第二十六話 対極の臨界点
閃光が走った。
それは音速の衝突だった。
黒の焔が螺旋を描いてエルドリックの剣を包み、白の刃が空気の膜を裂いて魔力の核を穿とうとする。
空間は飽和していた。
火も、氷も、時間さえも。
だが、均衡はわずかにエルドリックへ傾いた。
「読みが早い……これは……防御の形ではない、精密な誘導か!」
オべリスが一歩、後退する。
エルドリックの剣が連撃となって襲いかかる。
音がない。だが確かに死の気配が連打されていた。
まるで、刃が空間そのものを最短距離で計算し、切り結ぶ最適解を自動で叩き出しているような。
「まるで、戦いを既に体験済みかのような動き……。」
オべリスの内心が、冷たい焦りを帯びた。
エルドリックの斬撃が肩にかすめる。
黒衣が裂け、赤い線が浮かび上がった。
オべリスが後退し、空を蹴る。再び虚空へ。
瞬間、エルドリックもまた跳んだ。
「跳躍速度、記録済み。予測追撃──発動。」
エルドリックの目が、わずかに光った。
その瞳は、人の“感情”ではなく、完全なる計算式だった。
「……まさか、これが……記憶転写兵。」
オべリスが息を整える。
その声は低く、静かだったが、深い底から震えていた。
「一度交えたすべての剣戟を記憶し、修正する。まるで、神の加護のような能力……。」
だが、そう呟いた瞬間だった。
──ザシュッ。
再び、左脇腹を抉る鋭い痛み。
エルドリックの剣が、またも見えぬ角度から迫っていた。
「これでは、初見で勝つことが前提の俺には分が悪いな……。」
わずかに笑みを見せたオべリスが、目を細めた。
「ならば──何度も初見を作り出すしかない。」
次の瞬間、地面から、無数の“黒い柱”が突き上がった。
それは魔印の連結によって生まれた、オべリスの第二段階《深影》。
空間に穴が開いたように、柱のごとき影が蠢き、エルドリックの剣筋を阻む。
「複雑化された戦場……? 動作制限、わずかに発生……。」
エルドリックが僅かに遅れたその一瞬を、オべリスは見逃さなかった。
回避と同時に影の中へと潜り、次に現れたのはエルドリックの死角。
「……影より、死角を刻む!」
黒の刃が横薙ぎに閃いた。
刹那、エルドリックの肩口から血が舞った。
ほんの僅か、だが、確かにエルドリックの装甲が裂かれていた。
「傷……! ついた……!」
ヤゴリの叫びが、緊迫した空気を一気に破った。
「魔王様が……白の砦を斬った……!」
ナコビもまた、信じがたいものを見るような目で戦場を見つめていた。
けれど、その歓喜は長くは続かない。
エルドリックは無言のまま、自らの傷に指をあて──そのまま、黒い気のようなもので傷を塞いだ。
「記録、補正完了。次回、同位置における防御を最適化。」
それは、失敗を二度と繰り返さないという宣言だった。
「これは……時間との勝負になるか。」
オべリスが低く、息を吐いた。
「君は記録する兵……なら、記録しきれない速度と量で、演算そのものを壊す。」
黒き翼が広がる。
背後の闇が、まるで夜空全体を巻き込むように広がっていく。
「もう少し遊ぼうか、エルドリック王。」
その声音は静かに、だが確実に、戦いの第二幕を告げていた。
記録不能領域 影を超える閃光。
黒き翼が天を裂いた。
オべリスが上空に跳び、魔力の濁流を編むようにして宙を滑る。
それは滑空でも浮遊でもない。空間の概念ごと、足元に再定義を刻む異常な動きだった。
「跳躍法則──解析不能。」
エルドリックの無機質な声が、はじめてわずかに滞る。
その剣先が、一瞬だけ空を見た。計算でも、記録でもなく、本能に近い動きだった。
「よし、狙い通り。」
オべリスはすでに次の一手を展開していた。
彼の周囲に広がる影の軌道、それは攻撃ではなく、「演算妨害」のために設計されたものだった。
「戦うってのは、手を出すことじゃない。読み合いで壊すことだ。」
影が一斉にエルドリックへ伸びる。
その一本一本が“異なる攻撃パターン”と“異なる軌道”を記録不能な速度で繰り返し襲う。
「予測不能領域。補正停止。」
エルドリックが一瞬、停止した。
まるで思考が一コマ遅れたかのような、機械のような沈黙。
だが。
「……それでも、我は砦。」
その瞬間、エルドリックの足元から氷の結界が展開された。
それは物理的な防御ではない、空間そのものを停止させる術式。
「なっ……!」
オべリスの動きが止まる。
「時間断層……!」
エルドリックの剣が、空間の裂け目を踏み越えた。
すべてを無視する直線の斬撃。
影も、魔力も、意志すらも、ただ貫く。
──ズバァン!!
爆ぜたのは空だった。
エルドリックの剣が通過した後、遅れて天が裂け、星の光が飲み込まれてゆく。
オべリスの黒衣が大きく裂け、頬を切る一閃が血を弾く。
「はは……すごいな、本当に戦闘に特化した人間だ。」
だが、オべリスの瞳は揺れていなかった。
「ならば、こちらも特化で応える。」
静かに右手を掲げる。
刹那、戦場の空気が反転した。
重力すらねじれるような異様な圧力。
地の奥から蠢くように、第二魔印陣が発動した。
「これが、魔王としての僕の本領。」
幾何学の狂騒。
空間に刻まれた光と闇の線が、重なり、歪み、やがて巨大な影の獣の形を成す。
「……《陰獣》。」
巨大な黒の四足獣。翼は持たず、ただ虚空を這う影の権化。
その目は空虚。口は無言のまま、世界そのものを喰らう。
「見ろ、エルドリック。これは僕の感情だ。
君が棄てたそれを、これから喰らわせてやる。」
エルドリックが剣を構え直す。
「大型召喚──破壊対象認定。」
その瞬間、エルドリックの背後に氷柱が十数本、剣のように浮かび上がった。
「……やる気だね。」
オべリスが呟く。
黒の獣とエルドリック。
魔と人の象徴が、真の意味で交差しようとしていた。
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