宮内浩 春⑤
ぐるぐる迷って出した結論は単純明快だった。
この前のライブを見たよ、と深水葵に声をかける。そこで眠る少女のライブの感想を言う。最初に自分の言いたいことは伝えない。それが結論だった。
婆ちゃんに言われたことの一つに「良い作家になりたかったら、良い読者になりなさい」というのがあった。
浩は良い小説を書きたいとは思っているけれど、良い作家になりたいと思っている訳じゃなかった。ただ、婆ちゃんの言うことには納得ができた。
自分の言いたいことをちゃんと伝えたいのなら、相手の言うことをちゃんと聞くべきなのだろう。深水葵が浩に言いたいことがあるのかどうかは、また別の問題だけれど。
浩は学校に戻ると家に戻って眠る少女のCDを流しながら、眠る少女の曲の良い所、心惹かれたフレーズ、声、音と言ったものを原稿用紙に書いていった。自分が書いた単語やフレーズに引っ張られ、次の言葉が浮かんで手は勝手に動いていく。シャーペンの芯が折れた時、ふと書いたものを読み返した。
まるでラブレターみたいだった。
途端に照れ臭くなって浩は書くのをやめた。
守田裕が告白でもするのか、と言うのは間違っていながら的を得ていた。相手は田中あずきでも深水葵でもなく「眠る少女」というバンドに浩は告白しようとしていた。
浩は中途半端なラブレターの原稿用紙を抱えて駄菓子屋へと向かった。夕方の十八時を過ぎていた。婆ちゃんに意見を貰ったら、すぐに帰るつもりだった。
駄菓子屋のドアを開けた。その瞬間に帰りたくなった。
「こんにちは」
レジに座っていたのは制服姿の深水葵だった。
「こんにちは、深水さん。アルバイト?」
「違うよ」と言って深水葵はレジの棚に置いていたらしい、ギターを抱えて音を奏ではじめた。「ここ私のお婆ちゃん家なんだ」
知らなかった。
そして、なるほどと納得した。孫なら婆ちゃんの家にあがるだろうし、何かのきっかけで浩の小説を見つけてもおかしくなかった。
「ちなみに宮内くん」
と、深水葵は笑った。「わざとやってるの?」
「なにが?」
「ずっと教室で私のこと見てたでしょ?」
気づいていたのか、と恥ずかしい気持ちになった。「うん」と浩は素直に頷いた。
「いつ声をかけにくるのかなぁって考えていたら、さっさと帰っちゃうんだもんなぁ。どーいうこと?」
「あー」と言ってみても言葉は続かなかった。
「ま、良いんだけどね」
深水葵がギターを弾きはじめた。それは「1013」だった。
じっとその曲を聴いた後に、うまい棒を四本選んだ。深水葵の前にあるレジに二本のうまい棒とお金を置いた。
「なに?」
「タダで聴くのは、やっぱ気が引けるし」
と笑った。
「ありがと」
1013を弾き終えると、深水葵が浩をまっすぐ見つめた。感想を求めているのだと分かった。まだ小説にタイトルをつけていなかった初期の作品。意味は十月十三日に書けなくなったから、1013。何の捻りもない単純な理由だった。
「メロディは、サビのところが好きだな」
浩が書いた「1013」は死んでしまった犬の霊と共に元飼い主の許を訪ねに行く少女の話だった。そして、浩が書けなかったのは、元飼い主の反応だった。
「で、歌詞は元飼い主が良い子だったでしょって言うところが、すげぇ良かった」
「あはは」
深水葵がゆっくりと笑い、うまい棒を食べた。浩もうまい棒のサラミ味を食べてから口を開いた。
「あのさ、」
「ちょっと待って、宮内くん」
「え、うん、なに?」
「教室で話かけてこなかった罰として、私から話をしても良い?」
「分かった、良いよ」
「凄く長い話になるけど良い?」
浩は自然と笑ってしまった。
「もちろん」浩も深水葵と長い話がしたかった。
「ありがと」
そう言って、深水葵は語り始めた。
「私の中には昔から小さな部屋があるんだ。その部屋は私が自由に何でもできる空間でね。私を叱ったり、無視したり、暴力をふるってくる大人がいない。誰にも邪魔されずに遊んだりぼーっとできる場所なんだ。
「言っちゃえば、殻だよね。私は殻がないとまともに人と接することができない子供だったの。それは今もそんなに変わってなくて、殻に閉じ籠ったまま世界と接している。
「そうすると、いろんなものと距離ができちゃうんだよ。特に物語との距離は遠かった。映画やドラマとかの映像作品は目の前で起きていることを見るだけ、漫画は絵と文字を小説も文字だけを追う。それしかできないの。
「チャンネルが合っていない感じかな。何かを理解したつもりになっても、すぐに違うかもって思うし、考えれば考えるだけその物語が言いたいことが薄れて分からなくなっちゃう。
「原因は私の中にある部屋なのかも知れない。確かなことは分からないけど、物語をちゃんと理解できないってことは私にとって一つのコンプレックスだったんだ。
「もしかしたら部屋から出れば、殻に閉じこもることをやめれば皆と同じように物語を理解して楽しむことが出来るのかも知れない。でも、ずっと私を守ってくれていた心地の良い静かな部屋を捨ててまで、世界に広がる他人の物語を受け入れないといけない理由が私には分からなかった。
「『歴史』を英語で言うと『ヒストリー』って言うよね? その中には『物語』って意味もあるんだよ。私が小さな部屋を作って過ごした時間もちゃんと歴史で、物語なんだよね。他人の物語は理解できなくとも私は私の物語を理解できている。だから、良いんだって思ってた。思おうとしていた。
「殻に閉じこもっていれば、誰も私を傷つけない。物語が理解できるだけで、それが誰かに迷惑をかけるわけでもない。
「矛盾するようだけど、それが良くないことを私は知っているし、いつか何かの形で私の中にある部屋が壊れることも分かっていたの。考えてみれば当たり前なんだよ。全て私にとって都合の良い世界なんて不完全だし、甘えに満ちてる。言ってみれば、その小さな部屋はサイズの合わなくなったお気に入りの服みたいなものだったんだ。
「どうしたって私は成長して、いつかお気に入りの服を着れなくなっちゃう。でも、それが訪れるまでは小さな部屋を大事にしたかった。
「そんな頃にバンドを組まない? って誘われたのね。楽器は一通り弾けるから、良いよって言ったんだ。あずきちゃんの誘いだったし。
「それで、とりあえず皆一人ずつ曲を作ってこようってなって。私はうんって頷きながら、どうしようって悩んじゃった。私の中にあるのは小さな部屋だけで、他人に見せられる物語は持ち合わせていなかったから。
「道子さんに相談したら、手書きの小説を読ませてくれたの。最初はよく分からなくて、必死に文字を追った。不思議の国のアリスが追いかけた白ウサギみたいに。そうしていくうちに私は私の知らない物語の中に放り込まれていた。
「二十以上の未完成の掌編を読んだ後、私の中にある小さな部屋の窓は全部開いていて、ドアも全開で、上を見たら天井にも大きな穴があって、私は初めて外の空間と繋がって一つになったような感覚がしたんだ。
「全は一。一は全。みたいな感じ。あはは。うん、言ってみたかっただけ。多分、初めてチャンネルが合ったんだと思う。
「外と繋がって周囲を見ると、小さな部屋に入らなかった、排除された心地よくない体験とか、整理しきれない感情とか、目を背けた痛みが私の中に残っていることを知ったんだよ。消えたり曖昧になったりせず、剥き出しに晒されていた、何か。
「曲を作る時、私はそんな剥き出しになった暗い何かと対峙して、格闘して、相応しい形に整えていく。ぐちゃぐちゃに絡まったイヤホンを解きほぐすような作業って言うのが一番しっくりくるかな。
「曲が一個一個できていくのも勿論、嬉しかったんだけれど、昔の自分が無視していたものとちゃんと向き合って整理して正しい場所へと収めて行けている、っていう事実が私には誇らしかった。
「今から考えれば、結果よりプロセスの方が大事だったんだと思う。まったくのオリジナルじゃないけど、何かを作るって不思議なことだね。完成した形を見ると私が作ったものじゃないみたい。
「それは宮内くんの小説が元になっているからかも知れないけど、間違いなく私の暗いモノが混ざっていることも分かるの。分かった上で他人みたいに感じるんだ。
「しかもね。私はその他人のような曲が少し好きなんだよ。私は私が無視していた暗いモノを曲に落とし込んで、それを好きになることで、無視していた暗いモノも一緒に好きだって思えるようになってたの。
「あはは、ちょっと複雑だね。
「宮内くんの小説は、私を小さな部屋から引っ張り出してくれて、そして、ずっと逃げていた色んなモノと向き合えるようにしてくれたの。
「私は宮内くんの小説に救われたんだと思う。それで聞いてみたかったんだ。
「宮内くんは何を思って小説を書いたの? って」
深水葵の長い話が終わった時、浩は俯いていた。込み上げてくる涙を抑えるのに精いっぱいだった。
浩の小説に救われた? なんだそれは。過大評価も良い所だ。やめてほしい。
深水葵は自分で自分を救ったのだ。きっかけは浩の小説だったのかも知れない。けれど、それは跳び箱の前に置かれた踏切板のようなものだ。深水葵はいつか自力でちゃんと跳び箱を飛ぶことができるようになった。浩の小説という踏切板があったから少し早く楽に飛べただけに過ぎない。
事実、浩は浩の目の前にある跳び箱を飛び切れず此処にいる。
僕は何を思って小説を書いた?
姉を忘れない為に書いた。そんな単純で揺るがないはずの事実を浩はちゃんとした言葉で深水葵に伝えられる気がしなかった。
「ごめん」
深水葵が言った。
浩は思わず顔を上げた。
「突然いっぱい言っちゃうと混乱するよね。そんなつもりはなかったんだけど、なんて言うか、宮内くんの小説が私は凄く好きで救われたってことを誤解なく伝えたかったんだ。だから、長い話になっちゃった」
「いや、その……」
こういう時、守田裕のようなコミュニケーション能力が欲しい。彼ならここで上手いこと言って、深水葵と仲良くなって恋人同士になっちゃったりするのだろうけれど、浩にそんな芸当はない。
「僕の書いたものが、深水さんに少しでも影響を与えられたのであれば嬉しい、です」
違う。僕は今なにかを誤魔化した。
「少しなんてものじゃないよ」深水さんが笑った。「全部、ひっくり返るような影響だったよ!」
「ありがとう」と浩はぎこちなく笑い返した。「僕が何を思って小説を書いたのかって話、今上手くできる気がしないんだ。今度改めてでも良いかな?」
誠実に伝える為に考える時間がほしかった。
「良いよ、いつまでも待つよ」
「良かった」と言ってから、浩は手に持った原稿用紙の存在に気付いた。もはや照れはなかった。「これ」と言って原稿用紙を差し出した。
「なに?」
と深水葵が原稿用紙を受け取ってくれた。
「僕が眠る少女をどれくらい好きかってことをまとめた、……」少し考えて、言った。「ラブレター。僕の小説と同じで、最後まで書かれてないけど」
ん?
という顔を深水葵がした。きょとんとした感じとは、こういうことを言うのだろう。それから満面のえみを浮かべた。
「そっか、ラブレターかぁ。ありがとう」
顔が熱くなるのが分かった。けれど、やっぱり照れくさいという気持ちはなかった。
「僕は深水さんと色んな話をしてみたかった。ライブハウスで眠る少女の曲を聴いた日から、ずっと。僕はあの日から眠る少女を凄い、素晴しいって絶賛してる。それは僕の小説が元にあるとか関係なくて、メロディとか歌詞とかが好きなんだ。どうしてあんな曲が作れるのか、僕は聞いてみたかった」
「うん」
「だから、僕は眠る少女のファンなんだと思う」
「あー、あずきちゃん可愛いもんね。ファンになっちゃうよね」
「いや、その曲の、ね」
「あずきちゃんの歌声、綺麗だもんね。耳に残る感じ」
「うん。それは分かる」
思わず誤解されたまま同意してしまった。深水は特に気にした様子もなく続ける。
「あずきちゃん人気だなぁ。宮内くんもあずきちゃん好きだもんね」
「え? なにそれ」
「ん、守田くんがこの前言ってたんだよ。宮内くんの好みはあずきちゃんだーって」
初めて人を殴りたいと思った。
守田裕を殴りたい。切実に彼を殴りたい。
アイツなに言ってくれちゃってんの!
「いや、あれは勢いって言うか」
「違った?」
言ったことは違わないけど、違うんです。
「その、深水さんも充分、あのビジュアル的に……」
「良いよ、良いよ。無理に誉めなくて」
と深水葵はからからと笑った。「あのさ。宮内くん」
「はい」浩の脳内は、違うんです……守田殺す……話を聞いて……、などの言葉でいっぱいだった。
「宮内くんが眠る少女のファンになってくれるようにさ、私も宮内くんの小説のファンになっても良い?」
深水葵はまっすぐ浩を見て言った。
「もちろん」
と浩は答えた。
◯
去年のクリスマスのライブハウスで浩が好きになったバンド「朝虹は晴のちに雨」のメンバーは、三十代の男性四名でスーツを着ていた。
「別にビートルズを意識した訳ではありません。単純に私の勝負服がスーツだったので、メンバーに合わせてもらいました」とボーカルのおじさんは言った。
おじさんは小さな咳払いの後に「メンバー全員が同じ高校の軽音部に所属していた縁から結成したバンドです」と言った。そして、演奏が始まった。
◯
深水葵と駄菓子屋で喋ってから浩は学校が終わると駅前の広場に赴き、ぼんやりして時間を潰すようになった。花音さんの話が本当なら「朝虹は晴のちに雨」のボーカルのおじさんが路上ライブを駅前でしているはずだった。
浩はそのおじさんの歌を聴きたかった。そして、できれば少し喋ってみたかった。
三日目の夜十九時を過ぎた頃に「朝虹は晴のちに雨」のボーカルのおじさんが姿を見せた。やっぱりと言うべきか、スーツ姿だった。おじさんは段取り悪く機材の準備をし整えてから、ギターを弾きながら歌い始めた。THEイナズマ戦隊の「愛しい日々さ」だった。浩はおじさんの真正面に立って彼の歌を聴いた。
決して上手い訳じゃない。けれど、やはり何か訴えかけてくるものがあった。その後も三曲を演奏し、それら全てがTHEイナズマ戦隊だった。最後に「最終列車」を歌いきって、おじさんは頭を下げた。浩は力いっぱい拍手をした。
おじさんは恥ずかしそうな笑顔を浮かべて「ありがとう」と言った。浩以外に拍手しているお客さんは一人もいなかった。あれだけ下手なら仕方がないような気もした。
ギターを下ろしてスタンドに立て掛けて、ミネラルウォーターを飲んでからおじさんは浩に近づいてきた。
「最初から最後まで聴いてくれてありがとう」
言って、手を差し出してきたので浩はそれを握った。
「良かったです」本音だった。「去年のクリスマスにライブハウスで歌いましたよね?」
「懐かしいね。好評ではなかったけれど、楽しかった。また機会があれば、ライブしたいね」
「その時は行きます」
「是非」
「おじさんはプロを目指しているんですか?」
「ん?」おじさんが怪訝そうな表情を浮かべた。「んーもう四十近いからね。流石にそんな夢は見ないよ」
「そうですか。じゃあ、って言うのも変ですけど、おじさんは今は何を目指しているんですか?」
「んー」としばらく考えた後に、おじさんはまた恥ずかしそうに笑った。「格好良い大人かな」
良い響きだった。格好良い大人。なれるのであれば、なってみたい。
「君は何か目指しているものがあるの?」
とおじさんが言った。
自分で質問をしておいて、浩は何も答えを考えていなかったことに気づいた。
黙っている浩に対し、おじさんは「じゃあ、何か悩んでいるの?」と聞いてくれた。
浩は頷いた。
浩は悩んでいる。原因は深水葵だけれど、結局のところは浩自身の問題だった。
深水葵がファンになってくれた。それは実に素晴しく、喜ばしいことだった。
だけど、浩は浩の中にいる姉のために小説を書いている。それによって誰かと繋がってしまったら、姉のために書く小説ではなくなってしまうのではないか? そう思った。
最初はまだ良い。でも、時が進むことで浩はいつか深水葵のために小説を書くかも知れないし、眠る少女のために書くかも知れない。
十年後、二十年後確実に忘れてしまう姉への感覚を閉じ込めておく小説。それを他人と繋がるために恣意的に使うことは姉への裏切りじゃないのか。
浩は姉のために小説を書き始めたし、姉のためだけに小説を書き終えたい。そして、それを花音さんに読んでもらいたかった。その時、浩は姉の死を認められるのだと思っていた。
けれど、深水葵との出会いによって浩の中にある物語、小説というものの価値が変わってしまった。
そうやって浩の中で変わっていくものを浩はどのように受け止めれば良い? その結果、浩は姉のことを蔑ろにするかも知れない。今は考えられないけれど、そうならないとどうして言い切れる?
「人生は木だと思うことがあるんだ」とおじさんが静かな声で言った。
「木、ですか?」
「そう。木ってのは全部、繋がっているんだよ。根っ子から、枝の先まで。木の肌や葉っぱで触り心地は違うけど、木って言う一つの存在であることは変わらない」
「確かに」
「何に悩んでいるのか私には分からないけれど、問題はまったく違った部分にあるかも知れないし、もっと根本的なところにあるのかも知れない。あるいは葉の先か。何にしても、考えに詰まったら自分の思考を木に例えるんだ。どこが根で、どこが幹で、どこが枝かを整理していく。するといろんなものが落ち着くべきところに嵌って上手く行ったりするもんだよ」
おじさんは更に続ける。「そしてね、木は常に成長しているんだ。物凄くゆっくりだけれど、確実に大きくなっている。私は思うんだ、何であれ変わって行くことは正義だって」
「正義」
と浩が呟いた時に分かった。分かってしまった。
正義。人が従うべき正しい道理。そこに死者は含まれないのだ。姉は変わらないけれど、浩は変わる。変わって良いのだ。受け止め方は裏切りでも、救済でも何でも良い。それは理屈だ。納得するための一要素に過ぎない。
根本的に浩は姉の死を受け入れたい。姉の死のために何かしたい。単純にそれだけのことだった。
だから、浩は姉のために小説を書くし、ファンだと言ってくれる深水葵のために、眠る少女のためにも書きたいと思えば書くのだ。百パーセント姉のためだけに小説を書くのは最初から無理だったし、本当にそれを望むのなら駄菓子屋の婆ちゃんに小説を見せるべきではなかった。
浩は誰かに読んでもらいたくて、姉を知ってほしくて小説を書いていた。最初からそう考えていなくとも後付けでも、それで良い。何故なら浩は生きていて、変わっていくのだから。
その結果、姉のための小説が完成すれば今の浩の望みは達成できる。未来の浩がそれをどう受け止めるかまでは今の浩が考える必要はないし、それに意味はない。
「あー、すまない。つい、出しゃばったことを言ってしまった。そんなつもりじゃなかったんだけれど。その、大人の戯言だと思って聞き流してくれないか?」
「いえ、おかげでスッキリしました。ありがとうございます」
おじさんが浩を見て、ふっと笑った。
「そうか。良かった。つい、娘と同じ学校の制服を着ている子だったものだから、色々言いたくなっちゃったんだよ。悪かったね」
「娘さんがいらっしゃるんですか?」
「そうなんだよ。今は一緒に暮してはいなんだけどね」
「ちなみに、お名前は何て言うんですか?」
「娘の名前? あずきって言うんだ」




