くらいだから……ワンホールで300円もしないな」
「さ、さ、さ……300円やとぉ!?」
ニャングルが椅子から転げ落ちそうになった。
原価率が壊れている。利益率が異常だ。
「ボロ儲けやないかい! 喧嘩なんてアホがすることや! これからはケーキを売る時代や!」
興奮するニャングル。しかし、彼の目はさらに恐ろしいものを捉えた。
店の隣にそびえ立つ、翠色に輝くログハウス(ルナ作成)。
そして、イグニスがデザートに食べている『黄金の完熟桃』。
「ちょ、ちょ待てや……。あの家、建材が全部『世界樹』やないか!? それにあの桃……市場価格10万円の『ゴールド・ピーチ』ちゃうんか!?」
ニャングルは震える指で算盤を弾こうとしたが、桁が足りなくて弾けない。
「な、な、な……なんちゅう村や! 宝の山どころか、国家予算レベルの資産がゴロゴロ転がっとる!」
「あ、うるさいですよぉ。静かにしてくださぁい☆」
ルナが不思議そうに首を傾げた。
「ひぃっ!? エ、エルフ!? しかもその杖……本物か!?」
ニャングルはルナを見た瞬間、商人の本能で「関わったらアカン(命が危ない)」と悟り、キャルルの背後に隠れた。
「キャ、キャルル! お前、こんな化け物……いや、大物たちと暮らしてたんか!?」
「まあね。色々あって」
キャルルは苦笑いしながら、ケーキを頬張った。
「それで、ニャングル。あんた、商売しに来たんでしょ?」
「せや! せやけど……」
ニャングルは冷や汗を拭き、リアンに向き直った。
彼の商魂が、恐怖を上回ったのだ。
「リアンはん! ワイと契約せぇへんか!」
「契約?」
「せや! アンタの料理、この村の素材……ワイが流通させたる! ゴルド商会のルートを使えば、ポポロ村は一大観光地……いや、『食のテーマパーク』になれるで!」
ニャングルは算盤を高く掲げた。
「喧嘩はでけへんし、魔法も使えん。せやけど、金の計算と交渉なら任しとき! ワイがこの村の経済、回したるわ!」
リアンは少し考え、ニヤリと笑った。
(……悪くない。食材の調達や、煩わしい金銭管理を任せられるなら、俺は料理とスローライフに専念できる)
「いいだろう。採用だ、ニャングル。ただし」
リアンは銃口剣のグリップを親指で弾いた。
「売り上げをごまかしたら、その自慢の算盤……みじん切りにするからな」
「ヒィッ!? わ、わ、分かってまんがな! 信用第一がモットーや!」
こうして、ポポロ屋に「経理担当」が加わった。
計算高いが臆病な猫商人は、この規格外の村で、果たして胃に穴を開けずに大成できるのか。
「ほな、まずはこの『黄金桃』を一個くすねて……い、いや、市場調査に出してくるで!」
「おい、今くすねてって言わなかったか?」




