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魔王と勇者の不愉快な因縁の話

作者: 佐藤風助
掲載日:2025/11/21

 ふうん、自分は夢でも見ていらっしゃるのかしらん? なんて思ったのは、城の玉座でうたた寝をかましていた魔王ランスロットの目の前にちっこい少女がてちてち歩いてきたからである。

 人間の少女である。

 年齢はぱっと見て五、六歳かな? ってレベルでちっさい、単なるガキ。寝しょんべんをしてぴいぴい泣き、鼻垂らして遊び呆けているような年代の少女が、えっちらおっちら言いながら勇者の聖剣携えて、こちらに歩いてきたからこそ、ランスロットはおいおい夢は寝てから見るもんだぜと自身の脳みそを叱りつけたくなった。自慢の銀髪をガシガシかいて、せっかく部下が整えてくれた三つ編みが無惨になり、しかし夢は覚めない。おっかしいナア……。ちょっと待ってくれよ。ほっぺをつねっても何度目を擦っても消えるどころか近づいてくる……いや、この城は無駄に広いので、扉と玉座の距離は初心な若造アベックぐらいの、メートルで直すなら五百メートルほどの距離がある。扉が開いてランスロットは目を覚まし、ちっこい少女が歩いてきたのを確認したので、少女はおよそ一、二分歩き続けているのだけど、まだ全然見えてこない。

 夢か?

 夢かも……。夢じゃなきゃなんだってんだ。まだ豆粒のようにしか見えないそいつはきっと幻覚の類であろう。じゃなきゃおかしい。自分は魔王で人間を殺す側の怪物である。魔族の一員である。今まで食ってきたパンの枚数=殺してきた人間の数なんてやつの根城に、まさか、幼子が聖剣携えてとことこ歩いてくると思うか? ご自慢の赤い瞳はとうとうバグってしまわれた。老眼鏡を作んなきゃな。その間にも豆粒は頑張ってこちらに歩いてこようとするが、一向に詳しい姿が見えてこない。


「ああもう!」


 いよいよ我慢できなくなったランスロットは玉座から飛び降りた。久しく動かしていなかった足腰を存分に使い駆け寄ってみる。豆粒だった少女がようやっとまともな人間であると確定し、ついでになかなかの美少女ちゃんってことも判明した。そりゃ何より。


「うわ、きた」


 少女は近づいてくるランスロットをそう評した。

 おっと、小生意気。しかしここで怒りのままに魔法振り回したり魔剣振り回したりしたってどうしようもならぬ。この迷子の子猫ちゃん(推定)をどうにか回れ右して帰すためにも、ランスロットは怒りを飲み込んだ。かつかつ足音を響かせ目の前でしゃがみ目線を合わせる。

 黒髪をおかっぱにした、典型的な少女だった。

 そりゃ顔だけ見れば単なる可愛らしい子供だろう。しかしながら、格好は冒険者のそれであるし、背中には十字架のように勇者の聖剣を背負っていた。あれめっちゃ重そうだなあ、なんて他人事のように考え、しかしここまで来ているのは事実なので気にしないようにした。そんなのは気にするところじゃない。問題は、この少女が勇者の剣を持っているってとこ。勇者の証。まっこと正しいことを証明する、正義の証。善人の証。

 すなわち、魔王を殺すための物質。

 どこまでも完璧に、潔癖ささえ感じられるほどに磨き上げられたそれを背負えるのは、勇者だけ。魔王を殺す者だけが扱う、ある種の神聖さが込められた剣。いや、聖剣な時点で神聖ですよと言っているようなもんなんだけどさあ。まあ、そういうこと。自身とは真反対なその存在。だからこそ抜群に効く剣。それをこの少女が背負っているのは、結構なイレギュラーだった。考えてもみたまえよ。いたいけな少女が重たい剣背負ってこちらにとてとて近づいてきても、その剣を振るえると思うか? 背負うだけでも無理そうなのに? まさか! 鍛え上げられた大人でなければ扱えぬそれを、十年も生きていない少女が魔王に向けられるとは思えない。

 ランスロットはぼんやりとこちらを見ている少女に問いかける。ずっとしゃがんでいたら膝がやられてしまう。


「お嬢さん、お名前は」


「……ローズマリー」


「可愛い名前だ。親御さんは」


「知らない」


「オッケ迷子だな。ここがどこかわかってるか?」


「ランスロットのお城」


「わー正解だ。ならさっさと帰れ。門番には言い聞かせておく。ここで見たことは忘れろ」


 さもなきゃ食らうぞ。

 ちょいと言葉を追加してからランスロットはしっしとローズマリーを追い払う仕草をした。立ち上がりたい。膝が悲鳴をあげている。今年で四十五になる自分は体のあちこちにガタがきていた。しゃがむのも限界だったので膝をついたが、それも限界である。

 しかしローズマリーなる少女は気にもせず動こうともしない。


「食らうのはこっち」


 声が聞こえたその瞬間、ランスロットの瞳に短剣が突き刺さった。

 声すら出ずにランスロットは前に倒れる。短剣をブッ刺してくれたご本人、ローズマリーは下を向いた自分の頭を、銀髪を掴んで乱雑にあげた。涙のように血液が溢れる。ズブズブ、もう片方の手で短剣をより深く刺してくるローズマリーはぼんやりとした顔で語ってくれる。


「ローズマリー・アンダーウッド。あなたを殺す勇者の家系、アンダーウッド家の十三番目の妹。ついでに能力持ち」


「……!」


「意識ないかな。でも続けるね。アンダーウッド家の人間は自動的に勇者になるって、昔々、国のえらい人が決めたの。で、あなたはわたしの十二人の姉を殺してきた。だからわたしが派遣された。あなたを殺すために。勇者のストックを、これ以上減らさないために。アンダーウッドの人間は勇者という名の人柱。魔王を殺すための人材派遣業者」


 短剣で脳みそを掻き回すように、ローズマリーはぐるぐると手を動かす。


「わたしは能力……つまり、生まれついての天才的な才覚がある。ともすれば魔法であると誤認してしまうような、先天的な異常。才能。わたしは殺すのが得意。殺す能力が、わたしにはある」


「……」


「じゃあね、ランスロット。お姉ちゃんたち返してね」


 ローズマリーが短剣を引き抜いた。

 だくだく、血が流れる。傷口が小さいからか派手な出血はないが、脳は確実にダメージを受けた。いたい。すごくいたい。ああ、嫌になる……。痛いのは嫌いだ。殺されるのは嫌だ。傷つけられるのは、苦しい。ランスロットはローズマリーが手を離したことにより重力に従って前に倒れる。痛い。頭をぶつけたくはない。

 だからランスロットは途中で起き上がって、ローズマリーの細い首を絞める。


「ぐ、う?!」


「よくもやってくれたな、アンダーウッド」


 床に倒して力を調整。こいつは自分、ランスロットじゃない、普通の人間だ。意識を保ってやらねばならぬ。たまに緩めて呼吸をさせてやらねば、ローズマリーは死んでしまうのだ。ああ! か弱い生き物だこと。ぐちぐち言いながら塞がっていく傷口を気色悪いと思いつつ撫でた。出血も止まっていれば脳も完璧に修復されているようだ。よかったよかった。よくないけど。

 顔を真っ赤にさせてもがくローズマリーに優しく語りかける。


「さて、アンダーウッド。きみたちは随分忘れん坊のようだからもう一度説明してやろう。ちなみに説明するのはこれで十三回目だ。そろそろまともな伝承をしたまえ」


 その首を折らぬように注意しながら。

 必要以上の殺意が隠らぬよう抑え込みながら。


「私の名はランスロット。ランスロット・ソーンダイク。……きみらの父親が魔族と認定した、哀れな男だ」


 ランスロットは黒髪の男を思い出す。


「私は単なる人間だよ、お嬢さん。きみと同じように能力を持って生まれた、ただ死なないだけの男さ。殺されても生き返るだけのびっくり人間さ。しかしながら、きみのお父上はそうは思ってくれなかったみたいでね。当代勇者であったあの男は、アンダーウッドは私が魔族であると騒ぎ立てた。一族皆殺しさ。ふふふっ! 驚いたよ! 寝ていたら父も母も兄も姉も妹も弟も! 誰も彼も私の生まれ故郷である小さな村に住んでた人間はみんな! ……アンダーウッドに殺された」


「……う」


「おっと、死なせてはいけない。まだ続くんだから……。さて、話を戻そう。私は絶望したよ。なんせ、家族を殺された挙句きみの父親は私を何度も何度も何度も何度もなぶってくれたからね。ずっとずっと、拷問のような殺し方で殺してくれたからね。それを見て周囲の人間は笑っていたよ。まったく、世も末だ。勇者とはまっこと正しき正義の人ではなかったのかね? 魔族ですらやらないことを、アンダーウッドはしてきた」


「い、ひ」


「だから殺した。その喉笛を食いちぎってやったのさ。体の頑丈さだけが自慢の私は魔族の国に逃げ落ちて、まあご都合主義が過ぎる青年向け小説が如く成り上がったわけだ。……きみの父親がせっせと作っていた子供が育つぐらいの、ながあい年月をかけて、この地位を得た。単なる人間は魔族の王となった。お分かりいただけかね」


 ぎゅうっと、さらに力を込める。言いたいことは言ってやった。なら殺すべきだ。十三回目の、アンダーウッドを殺す。何度も何度も何度も何度も、ランスロットが殺された分、殺す。


「……そうじゃなきゃ、こんな年まで生きているわけがないだろ」


 ランスロットはあいつの子供をこれ以上生かしておきたくないから、魔王なんてものになったのだ。

 アンダーウッドの血が流れている人間を見ると気が狂いそうになるから、全員殺してやる。穢らわしいあの男! この世界から排除すべき血。二度と自分のような存在が生まれないためにも、ランスロットが駆逐してやるのだ。慈善事業。完璧に自他のため。

 ローズマリーが動かなくなっていく。結局勇者の聖剣は使われないまま、死体の下敷きになった。勿体無いなあ。まあ、使われたら厄介だから結果オーライだけど。一層力を込めて、ランスロットはローズマリーの首を折らんと躍起になる。折れろ。折れてしまえ。床に押し付ける。手が痛い。

 やっとローズマリーは死んだ。

 醜い死体を蹴って転がし、とりあえず剣を外してやった。これは後でアンダーウッドに送り返す。その後この小娘の死体は食らう。喉笛を食ってやるのだ。魔族として。魔王として。それでやっと、ローズマリーは死んだことになる。


「アー……疲れた」


 ランスロットはとりあえず玉座に戻った。この年での人殺しはかなりの重労働である。



 ……



 次に聖剣を携えてきたのは、まだ四歳だろう小さな女の子だった。

 昨日の今日の出来事である。目の不調はまだ治ってねえのかと思ったが、すぐにあの家の勇者であると思い直した。おや、随分早い復帰だなあ。感心感心。ランスロットはアンダーウッド家の人間であろうそいつに近づいた。ヨタヨタと聖剣を引き摺って歩いてくるその少女は、やはり綺麗な黒髪をしている。


「……やあ、お嬢さん」


「ランスロット」


 幼子にしてはやけにはっきりとした口調で、まだ百メートルほど離れているランスロットに話しかけてきた。思わず立ち止まる。少女は持っていた剣を投げ捨て、一方的に捲し立てる。業務連絡のような、簡潔なノリで。


「ご報告だよ、ランスロット」


「……」


「あなたが恨みを抱いているアンダーウッド家は地に落ちたよ。流石に十三人も同じ魔王で死んでるからね。そりゃそうだよね。もう人柱勇者としての地位は返上。今は違うとこのやらかしお貴族様が役目を担ってるよ。意気揚々といなくなってほしい能力持ちの人間を魔族として殺してる。アンダーウッド家はもう、勇者ではない」


「……は」


 ランスロットは。

 言われた言葉の意味を理解するのに数秒を要し、しかし理解しても飲み込めなかった。


「わたしはマーガレット・アンダーウッド。十四番目の妹。アンダーウッド家最後の勇者。でもまだまだ親族はいるから、あなたの復讐対象はいっぱいいるし、この鉄屑背負ってここに来てくれる。あなたの恨みを晴らすため」


「待って、くれよ」


「なんでだと思う? 散々っぱら世話になってきた、人柱のためだけのアンダーウッド家を国が簡単に切り捨てたのは、なんでだと考える? 正解はあなたの怒りを鎮めて、少しでもいい関係を結びたいから。人間は魔族に擦り寄って生きていくことを決めたんだよ。争うのではなく、服従することにしたんだよ。あなたが勇者を殺し過ぎたせいで、人間は希望をなくしたの。アンダーウッドの血が流れる人間は順番にここに来てあなたに首を差し出す。それが終わったら王様とかが来て降伏し、魔族の傘下に入る。おしまい。めでたしめでたし」


 ちっぽけな女の子は呆れたように。


「ねえ、ランスロット」


「……」


「この終わり方で満足?」


 そんなわけない。

 ランスロットはただ復讐心だけで行動していて。まさか! 人間なんて支配したくない。この引き伸ばされた生をさっさと終わらせたい。何度も死んだ。生き返った。だからランスロットは死にたいのに、死なせてくれない。アンダーウッドが死なせてくれない。何度殺すの。何度生き返らせるの。もう死にたくない。生きたくない。アンダーウッドが笑っている。魔族。魔族でもなんでもいい。ランスロットを戻してくれ。どこにいけばいい? ただ家族の仇討ちがしたかった。それだけだったのに。アンダーウッド。どこまでも私の人生を狂わしてくる、あの男! 殺さなきゃいけないのに死んでしまったあの男の忘れ形見が、まだちっぽけな女の子が殺されるのを待っている。ランスロットは千鳥足で近づく。最後の勇者。どうやらあいつの子供は彼女で終いらしい。近くで見るとやはり似ている。ローズマリーは髪質が似ていて、マーガレットは目つきが似ていた。十四人の姉妹。彼女たちの仕草はどこかあいつに似てる。剣を抜く仕草。発音のくせ。歩き方のくせ。口元。鼻筋。顔の形。言葉遣い。爪の形。拳の握り方。髪を整えるくせ。泣き方。最後の悲鳴。

 アンダーウッドが生きていることを感じさせる、忌々しい感覚。

 ランスロットは問いかける。


「なんで」


「……」


「私を生かすんだ」


 お前らが最後まで私を殺してくれれば、こんなに思い悩むことはなかったのに!


「あなたが死んでくれないからに決まってるでしょ」


 マーガレットが嘲笑うように答えたので、ランスロットはその頭を殴った。



 ……



「おや、魔王様。昨日捌いた勇者はまだ調理してませんよ?」


 ランスロットはマーガレットを殴り殺した後、そのまま調理室へ向かった。椅子に座ってリンゴを剥いていたコックの魔族がおざなりに迎え入れてくれたので、ただいま引き摺ってきたマーガレットを投げ渡す。コックの足元に死体が一つ、落ちる。


「うわ、どうしたんです? 肉質の感じからして勇者の親族ではあるのでしょうが、こうもたくさんあると処理に困るなあ……」


 するするとナイフを動かしながら、これまた無関心にコックは答えた。ランスロットは知ったこっちゃないのでその発言に突っ込まない。


「アンダーウッド家は地に落ちたらしい」


「ハア……魔王様御執心の、人間の家でしょ。じゃあ勇者はもう送られてこないってわけですかあ」


「ああ」


「新鮮な肉が手に入らなくなっちゃいますねえ。ま、どうでもいいですけど。それがどうかしたんです?」


「人間って滅ぼせると思うか?」


「魔王様が望むならそうなると思いますよ」


 赤い皮が床に広がっている。

 コックは続ける。なあに、貴方様が人間であるとか死なない死体であるとか精神的に不安定であるとか、そういうのはけっこーどうでもいいんです。大事なのは貴方様が魔王だという事実。魔族の頂点であるという真実。それがあれば、我々は動きます。人間を滅ぼせます。むしろワクワクしちゃうかもしれませんね。真っ当な(まつりごと)ばっかやってた平和主義者の魔王様が、ようやっと戦争を始めてくれるぞと、皆が歓喜するかも……。貴方様が望むなら、我らは動く。なんとも明瞭ですねえ。で、どうします? 戦争します?

 そうだ。

 今日の御夕飯は昨日持って来てくれた勇者の喉笛ですよ。


「重い」


「ええ、我らはいつだって、魔王様のことを思っています」


 一本に繋がったりんごの皮を回収して、コックはまな板の上でりんごを切り始める。たん、たんと、音がする。


「人間を」


「……人間を?」


「滅ぼしたい」


「そうですか。では、伝えなければなりませんねえ」


「明日から、やる。宣戦布告はしなくていい。片っ端から、目についた人間を殺せ」


「御意に。りんご食べます?」


「食べる」


 人間なんて滅ぶべきだ。

 もちろん自分も死ぬべきだ。

 こいつらは自分が死んだら悲しむのかなと思って食べたりんごは、昔々母親が切ってくれたそれと同じ味がした。

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