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守田裕 夏②

 眠る少女の夏のライブは八月二十日に決まった。

 あずきからメールをもらったのは夏休みも三日が過ぎた昼ごろだった。あずきの遠回しな物言いを汲むと、勇次を誘って欲しいとのことだったので勇次にもメールを入れておいた。

 二十日は空けておけ、と。勇次から簡素な了解のメールがあった。それを報告がてら、あずきにメールをし守田は本題である千秋先輩のことを質問した。

 声に出せばぎこちなくなるが、メールの文面であればこちらの緊張は相手には伝わらない。素晴しきかな現代文明。

 結果、最も重要な情報、山崎千秋先輩は現在付き合っている男はいないという事実を知って守田は部屋の中心でガッツポーズをした。

 他にも大学進学をするつもりはなく、卒業後は実家のクリーニング屋を手伝うつもりだとか深夜アニメを録画して見るのが好きだとも知った。

 そういえば、シップーさんも深夜アニメを見ていると言っていた。と二人の些細な繋がりを知ってみっともなく嫉妬した守田は、そんな自分にショックを受けた。

 マジかよ、と守田は布団の中で頭を抱えた。

 え、俺、本気で千秋先輩のことアリだと思ってんの? あの廊下での出会いが良かったってだけで、そんなマジになるやつじゃないって。まぁもちろん、外見は申し分ないし、話していて楽しいし、まめができた手の感触とかすげぇ良いし、先輩が自分のことをうちって言うのとか最高だったけど……。あれ? 良いところしかなくね? 

 千秋先輩って世界一可愛いんじゃね?

 いやいや、優子さんほどじゃねーよ! じゃねぇけど……。あー。千秋先輩の白ワンピースとか見たら俺死ぬんじゃね?

 勇次のことであずきをからかっていたのを心の底から反省し、布団の中で暴れ回った後、守田はリビングへ行って新聞のテレビ欄でアニメをやっていないか確認した。


 ◯


 守田裕プロデュース桃源郷大作戦(仮)?

 あぁ、そんなのもあったなぁ。と遠い記憶を掘り返すほどになった八月九日。店にシップーが現れた。今まで見たことがないほどの青い表情に守田は少し焦った。

「シップーさん、どうしたんですか?」

「とりあえず、コーヒーもらえる? アイスで」

 カウンター席に座ったシップーの前にお冷のグラスを置いた。母親が手伝いはもう終わりで良いよと言うので、エプロンを畳んでアイスコーヒーを二つ淹れてシップーの横に座った。

「あぁ、悪い」

 と言うものの、シップーはコーヒーに手をつけなかった。

「どうしたんですか? MR2が壊れたとかですか?」

「いや、そーじゃないんだが。ちなみに守田くん。最近、勇次から連絡あった?」

「ないですけど」

「だよなー」

「どうしたんですか?」

 青い顔のシップーの話をまとめると以下のようなことだった。

 昨日の八月八日に中谷勇次が置き手紙を残して姿を消した。手紙には『セイブツ部の活動報告のためにツチノコを捕まえてくる』というものだった。優子が家の中を確認したところ、亡くなった父が使っていたキャンプ一式とサバイバルセットが持ち出されていた。

 ツチノコを捕まえるという言葉を信じるなら、勇次は山籠もりをするつもりらしい。そのためか携帯は家に置いてあった。食事や風呂の問題もある。何度かは山から町へ下りてくるはずだが、どの山に籠もっているのか分からないので、こちらから勇次にコンタクトを取るのは不可能だった。

「守田くん」

「はい」

「僕はあれ程、怒った優子を初めて見たよ」

「……なるほど」

 と頷きつつ守田は内心で、アイツなにしてんのっ! と叫んだ。お前が居ないんじゃあ、あずきちゃんと千秋先輩を呼んだダブルデートもできねぇじゃねーか!

 もしも、もしもだ。

 これで二十日の眠る少女のライブをすっぽかしたら……。アイツのエロ本を全部、優子さんに差し出してやるっ! 当然、辻本凛の写真付きでだ!

「現状、勇次の肩を持つのも難しいだが、何とか丸く収めたいんだよ」

 シップーがそんなことを言うのは珍しい。

「だから、どんな手段を使ってでも一度勇次を捕まえたい。でないと、優子がお母さんのラインを使って警察官総出で勇次を捜索する羽目になる」

 あぁ、なるほど。このままでは勇次が警察の厄介になる訳だ。確かに兄貴分であるシップーからすれば、それは避けてやりたい事柄だろう。

「ってか、優子さん。そんなにですか」

「僕はさっきまで優子がマジで警察官のお偉いさんに直電すんのを抑えてたんだって」

「お疲れ様です!」

 優子さんの母は警察官だった。人徳のある人だったらしく、亡くなった後も優子さんを気にかける同業者が居て、十数年の月日が経ってもお中元や年賀状のやりとりはしていると聞く。優子は母の人徳を引き継いでいるのだろう。更に小、中学の頃に優子さんはその中の一人から護身術を教えてもらってもいた。

 岩田屋町で喧嘩負けなしの中谷勇次が最も恐れる存在は姉の中谷優子だった。

 ――姉弟ってのもあるけど、一番敵に回したくない相手は姉貴だわ。

 と、いつだったか勇次がぼやいていたのを思い出す。

 まぁ今、思いっきり勇次は優子さんを敵に回している訳だが。

「分かりましたっ! シップーさん。俺に考えがあります」

「お? おー」と、シップーが乾いた拍手を送ってくれた。


 ◯


 翌日、朝一番に病院へ行った。守田の予想通り勇次が山に籠もった理由の一旦は有にあった。

「母からノートパソコンを買ってもらったんです。それでネットもできるからUMA関連を調べていたら、個人でUMAを探している北村治って言う人のブログを見つけて」

「うん」

「北村治はUMAが生息してそうな山や湖を公開していて、その山の一つに岩田屋町があったんです。それを勇次くんに言ったら、夏休みに入ったしちょっと捕まえてくるって。それが二日前くらいのことだと思います」

「分かりやすいなぁ」

「何かあったんですか?」

 眉を八の字にした表情で有が守田を見た。この顔の前で嘘はつけないが、全部言う訳にもいかなかった。「勇次が山に籠もったみたいでな。で、どーしてかな? と思ってね」

「なるほど」

「まぁ、そーいうことなんだけど。勇次から連絡か顔を出すことがあったら教えてもらっても良いかな?」

「え、良いですけど」

「悪いね。あ、あと、チラシを一枚作りたいんだけど。監督のパソコン借りてもいいか?」

「良いですけど、僕のパソコン。あんまりソフトとか入ってないので、チラシを作るなら看護婦さんに言った方が確実なんじゃないかな」

「なるほど。ちょっと聞いてくるわ」

「あ、僕も一緒に行っても良いですか?」

「もちろん」

 看護婦さんに守田が作りたいチラシの話をしたら、紙代とインク代だけで作っても良いと言ってもらえた。ひとえに有が隣でチラシが出来る工程が見れるとワクワクしていたのが勝因だった。有には近所のコンビニでアイスを奢り、それをお礼とした。


 ◯


 シップーがコーヒーショップ・香に現れたのは昼の十五時になる五分ほど前だった。カウンター席に座ったシップーの前にお冷グラスを置いてから、守田はさっき病院で作ってもらったチラシを差し出した。

「ん? なに、これ?」

 と言って、シップーがチラシを受け取る。そして、露骨に眉をひそめる。チラシには以下のようなことが書かれていた。


 捜しています!

 (中谷勇次の写真)

 この顔にピンときたら、お電話を。 

 090ー××××ー○○○○

 UMAよりも危険なセイブツです。不用意に近づかず、まずご連絡を! 決して専門の人間以外は捕獲を試みないよう気をつけてください。

                        守田裕。

 追伸 君が最も敵に回したくない人はカンカンに怒っています。


「守田くん」

 顔をあげたシップーは苦い顔をしていた。「これは捜索願というよりも、指名手配書だよね?」

「あのアホにはこれくらいしないといけません!」

「ちなみになんだが、この専門の人間ってのは、」

「それはですね、シップーさんと、……お、ナイスタイミング」

 喫茶店に入ってきた人に守田は手を振った。

「守田くん、用事ってなに?」

 きょとんとした表情で田中あずきが言った。

「良く来てくれた! あれ? ちょっと焼けた?」

「え、そーかな? 日焼け止めとか塗ってるんだけどなぁ」

「悪くないよ。真っ黒って訳じゃないし」

「そう?」

 あずきはシップーに軽く頭を下げてから、彼の隣のカウンター席に座った。

「あずきちゃんにもこれ」

 と守田はあずきにもチラシを差し出す。あずきもチラシを読むと、シップーと同じような苦い顔をした。

「聞きたくないけど、これ、なに?」

 守田はあずきの問いには答えずに宣言する。

「本日より中谷勇次捕獲本部をここに設置します! 専門の捕獲班は、シップーさんとあずきちゃん、そして、この俺が担当したいと思います!」

 シップーとあずきは引きつった顔で守田を見た。初対面である二人は、けれどこの瞬間に心が通じ合っていた。

 いやいや、無理だから、と。

「町中にこのチラシを貼って連絡があり次第、お二人には俺から連絡します。そして、現場に近いようでしたら何があっても急行してください! ヤツは山に籠もり空腹時に山から町へやってくると考えられます。普段の数段危険だとお考えくださいっ!」

 もはや守田の中で勇次は畑を荒らす動物のような立ち位置に成り代わっていた。

「ちなみに、だ。守田くん」とまずシップーが口を開いた。「この追伸の最も敵に回したくない人って……」

「もちろん、優子さんです。追伸は勇次に向けて書きました。正直、張り紙をしても誰も見ないと思いますし、連絡をしてくれる人なんてゼロでしょう。でも、勇次がこれを見れば流石に家に帰るか、俺に連絡してくると思うんですよね」

「あぁ、なるほど。これはあくまで勇次に向けたメッセージなんだな」

「そうです」と頷くと、あずきが守田を思いっきり睨んでいることに気づいた。「何かありますか、あずきちゃん」

「いや、本音を言えば、何も聞かずに帰りたいんだけど、守田くん。どうして私が勇次の捕獲班なわけ? っていうか、アイツなに? 今どーなってるの?」

 あずきの当然な問いに守田は一度深く頷いてから答える。

「今、勇次はツチノコを捕まえると言って山に籠もってんだよ。それはまぁ良いんだけど。保護者の許可を取らずに行っちゃったんで、一度捕まえる必要がある。言わば現状、中谷勇次がUMA化してんだよ」

「UMA、化?」とあずきが呟き、守田は頷く。

「ミイラ取りがミイラになったみたいなヤツだな。で、あずきちゃんが捕獲班なのは勇次と口喧嘩できる逸材だからだよ」

 心底嫌そうな表情をあずきは浮かべたが、横に居るシップーは「おぉ」と感心した声をあげる。

「えっと、じゃあ、こちらの方は?」

 とあずきがシップーの方を見た。「勇次の姉、優子さんの彼氏で川島疾風さんだ! 勇次を制圧できる、唯一のお方だ!」

「いや、アイツに力じゃあ僕は敵わないからな」とシップーは守田に言ってから、あずきに向き直った。「川島疾風です。よろしく」

「こちらこそ。田中あずき、と言います」

 二人の自己紹介が終わってから、守田は腕を上へと伸ばした。

「そんな訳で、必ずあのバカを捕まえて平和で楽しい夏を取り戻しましょう!」

 こうして守田とあずきとシップーは、UMAと化した中谷勇次を捕獲する不毛な夏が始まった。


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