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守田裕 春④

 UMAを捕まえる部活を作ろうと思う。

 そう提案すると勇次はあっさり了承した。守田は勇次が渋った時の案と断った時の案を準備していたため、やや拍子抜けな気分だった。

「部員は今の所、お前と俺と空野くんだから」

「監督?」

「言葉通り俺たちの監督だな」

「なるほど」

「部活の申請、部室の確保とかは俺がやるから。勇次は活動報告できるようなネタを見つけてくれよな」

「りょーかい」言って勇次は守田を見据えた。「で、こんなことして守田に何の得があんの?」

 守田はニヤッと笑った。

「家の手伝いをせずに済む。三年になったら正式に手伝うつもりではあるけど、それまでは遊んでたいしな。その理由作りってのが一番だ」

「なるほど」

 岩田屋高校には無数の部活動が存在する。ポピュラーな誰でも思いつく野球部やサッカーと言った部活動以外に、模型部、駄菓子研究部、写真部などマイナーな部活が岩田屋高校には乱立している。

 その理由の一環に掛け持ちが許されていること、そして、ある時期の生徒会長が多趣味を理由に十以上の部活動に参加していたことが挙げられる。基本的にマイナーな部は美術室や理科室などがある旧校舎の空き教室を使って活動がおこなわれている。

 教師、また生徒の一部は旧校舎にたむろする有意義な成果を出さない生徒たちのことを煙たがってはいる。が、積極的に口出しをしたりはしない。言わば諦められた人たちの集まりが旧校舎を根城にする連中だった。

 守田はまず、去年の三年生が卒業したことで潰れた部活がないかを担任に問い合わせてみた。すると、川釣り部が去年の三年生の卒業に伴って廃部していると知り、そのスペースをセイブツ部に使わせてほしいと交渉した。

 教師陣に関しては学生の本分に逸脱しない内容で、ちゃんとした手続きを踏めば認める姿勢だった。ただし、部室や部費に関しては生徒会と交渉する必要があった。

「珍しい動物を探し、捕獲あるいは観察しそれを今後の人生に役立てる部活……ですか」

 現生徒会長、中脇香住は守田が持ってきた申請書を見て呟く。生徒会室には守田と生徒会長と副会長の二年生の黒川奈々の三人だけだった。黒川先輩は守田に見向きもせずに書類仕事を進めていた。

「このセイブツ部は岩田屋高校でなければならない理由は何ですか?」

「随分前ですが、岩田屋町の山でサンダーバードが目撃されたという話を会長はご存知ですか?」

 中脇先輩はやや考える仕草を見せた。その隙に守田は改めて中脇先輩を観察した。長い黒髪で時々目にかかる髪を耳にかける。眼鏡と口元のほくろが色っぽい。落ち着いた大人の魅力と言えば、岩田屋高校では彼女を置いて他にいないだろう。

「昔」と中脇先輩が口を開いた。「教室で話題になった時期があったように記憶しています」

「サンダーバードがもしいるのだとしたら他にも珍しい動物がいてもおかしくありません。それを探したり動植物の生態を観察し現代生活に役立てるのがセイブツ部です」

「なるほど。それなりにしっかりとした理由があるようですね。良いでしょう。ただし、この部員数では部費は出ませんが、よろしいですね」

「大丈夫です。ありがとうございます」

「部活動をするにあたって注意事項については黒川さんから説明を受けてください」

「はい」

 五月十一日にセイブツは正式な部活動として認められた。

 翌日には部室を得て、勇次と共に荷物を運びこんだ。部室と言っても教室を白いパンテーションで四つに区切った内の一つだった。前の川釣り部が残していったのは細い釣竿が一本と古い虫かごが一つと魚を入れる為のチルドボックスだった。セイブツ部と名乗る以上あって困るものではなかったので処分はしなかった。

 勇次は恐ろしい数の図鑑と折りたたみの椅子を持ち込んだ。守田は家で使っていなかった座布団を四つ持ってきた。初日は勇次と駄弁って部活動は終了した。

 次の日、守田は部室にあずきを招待した。

 セイブツ部を設立する中で、可能であればあずきも入部してもらおうという気持ちが強くなっていた。彼女が入部すれば他にも可愛い女の子が入ってくれるだろうし、何より部室が華やかになる。

 これほど素晴らしいことはない。

 あとは部活動と言って休日に集まって皆でキャッキャして遊べばいい。

「ようこそ、セイブツ部にっ!」

「まだ全然入るつもりはないんだけど?」

「そんなこと言って。ゴールデンウィーク明けてから、あずきちゃん一度でも勇次とまともな会話したっけ?」

「貸したハンカチを返しに来た時に喋ったよ!」

「あー唐揚げ泥棒って言われてキレたやつね」

「……っ!」

 当たり前みたいに教室のど真ん中で言い合いを始めた二人を見て、クラスメイトたちが目を丸くして注目した。守田は耐えきれずに一人でずっと笑っていた。それからあずきは勇次に唯一文句が言える女子として祭り祟られることとなった。

「ホント、最悪」

「それは勇次に名前を憶えてもらえていなかったことに? それとも……」

「教室で、あの喧嘩ばかと仲が良い扱いされてるのが!」

「仲良くなりたいんだろ? なら、セイブツ部に入ろうぜ! 気が向いた時に来て勇次と顔を合わせれば名前くらい憶えてもらえるって」

「そこからかぁ」

 と言いつつ、あずきは部室内の置いてあるものを見て回る。チルドボックスの中を開けてみたり、釣竿を握ったり、勇次が持ち込んだ図鑑を開いてみたりした。勇次の図鑑の幾つかは箱本で、あずきがその一つを逆さまにすると大量のエロ本が部室の床に散らばった。

 おそよ学校では見ない肌色の表紙の雑誌たちを前にして守田とあずきの時間は止まった。

 無情にも散らばったエロ本を守田は本能的に観察した。巨乳美女、新妻発情、素人の局部、乳揺れ騎乗位……、アイツ手広いな。

 更によく見るとエロ本の間に写真が挟まっていたらしく、それがあずきのシューズの上に乗っていた。

 今年赴任した辻本凛だった。

 スーツの上からでも分かる巨乳に守田もちょくちょく話題にしていたが、勇次はああいうのが好みなのかと少し意外な気持ちになった。

 あずきが震える手で辻本凛の写真を手に取る。耳の先まで真っ赤な顔には確かな戸惑いがあり、それが徐々に怒りへと移行していくのが見て取れた。あずきの視線が手元の辻本凛から散らばったエロ本とを行き来する。

 なぜ、エロ本に写真が挟まっていたのかをあずきは理解する。

 大人の階段のーぼるー、と守田が脳内で歌う。

 あずきはまっすぐ守田を見て、しばらく唇をわなわなさせた後に「最低っ――!」と叫んだ。

 まったくごもっとも。

 しかし「俺じゃねぇーからな! それ、勇次の私物だから!」と弁解した。

「どっちでもいいよ! 何にしても! 絶対! 断固、入部しないからっ!」

 言うと、あずきは辻本凛の写真を放り出して、さっさと部室を出て行ってしまった。守田は一人エロ本と共に取り残された。とりあえず、窓に向かって手を合わせた。

 ごめん、勇次。あと、ありがとう。エロ本を見つけた時のあずきちゃん超可愛かった。あれだけでセイブツ部、いや“性物”部を作って良かった。

 守田は翌日、勇次にお礼として辻本凛似のAVを貸してやった。勇次は面喰っていたが、付き返しては来なかった。このお年頃め。


 ◯


 多数存在する岩田屋高校の部活の幾つかには活動時期が限定されたものがある。その一つが水泳部だった。岩田屋高校のプールは外にあるので、プールが使用できるのは暑い時期のみに限られた。

 プール開きが行われた当日から水泳部は活動を開始し、その中に田中あずきの姿があるのを守田は見逃さなかった。水泳部の一人に話を聞いてみると、生徒会副会長にして水泳部の部長、黒川奈々があずきを直々に誘ったらしかった。

 あずきは助っ人という形でそれを了承した。何でも田中あずきの姉、田中友香は県内でも有数クロール選手で、あずきは幼少期に姉と共にスイミングスクールに通っており、そこで黒川奈々と面識を持っていた。

 へぇ、なるほど。

 と守田はプールの金網越しにあずきの姿を観察した。ガールズバンドのギター、ボーカルで水泳も得意。なんだか出来すぎな感じだったが、優秀な人間というのはそういうものだという認識が守田の中にない訳ではなかった。

 あえて、欠点を探すとすればあずきは勇次を好きだということだ。教室でもなぜあずきが勇次をと話題になっているのかを男子女子問わず聞いていた。

 まぁ、事情を知らない人間からすれば不思議で仕方がないだろう。守田もただのクラスメイトなら疑問符でいっぱいだったはずだ。

 水泳部の練習は休憩に入ったらしく、部員全員がプールからあがり談笑しながら飲み物を飲んだりタオルで体を拭いたりしていた。守田の存在に気付いて、あずきが近づいてきた。あずきが歩く度にコンクリートの地面に濡れた足跡がついていく。

「なに見てんのよ。スケベ」

 あずきは勇次のエロ本の件があってから守田にも勇次にも冷たい。当然それくらいでへこたれる守田ではなかった。

「芸術品のような美しさでしたよ」

「大げさすぎて、意味が分からない」

 あずきの髪は水で濡れていてタオルでそれを拭いていたが、前髪から僅かな雫が落ちるのが分かった。

「そう? じゃあ具体的に、プールから出てきた時の姿とずれたスクール水着の直す仕草が最高ですっ!」

「結局、そーいう話じゃん!」

「まぁね。男の子なんで」

「男子、最低ぇ」

「まぁまぁ、そー言わずに。今日がアイツの誕生日だって教えてあげたろ?」

 あずきは守田が手にしている金網の横に背を預けて「それは、その、ありがと」と言った。

 守田の位置からではあずきの表情は分からなかったが、間違いなく顔を真っ赤にしていただろう。六月十六日、本日が中谷勇次の誕生日だった。あずきが勇次にちゃんとプレゼントを渡したのかどうか心配だったが、この様子なら大丈夫そうだ。

 ちなみにあずきと勇次はもう付き合っているのかも知れない、とクラスメイト達は疑っていた。勇次は姉と生活しているためか、女子との距離を縮めるのを心得ていて六月に入ってから彼はあずきのことを呼び捨てするようになった。その度に、あずきは怒ったような顔をするが、勇次が去った後に俯くのを守田は見たことがあった。

 あずきのそんな仕草を見るとこっちが照れてしまう。恋する乙女は何をしても可愛いから卑怯だ。

 とはいえ、守田から見れば彼らが付き合っている可能性はゼロだった。勇次はあずきに好意を寄せられていることに未だ気づいていないだろう。

 理由はただ一つ。アイツがびっくりするくらいの馬鹿だからだ。

「ねぇ」とあずきが言った。

 なに、と守田が答えた。

「勇次ってお姉さんと二人暮らしなんだよね?」

 少し躊躇はあったが、嘘をつく訳にはいかなかった。

「そうだよ」

「守田くんは事情、知ってるの?」

 なんの? とは言わず黙った。

 誤魔化しても良い、と守田は思った。

 プールから上がったばかりのあずきはタオルで体を拭いていても濡れている。体が金網に接しているので先ほどからぽたぽたと水滴が伝ってきている。

 なんかエロいね、と言って金網を舐めれば良い。必ずあずきは顔を真っ赤にして怒るだろう。そうすれば勇次の家族の話をせずに済むかも知れない。

 けれど、守田はそうしなかった。

「知ってるよ」

「亡くなってるの?」

「そうだよ、どっちも。母親が先で、父親がその後に勇次が十歳くらいの時に仕事で」

「そっか」

「あずきちゃん。まさかとは思うけど、アイツのこと可哀相とか思ってねぇよな?」

 僅かな沈黙の後「思ってないよ」とあずきは言った。「人それぞれ、事情はあるから」

「あるな、事情」

「うん」と一人頷くと「だから、可哀相なんて思わない」と言った。そして「ありがと、守田くん。あんまり覗きとかしちゃダメだよ。じゃあね」

 言って、あずきは振り返ることなく水泳部のメンバーへと混じっていった。守田は勇次の両親について一つ言わなかった事実があった。

 勇次の母親の命日は今日、六月十六日だった。

 それは勇次が母親の命と引き換えに生まれたことを意味した。勇次はもしかすると一度だって自分の誕生日を心から喜んだ記憶などないのかも知れない。

 しかし、何にしてもあずきはちゃんと勇次の誕生日を祝った。そこに可哀相などといった同情はなかったはずだ。それで良いし、そうでなければいけないと守田は思う。

 事情は人それぞれにある。勇次にもあずきにも守田にも。その事情によって誰が幸せで、誰が不幸かなんて考えるだけで不毛で無意味だ。

 俺が笑っていること。

 あずきに正義を尋ねられた時に答えた言葉。その通り。守田裕が笑っていれば家族は笑ってくれる。可能なら周囲にいる勇次やあずきもまた笑ってくれれば良いと、心のどこかで甘っちょろいことも考える。

 ひとまず本日、守田は自分がスクール水着姿の女子を見ると笑顔になることを知った。

 次はあずきちゃんのビキニが見たいな! 

 あえてビキニを着て恥ずかしそうに小ぶりな胸を気にするあずきちゃん。最高だ。ビキニってことは海かプール、プライベートな時間だ。ということは一人ではないだろう。眠る少女のメンツと一緒! 脱いだら絶対に凄い深水葵、そして、ショートカットのクソカッコイイドラムを叩く三年生の先輩。

 桃源郷かな?

 守田裕の夏の目的が決まった。

 眠る少女の水着姿を見ること。そのためにセイブツ部を作ったと言っても過言ではないし、何なら岩田屋高校に入学したのもそのためだったのだ。

 よし、そうと決まれば計画を練らねばっ。

「あれ、守田くん? どーしたの?」

 声をかけられて振り向くと宮内浩が立っていた。

「よぉ。今帰り?」

「うん、そう。守田くんは?」

「あずきちゃんのスクール水着姿を拝んでた」

「それはまた」

 そう言えば、と守田の中で思い出すものがあった。浩はいつの頃からか深水葵、田中あずきと教室で親しく喋るようになっていた。確かあれはセイブツ部の入部を断って来た後くらいだった。理由は「ちょっと他にすることができたから」。

 意味深な言い方だ。

 浩は特に深水さんと仲が良い。信頼関係が築けている感じだ。他にすることと言うのが、深水との恋人関係を結ぶことだったなら彼女の豊満な胸は浩の手によって揉みしだかれたことになる。

 けしからんっ! 俺にも分けてほしい。

 浩が深水と付き合っているのなら、いや、そうでなかったとしてもあの二人に近い彼なら仲間に引き入れておいて損はない。守田裕プロデュース桃源郷大作戦(仮)に。

「宮内浩様っ! お話があります!」

 浩がまた何か変なこと言ってるなという顔で守田を見た。


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