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「可愛げがない」と言われ続けた令嬢ですが、戦場帰りの王子に一生叱ってほしいと求婚されました

作者: 桜木ひより
掲載日:2026/01/16


王都に凱旋の鐘が鳴り響く中、私は窓辺に立っていた。


アルベルト・レオンハルト第二王子が、北方戦線から帰還するという。

通称「鬼神」「血濡れの獅子」と呼ばれる、王国最強の将軍。


そして……私が最も頭を悩ませている相手。


「レティシア様、お支度を」

侍女の声に、私は静かに頷いた。


私はレティシア・フォン・ヴァルト。

社交界では「冷酷令嬢」と呼ばれる私だが、別に冷酷でも何でもない。

ただ、無駄な感情表現が苦手なだけだ。


城の広場には、すでに多くの貴族や民衆が集まっていた。


その中に、あの少女の姿も見える。

マリア。平民出身で、心優しく素直な少女。

彼女が王子に淡い好意を寄せているのは周知の事実だった。


「レティシア様……」


マリアは私を見ると、少しだけ身を竦めた。

ああ、また怖がられている。慣れたものだけれど。


「マリア。体調は大丈夫? 人混みで気分が悪くなったら、すぐに下がりなさい」


「え、あ、はい……ありがとうございます」


マリアは驚いたように目を丸くした。

怖い人だと思っていたのに、気遣われて戸惑っているのだろう。


そんな時、人混みの方から歓声が上がった。


城門が開き、騎馬隊が入ってくる。


その先頭を行くのは、黒い軍馬に跨った大柄な男。


彼の名はアルベルト・レオンハルト。

金色の髪は血と土で汚れ、鎧には無数の傷跡。


それでも、その存在感は圧倒的だった。

王子は広場の中央で馬を降りると、国王陛下の前に進み出た。


「父上。北方戦線、制圧いたしました」


「ご苦労だった、アルベルト」


国王の言葉に、広場が歓声に包まれる。


だが、私の目には、王子の左腕が不自然に垂れているのが見えた。


(……また、無茶を)


王子は報告を終えると、何故か私の方へ真っ直ぐに歩いてきた。

周囲がざわめく。


「レティシア・フォン・ヴァルト」

王子は私の前で立ち止まった。


無愛想な顔は相変わらずだが、その目だけが異様に真剣だった。


「また無謀な戦をなさったのですね」

私は淡々と言った。


「左腕、骨折しているでしょう。それなのに、無理に動かして。治りが遅くなりますよ」


「……お前は、俺の無事を喜ばないのか」


「喜びますよ。でも、無茶をしたことへの叱責は別です」


周囲の空気が凍りついた。

英雄凱旋の場で、冷たい言葉を投げかける令嬢。


まさに「冷酷令嬢」の面目躍如といったところだろう。


マリアも、困惑した表情で私を見ていた。


だが、王子は……何故か、ほんの少しだけ、口元を緩めた。


「相変わらず、可愛げのない女だな」


「それはどうも」


「誰が、お前のような女を愛するものか」


「ええ、そうでしょうね」

私は無表情で答えた。


この男とは、いつもこんな調子だ。


王子はそのまま城内へと向かい、私も自室に戻った。


あの男の傷の手当てをしなければ。


夜、私は医務室で待っていた。

王子が治療を受けに来るのは、いつものことだ。


扉が開き、王子が入ってきた。

左腕を庇うように、身体が微妙に傾いている。


「…座ってください。診ますから」


「……ああ」

王子は素直に椅子に座った。


私は手慣れた様子で、鎧を外し、シャツの袖を捲り上げる。

案の定、左腕は酷い打撲と骨折の跡があった。


すでに軍医が応急処置をしているが、不十分だ。


「痛みますよ」


「構わん」

私は丁寧に包帯を巻き直し、添え木を当て直した。


その間、王子はじっと私を見ていた。

「……何か?」


「いや」


なぜか王子は視線を逸らした。

だが、その耳が少しだけ赤いように見えた。


「アルベルト殿下」


「なんだ」


「あなたは、いつも無茶をしすぎます」

私は冷静に言った。


「兵を率いる立場なのに、自ら最前線に立つ。確かに士気は上がるでしょう。

でも、あなたが倒れたら、軍全体が崩壊します」


「……分かっている」


「分かっていないから、毎回こうなるんでしょう」


王子はそのまま黙り込んでいる。


私は溜息をついて、包帯を結んだ。


「命を軽んじる行為は、嫌いです」


「……すまん」


「謝罪は結構です。次から気をつけてください」

そう言って立ち上がろうとした時、王子が私の手首を掴んだ。


「…レティシア」


「何ですか」


「お前は……その、俺が死んでも、悲しまないのか」


この人は何を聞いているのだろうか?そりゃ、人が死んで悲しまないはずがない。

その問いに、私は眉を寄せて答えた。

「何を言っているんですか。悲しみますよ」


「……そうか」

王子は私の手を離した。


その表情が、ほんの少しだけ穏やかになったのを、私は見逃さなかった。


(この人、何を考えているのかしら…本当にわからないわ)




それから一週間後、正式な凱旋式が行われた。


大広間には、王族、貴族、そして功績のあった騎士たちが集まっていた。

マリアも、民衆代表として招かれているようだった。


国王陛下の祝辞が終わり、王子への褒章が授与される。


その時、王子は突然、私の方を向いた。

「レティシア・フォン・ヴァルト」


また私の名を呼ぶ。静かに周囲の視線が私に集中している。


王子は、ゆっくりとこちらに歩いて近づき、そして私の前で……片膝をついた。


「……殿下?」


「レティシア」

王子は懐から、小さな箱を取り出した。

中には、シンプルだが美しい指輪が入っている。


「死ぬ間際に思い出したのは、お前のあの可愛げのない怒り顔だけだった」

広間がざわめく。喜びや困惑の子和えが聞こえる。


私も、流石に動揺した。


「敵の剣が迫る瞬間、俺の脳裏に浮かんだのは、お前が俺を叱りつける姿だった。

『また無茶をして』『命を軽んじるな』と、眉を寄せて怒るお前の顔が」


王子の声は、いつになく真剣だった。

「その時、気づいたんだ。俺は、お前に叱られるのが……嬉しかったんだと」


「は……?」


「お前だけが、俺の命を心配してくれた。お前だけが、俺に本音で怒ってくれた。それが、どれだけ有り難かったか」


王子は指輪を差し出した。

血に汚れた手で、それでも真剣に。


「責任をとって、一生俺の隣で怒っていてくれ」


そういえば……王子は、叱られる度に、安心したような顔をしていた。


戦場から戻る度に、わざわざ私の前に現れた。

そして、私が無表情で叱責すると、満足そうに頷いていた。


(まさか……この男、ただ私に叱られたいだけだったの?)


「お前のような可愛げのない女は嫌いだと、昔言いましたね」


「ああ」


「あれは、嘘だったんですか」


「……逆だ」

王子は顔を上げ、和らいだ表情で私を見た。


「お前の可愛げのなさが、俺には眩しすぎた。

社交辞令も、愛想笑いもなく、ただ真っ直ぐに俺を見て、叱ってくれる。そんなお前が……怖かった」


「怖い?」


「……いや、好きになってしまうのが、怖かったんだ」


その告白に、私は息を呑んだ。


周囲も完全に静まり返っている。

マリアは、驚いた顔で私たちを見ていた。


「だから、わざと突き放すような言葉を言った。

でも、お前は変わらなかった。俺が何を言っても、変わらず叱り続けてくれた……」


王子は立ち上がり、私の手を取った。

「レティシア。俺と結婚してくれ。そして、これからも俺を叱ってくれないだろうか」


私は、しばらく黙っていた。

そして、ゆっくりと口を開いた。


「一つ、条件があります」


「言ってくれ」


「あなたが無茶をするたび、私は怒ります。

これまでより、遠慮なく、容赦なく。それでもよろしいの?」


王子の顔に、初めて見る笑みが浮かんだ。

「それが、俺への褒美だ」


私は溜息をついた。

だが、その頬は少しだけ熱く感じれた。


「……分かりました。では、お受けします」


広間が祝福の歓声に包まれた。


王子は私の指に、そっと指輪を嵌めた。

傷だらけの手だが、その温もりは確かだった。





式の後、マリアが私に声をかけてきた。

「レティシア様」


「マリア」


「私……王子殿下は、優しい方だと思っていました」

マリアは少し寂しそうに笑った。


「ええ。でも、優しさと無謀は違います」

私は静かに答えた。


「彼は優しいからこそ、自分を犠牲にしてしまう。

だから、誰かが止めなければならない」


「それが、レティシア様なんですね」


「……そうなるようです」


マリアは頷いた。


「王子殿下、レティシア様だけを見ていらっしゃいました。私、気づかなかったんです」


「……あなたは何も悪くないわ」


「はい……でも、少し羨ましいです。あんなに真っ直ぐに想われて……」

マリアは少し寂しそうに微笑んだ。


「…お幸せに、レティシア様」


「ありがとう」






その夜、私はテラスで夜風に当たっていた。


「また一人か」

背後から、王子の声がした。


「殿下こそ。傷は大丈夫なんですか」


「お前が治してくれたからな」


王子は私の隣に立った。

「なあ、レティシア」


「何ですか」


「俺は、本当にお前が好きだ」


「……急に何を」


「ずっと言いたかったんだ。でも、言えなかった」


王子は夜空を見上げながら話す。その横顔はいつもより柔らかい表情に見えた。


「お前は賢く、美しく、そして何より、誰よりも真っ直ぐだ。俺のような荒くれ者には、勿体ない人だ。」


「そんなこと……」


「だから、お前に認められたくて、必死に戦った。

でも、戦えば戦うほど、お前は私を褒めるどころか……叱ってくれた」

王子は苦笑した。


「それが、嬉しかったんだ。お前が俺を見ていてくれる証拠だから」


私は、なんだか胸の奥が熱くなるのを感じた。


「……アルベルト殿下」


「アルベルトでいい」


「……アルベルト」

名前を呼ぶと、王子の耳が赤くなった。


「私は、可愛げのない女ですよ」


「知っている」


「毒舌ですし……他の女性のように愛想もありません」


「それでいい」


王子は私の方を向いた。

「お前は、お前のままでいてくれ。俺は、そのお前が好きなんだ」


私は、もうこの気持ちを抑えきれなかった。

頬が熱くなり、心臓が高鳴る。


「……私も、です」

小さく呟いた。


「あなたのこと、好きです」


王子の目が、驚きで見開かれた。

そして、ゆっくりと笑みを浮かべた。


「レティシア、もう一度、言ってくれ」


「嫌です。こんなこと、恥ずかしい」


「可愛げがあるじゃないか」


「…………それはどうも」


私たちは顔を見合わせて、笑った。

不器用な二人らしい、ぎこちない笑顔。


でも、それでよかった。





数ヶ月後、正式な婚約式が行われた。


私たちの関係は、城中の話題となった。

「変わった夫婦になりそうだ」と、皆が口々に言う。



確かに、そうだろう。

私は相変わらず王子を叱り続け、王子はそれを喜んで受け入れる。

周りから見れば変な夫婦に見えるだろう。



ある日、王子がまた無茶な訓練をしていると聞いて、私は訓練場に向かった。


「アルベルト!」


「おお、レティシア」

王子は嬉しそうに手を振った。


その額には、新しい傷がある。


「また怪我を……いい加減にしてください!!」


「すまん。つい…」


「『つい』じゃありません! あなたという人は……」


私が説教を始めると、王子は穏やかに笑った。


「ああ、やっぱりお前の怒り顔が一番だ」


「……人が心配して真剣に怒っているのに」


「だからいいんだ」


王子は私の手を取った。


「お前だけが、俺を本気で叱ってくれる。お前だけが、俺の命を心配してくれる」


「当たり前でしょう。あなたは……私の婚約者なんですから」

顔が熱くなるのを感じながら、私は視線を逸らした。


王子は、優しく私を抱きしめた。


「ありがとう、レティシア」


「……どういたしまして」


周囲の騎士たちが、微笑ましそうに見ている。

恥ずかしいが、まあいい。

これが、私たちの関係なのだから。



その夜、私は日記にこう書いた。


『可愛げがないと言われ続けた私が、それでもいいと言ってくれる人と生きる。

彼は私の毒舌を愛情として受け取り、私は彼の無謀を心配し続ける。


奇妙な関係かもしれないが、それで十分だ。


いや、これ以上の幸せは、想像もできない。


明日もまた、彼を叱ることになるだろう。

そして彼は、嬉しそうに頷くのだろう。


私たちには、それが一番似合っているのだから』


窓の外では、月が優しく輝いていた。


明日も、きっと同じ日常が続く。

叱って、叱られて、それでも愛し合う日々が。



【完】

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