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絶望人生にさようなら、人間にして魔王に転ず。  作者: 御歳 逢生
第二章 極寒の王国~ハイランド王国編~
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第二十七話 崩れる砦、揺らぐ白の誓い


空気が張り詰めていた。

黒と白、獣と人。

相容れぬ象徴が、次の一瞬で相殺されるのを、誰もが予感していた。


陰獣(インベリアル)》が唸り、空間を喰らうように前進する。

地面に触れるたび、影が増殖し、まるで影の地形そのものが拡張されていく。

その異常性は、まさに空間生物災害、次元の獣。


「危険値、極限突破。対象、存在抹消レベル。」


エルドリックの周囲に展開された氷剣たちが、魔力を帯びて浮遊する。

彼の眼前に、絶対の守りが築かれた。


まるで剣の盾。


「……それでも、止める。」


言葉ではなく、宣言だった。


エルドリックが前に踏み出す。

影が地を這い、牙を剥いて飛びかかる。

だがその瞬間、氷剣が連鎖爆裂するように魔力を解放し、闇を焼き尽くすように砕いていった。


「やるな……!」


オべリスが舌を打つ。


陰獣(インベリアル)》はすでに捕食態勢に入っていたはず。

それすら読み切り、エルドリックは動いた。

その冷静さ、精度、無駄のなさ。

“白の砦”の異名は伊達ではなかった。


「でも、君は読み過ぎた。」


オべリスの背後にあった影が、突然裏返る。

まるで影の中に別の空間が潜んでいたかのように。


「……裏式、《黒葬機(ネクロスペクトル)》。」


陰獣(インベリアル)》の本体はすでに空間の裏側に転移していたのだ。

影によって形成されたもうひとつの座標空間から、同時に現れ、後方からエルドリックに襲いかかった。


エルドリックの瞳が、初めてわずかに揺れる。


「……!? 後ろから!?」


──ドォン!!


巨体がエルドリックを呑み込んだ。

影が爆ぜ、世界が軋み、力と力がぶつかり合う轟音が、空を震わせた。


ナコビが息を呑む。


「……やったのか!?」


しかし。


影の中心から、冷気が噴き上がる。


「否。まだだ……!」


エルドリックが、まっすぐに歩み出てきた。


鎧は裂け、頬には切創。

だが、その目に敗北の色はない。

むしろ、過熱した演算が戦闘力を高めているようだった。


「限界値を突破。……次は、こちらの番だ。」


エルドリックが振りかぶる。

その刃に宿るは、空間断絶の魔術、《零の断層》。


「オべリス様! 避けて!!」


ナコビが叫んだ瞬間、エルドリックの剣が振り抜かれた。

一瞬にして空間が裂け、時間が一時停止したかのような静寂が訪れる。


その中で、オべリスが笑った。


「面白い。ようやく君の本気が見えた。」


彼の体が光に包まれる。

影の呪が剥がれ、中心核が露わになる。

それはただの魔力ではない。人間だった頃の核心、オべリスの記憶が力に変わる。


「でもね、エルドリック王。僕は人間を捨てたんじゃない。」


漆黒の力が、彼の掌で渦巻く。


「人間だったものすべてを、僕の魔に変えたんだ。」


そして放たれる、最後の一撃。


「これが僕の決断だ。《全影解放(アストラルブレイカー)》!

 僕が歩んできた闇、そのすべてが君を貫く。」


彼の影が全方位に展開され、世界の輪郭ごと斬り落とすような一撃が放たれた。


世界が震えた。


崩れるエルドリック、揺らぐ白の誓い。


その一撃は、空間そのものを蝕むように、エルドリックを中心に広がった。

エルドリックの周囲に形成されていた氷の結界が、一枚、また一枚と砕けていく。

砕けた破片は空間の断層へと吸い込まれ、音もなく消滅した。


「……これは、対概念兵装か……?」


エルドリックの声に、初めて僅かな困惑が混じる。


彼は今、受けたのだ。

肉体への攻撃ではない。存在そのものに対する否定を。


「君の鎧は確かに硬い。でも、信じていた現実の上に立っている限り、それはもろい。」


オべリスが一歩前に進み出る。

影が彼の足元を巻き、重力すら塗り替えるように広がる。


「君は壁であろうとした。でも、壁は立ち止まったものに過ぎない。」


エルドリックの甲冑が音を立てて軋む。

身体の芯から、異音が響く。


「俺は……止まってなどいない。俺は……ただ、護ると誓っただけだ……!」


一歩、エルドリックが踏み込む。

だが、その動きはすでに重い。

影が鎖のように絡みつき、動作を鈍らせる。


「その誓いが尊いのは認めよう。でも、時に誓いは呪いに変わる。」


オべリスの手が静かに掲げられる。


「君が背負っているのは、もう君だけの意志じゃない。」


影が、呪が、そして《陰獣(インベリアル)》が、ひとつとなり、エルドリックを包み込む。


そのときだった。

エルドリックの瞳が、一瞬揺れた。


「……もし、お前が……。」


エルドリックが口を開く。

その声は、小さく。だが、確かな人間の声だった。


「……俺のような者の“呪い”すら……救うと、言えるのか……?」


オべリスの動きが止まった。


沈黙の中。

風が吹き抜けるように、魔力が一度だけ揺れる。


「救う……なんて、おこがましいよ。」


それは否定でもなく、肯定でもない。


「でも僕は、君の止まり方が……気に入らなかった。ただそれだけさ。」


黒衣の裾が揺れ、魔力が消えていく。


エルドリックの剣は、下ろされたまま、もう動かない。


「……俺は、敗けたのか……?」


砕けた氷片の中に、わずかに震える指先が見えた。

それは、自我ではなく、忘れていた感情が触れた証だった。


「いや、まだだよ。君がもう一度歩くなら……その時、君は砦ではなく、剣になる。」


オべリスの最後の言葉が、エルドリックの鎧の奥に静かに響く。


そして、戦いは終わった。


お読みいただきありがとうございます。


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