「可愛げがない」と言われ続けた令嬢ですが、戦場帰りの王子に一生叱ってほしいと求婚されました
王都に凱旋の鐘が鳴り響く中、私は窓辺に立っていた。
アルベルト・レオンハルト第二王子が、北方戦線から帰還するという。
通称「鬼神」「血濡れの獅子」と呼ばれる、王国最強の将軍。
そして……私が最も頭を悩ませている相手。
「レティシア様、お支度を」
侍女の声に、私は静かに頷いた。
私はレティシア・フォン・ヴァルト。
社交界では「冷酷令嬢」と呼ばれる私だが、別に冷酷でも何でもない。
ただ、無駄な感情表現が苦手なだけだ。
城の広場には、すでに多くの貴族や民衆が集まっていた。
その中に、あの少女の姿も見える。
マリア。平民出身で、心優しく素直な少女。
彼女が王子に淡い好意を寄せているのは周知の事実だった。
「レティシア様……」
マリアは私を見ると、少しだけ身を竦めた。
ああ、また怖がられている。慣れたものだけれど。
「マリア。体調は大丈夫? 人混みで気分が悪くなったら、すぐに下がりなさい」
「え、あ、はい……ありがとうございます」
マリアは驚いたように目を丸くした。
怖い人だと思っていたのに、気遣われて戸惑っているのだろう。
そんな時、人混みの方から歓声が上がった。
城門が開き、騎馬隊が入ってくる。
その先頭を行くのは、黒い軍馬に跨った大柄な男。
彼の名はアルベルト・レオンハルト。
金色の髪は血と土で汚れ、鎧には無数の傷跡。
それでも、その存在感は圧倒的だった。
王子は広場の中央で馬を降りると、国王陛下の前に進み出た。
「父上。北方戦線、制圧いたしました」
「ご苦労だった、アルベルト」
国王の言葉に、広場が歓声に包まれる。
だが、私の目には、王子の左腕が不自然に垂れているのが見えた。
(……また、無茶を)
王子は報告を終えると、何故か私の方へ真っ直ぐに歩いてきた。
周囲がざわめく。
「レティシア・フォン・ヴァルト」
王子は私の前で立ち止まった。
無愛想な顔は相変わらずだが、その目だけが異様に真剣だった。
「また無謀な戦をなさったのですね」
私は淡々と言った。
「左腕、骨折しているでしょう。それなのに、無理に動かして。治りが遅くなりますよ」
「……お前は、俺の無事を喜ばないのか」
「喜びますよ。でも、無茶をしたことへの叱責は別です」
周囲の空気が凍りついた。
英雄凱旋の場で、冷たい言葉を投げかける令嬢。
まさに「冷酷令嬢」の面目躍如といったところだろう。
マリアも、困惑した表情で私を見ていた。
だが、王子は……何故か、ほんの少しだけ、口元を緩めた。
「相変わらず、可愛げのない女だな」
「それはどうも」
「誰が、お前のような女を愛するものか」
「ええ、そうでしょうね」
私は無表情で答えた。
この男とは、いつもこんな調子だ。
王子はそのまま城内へと向かい、私も自室に戻った。
あの男の傷の手当てをしなければ。
夜、私は医務室で待っていた。
王子が治療を受けに来るのは、いつものことだ。
扉が開き、王子が入ってきた。
左腕を庇うように、身体が微妙に傾いている。
「…座ってください。診ますから」
「……ああ」
王子は素直に椅子に座った。
私は手慣れた様子で、鎧を外し、シャツの袖を捲り上げる。
案の定、左腕は酷い打撲と骨折の跡があった。
すでに軍医が応急処置をしているが、不十分だ。
「痛みますよ」
「構わん」
私は丁寧に包帯を巻き直し、添え木を当て直した。
その間、王子はじっと私を見ていた。
「……何か?」
「いや」
なぜか王子は視線を逸らした。
だが、その耳が少しだけ赤いように見えた。
「アルベルト殿下」
「なんだ」
「あなたは、いつも無茶をしすぎます」
私は冷静に言った。
「兵を率いる立場なのに、自ら最前線に立つ。確かに士気は上がるでしょう。
でも、あなたが倒れたら、軍全体が崩壊します」
「……分かっている」
「分かっていないから、毎回こうなるんでしょう」
王子はそのまま黙り込んでいる。
私は溜息をついて、包帯を結んだ。
「命を軽んじる行為は、嫌いです」
「……すまん」
「謝罪は結構です。次から気をつけてください」
そう言って立ち上がろうとした時、王子が私の手首を掴んだ。
「…レティシア」
「何ですか」
「お前は……その、俺が死んでも、悲しまないのか」
この人は何を聞いているのだろうか?そりゃ、人が死んで悲しまないはずがない。
その問いに、私は眉を寄せて答えた。
「何を言っているんですか。悲しみますよ」
「……そうか」
王子は私の手を離した。
その表情が、ほんの少しだけ穏やかになったのを、私は見逃さなかった。
(この人、何を考えているのかしら…本当にわからないわ)
それから一週間後、正式な凱旋式が行われた。
大広間には、王族、貴族、そして功績のあった騎士たちが集まっていた。
マリアも、民衆代表として招かれているようだった。
国王陛下の祝辞が終わり、王子への褒章が授与される。
その時、王子は突然、私の方を向いた。
「レティシア・フォン・ヴァルト」
また私の名を呼ぶ。静かに周囲の視線が私に集中している。
王子は、ゆっくりとこちらに歩いて近づき、そして私の前で……片膝をついた。
「……殿下?」
「レティシア」
王子は懐から、小さな箱を取り出した。
中には、シンプルだが美しい指輪が入っている。
「死ぬ間際に思い出したのは、お前のあの可愛げのない怒り顔だけだった」
広間がざわめく。喜びや困惑の子和えが聞こえる。
私も、流石に動揺した。
「敵の剣が迫る瞬間、俺の脳裏に浮かんだのは、お前が俺を叱りつける姿だった。
『また無茶をして』『命を軽んじるな』と、眉を寄せて怒るお前の顔が」
王子の声は、いつになく真剣だった。
「その時、気づいたんだ。俺は、お前に叱られるのが……嬉しかったんだと」
「は……?」
「お前だけが、俺の命を心配してくれた。お前だけが、俺に本音で怒ってくれた。それが、どれだけ有り難かったか」
王子は指輪を差し出した。
血に汚れた手で、それでも真剣に。
「責任をとって、一生俺の隣で怒っていてくれ」
そういえば……王子は、叱られる度に、安心したような顔をしていた。
戦場から戻る度に、わざわざ私の前に現れた。
そして、私が無表情で叱責すると、満足そうに頷いていた。
(まさか……この男、ただ私に叱られたいだけだったの?)
「お前のような可愛げのない女は嫌いだと、昔言いましたね」
「ああ」
「あれは、嘘だったんですか」
「……逆だ」
王子は顔を上げ、和らいだ表情で私を見た。
「お前の可愛げのなさが、俺には眩しすぎた。
社交辞令も、愛想笑いもなく、ただ真っ直ぐに俺を見て、叱ってくれる。そんなお前が……怖かった」
「怖い?」
「……いや、好きになってしまうのが、怖かったんだ」
その告白に、私は息を呑んだ。
周囲も完全に静まり返っている。
マリアは、驚いた顔で私たちを見ていた。
「だから、わざと突き放すような言葉を言った。
でも、お前は変わらなかった。俺が何を言っても、変わらず叱り続けてくれた……」
王子は立ち上がり、私の手を取った。
「レティシア。俺と結婚してくれ。そして、これからも俺を叱ってくれないだろうか」
私は、しばらく黙っていた。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「一つ、条件があります」
「言ってくれ」
「あなたが無茶をするたび、私は怒ります。
これまでより、遠慮なく、容赦なく。それでもよろしいの?」
王子の顔に、初めて見る笑みが浮かんだ。
「それが、俺への褒美だ」
私は溜息をついた。
だが、その頬は少しだけ熱く感じれた。
「……分かりました。では、お受けします」
広間が祝福の歓声に包まれた。
王子は私の指に、そっと指輪を嵌めた。
傷だらけの手だが、その温もりは確かだった。
式の後、マリアが私に声をかけてきた。
「レティシア様」
「マリア」
「私……王子殿下は、優しい方だと思っていました」
マリアは少し寂しそうに笑った。
「ええ。でも、優しさと無謀は違います」
私は静かに答えた。
「彼は優しいからこそ、自分を犠牲にしてしまう。
だから、誰かが止めなければならない」
「それが、レティシア様なんですね」
「……そうなるようです」
マリアは頷いた。
「王子殿下、レティシア様だけを見ていらっしゃいました。私、気づかなかったんです」
「……あなたは何も悪くないわ」
「はい……でも、少し羨ましいです。あんなに真っ直ぐに想われて……」
マリアは少し寂しそうに微笑んだ。
「…お幸せに、レティシア様」
「ありがとう」
その夜、私はテラスで夜風に当たっていた。
「また一人か」
背後から、王子の声がした。
「殿下こそ。傷は大丈夫なんですか」
「お前が治してくれたからな」
王子は私の隣に立った。
「なあ、レティシア」
「何ですか」
「俺は、本当にお前が好きだ」
「……急に何を」
「ずっと言いたかったんだ。でも、言えなかった」
王子は夜空を見上げながら話す。その横顔はいつもより柔らかい表情に見えた。
「お前は賢く、美しく、そして何より、誰よりも真っ直ぐだ。俺のような荒くれ者には、勿体ない人だ。」
「そんなこと……」
「だから、お前に認められたくて、必死に戦った。
でも、戦えば戦うほど、お前は私を褒めるどころか……叱ってくれた」
王子は苦笑した。
「それが、嬉しかったんだ。お前が俺を見ていてくれる証拠だから」
私は、なんだか胸の奥が熱くなるのを感じた。
「……アルベルト殿下」
「アルベルトでいい」
「……アルベルト」
名前を呼ぶと、王子の耳が赤くなった。
「私は、可愛げのない女ですよ」
「知っている」
「毒舌ですし……他の女性のように愛想もありません」
「それでいい」
王子は私の方を向いた。
「お前は、お前のままでいてくれ。俺は、そのお前が好きなんだ」
私は、もうこの気持ちを抑えきれなかった。
頬が熱くなり、心臓が高鳴る。
「……私も、です」
小さく呟いた。
「あなたのこと、好きです」
王子の目が、驚きで見開かれた。
そして、ゆっくりと笑みを浮かべた。
「レティシア、もう一度、言ってくれ」
「嫌です。こんなこと、恥ずかしい」
「可愛げがあるじゃないか」
「…………それはどうも」
私たちは顔を見合わせて、笑った。
不器用な二人らしい、ぎこちない笑顔。
でも、それでよかった。
数ヶ月後、正式な婚約式が行われた。
私たちの関係は、城中の話題となった。
「変わった夫婦になりそうだ」と、皆が口々に言う。
確かに、そうだろう。
私は相変わらず王子を叱り続け、王子はそれを喜んで受け入れる。
周りから見れば変な夫婦に見えるだろう。
ある日、王子がまた無茶な訓練をしていると聞いて、私は訓練場に向かった。
「アルベルト!」
「おお、レティシア」
王子は嬉しそうに手を振った。
その額には、新しい傷がある。
「また怪我を……いい加減にしてください!!」
「すまん。つい…」
「『つい』じゃありません! あなたという人は……」
私が説教を始めると、王子は穏やかに笑った。
「ああ、やっぱりお前の怒り顔が一番だ」
「……人が心配して真剣に怒っているのに」
「だからいいんだ」
王子は私の手を取った。
「お前だけが、俺を本気で叱ってくれる。お前だけが、俺の命を心配してくれる」
「当たり前でしょう。あなたは……私の婚約者なんですから」
顔が熱くなるのを感じながら、私は視線を逸らした。
王子は、優しく私を抱きしめた。
「ありがとう、レティシア」
「……どういたしまして」
周囲の騎士たちが、微笑ましそうに見ている。
恥ずかしいが、まあいい。
これが、私たちの関係なのだから。
その夜、私は日記にこう書いた。
『可愛げがないと言われ続けた私が、それでもいいと言ってくれる人と生きる。
彼は私の毒舌を愛情として受け取り、私は彼の無謀を心配し続ける。
奇妙な関係かもしれないが、それで十分だ。
いや、これ以上の幸せは、想像もできない。
明日もまた、彼を叱ることになるだろう。
そして彼は、嬉しそうに頷くのだろう。
私たちには、それが一番似合っているのだから』
窓の外では、月が優しく輝いていた。
明日も、きっと同じ日常が続く。
叱って、叱られて、それでも愛し合う日々が。
【完】




