EP 10
「世界樹のログハウスと、黄金桃のコンポート」
「んふふ~♡ 私、ここに住んじゃいます!」
ルナ・シンフォニアは、ポポロ屋の隣にある更地(元々はリアンが家庭菜園にしようとしていた場所)を指差して、高らかに宣言した。
「そ、そんな事を言われても~。村の空き家なんて、もう無いし……」
キャルルは冷や汗を流しながら、明後日の方向を見て口笛を吹き始めた。
(ヒュ~♪)
村長としての勘が告げている。このエルフを定住させたら、村の平穏(と胃袋の許容量)が崩壊すると。
「あ、家がないなら作ればいいんですね? 家なら作るんで☆」
ルナは全く意に介さず、懐からクルミのような種を取り出した。
それは、淡い緑色の光を脈動させている**『世界樹の種(S級国宝)』**だった。
「えいのえいのえいっ☆」
彼女が無造作に種を地面に放り投げ、杖を一振りすると――。
ズズズズズズッ……!!
大地が揺れた。
種から翠色の若芽が飛び出したかと思うと、それはビデオの早送り再生のように爆発的に成長を始めた。
幹が太くなり、枝が絡み合い、葉が屋根を形成する。
自然の木々が自らの意思で組み上がり、窓枠を作り、ドアを形成し、煙突まで生えてくる。
わずか10秒。
そこには、木の温もりに満ちた、とてつもなく立派な『天然ログハウス(家具付き・光合成機能あり)』が完成していた。
「……嘘ぉ」
キャルルが口笛を吹く唇の形のまま固まった。
「お前……何でもありかよ」
リアンは呆れて天井を仰いだ。大工も建築士も失業するレベルのチートだ。
「な、なんだあの家は!? 俺様のテントハウス(と呼んでいるボロ布)より豪華じゃねぇか!」
イグニスが涙目でログハウスの壁を撫で回している。彼の寝床は、店の裏の木陰に張った布切れ一枚だ。格差社会がここにある。
「はい、これ引っ越しのご挨拶ですっ!」
ルナは悪びれもせず、再び杖を振るった。
ポポンッ!
空中に魔法陣が展開し、そこから黄金色に輝く果実がゴロゴロと溢れ出した。
『黄金の完熟桃』
市場に出回れば1個10万円は下らない、幻の果実だ。
「イグニスさんも、キャルルちゃんもどうぞ!」
「も、桃だぁ! 俺様、これ大好物なんだ!」
「わぁっ! いい匂い……!」
二人は即座に桃に飛びついた。
ガブリ。
「あ、甘ぁい!!」
「うめぇ! 果汁が滝のように溢れてきやがる!」
イグニスとキャルルは、口の周りを果汁でベタベタにしながら、幸せそうに頬張っている。
さっきまでの警戒心はどこへやら。
「チョロい……チョロすぎるだろ、コイツら」
リアンは深いため息をついた。
餌付け完了。これでルナの村への定住は確定してしまった。
「あれぇ? リアンさんは要らないんですか?」
ルナが不思議そうに首を傾げ、一番大きくて形の良い桃を差し出した。
甘美な香りがリアンの鼻腔をくすぐる。
「……ふん」
リアンは桃を受け取り、その肌触りと重さを確かめた。
ずっしりとした重量感。完熟だが、身は崩れていない。最高級の素材だ。
「俺は料理人だ。こんな極上な素材を見せられて、そのままかじりつくなんて野暮な真似ができるか」
リアンの目が、職人のそれ(キラーン)に変わった。
「貸せ。飛び切りの美味いデザートを作ってやる」
◇ ◇ ◇
リアンは厨房に入り、『黄金桃のコンポート・バニラアイス添え』の調理を開始した。
湯剥き: 沸騰したお湯に桃を数秒くぐらせ、氷水へ。つるりと皮が剥ける。
シロップ: 鍋に水、白ワイン、グラニュー糖、そして『ネット通販』で取り寄せた『バニラビーンズ』とレモン汁を入れる。
煮込み: 落とし蓋をして、弱火でコトコト煮る。桃の鮮やかな黄色が、シロップに移っていく。
冷却: 粗熱を取り、冷蔵庫でキンキンに冷やすことで、味が芯まで染み込む。
数十分後(冷却は魔法で短縮)。
「お待ちどうさま」
透明なガラスの器に盛られたのは、宝石のように輝く桃のコンポート。
その横には、自家製の濃厚バニラアイスが添えられ、煮汁を煮詰めた黄金のソースがかかっている。
「わぁぁ……! キラキラしてますぅ!」
ルナが目を輝かせ、スプーンを入れた。
スッ……。抵抗なくスプーンが入る柔らかさ。
桃とアイスを一緒に掬い、口へと運ぶ。
「ん~~~~っ!!」
ルナが天を仰いだ。
「あ、甘いだけじゃない……! バニラの香りと、レモンの酸味が、桃の甘さを何倍にも引き立ててますぅ! 魔法より魔法みたいですぅ!」
「素材が良いからな。俺は少し化粧をしてやっただけだ」
リアンはコーヒーを啜りながら、満足げに微笑んだ。
その横では、イグニスとキャルルが「俺のも作れ!」「私もおかわり!」と皿を叩いている。
「はぁ……騒がしくなりそうだ」
世界樹のログハウスが生えたポポロ村。
最強の料理人の元に、最強の(そして最凶の)常連客たちが集い、奇妙な共同生活が本格的に始まったのだった。




