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絶望人生にさようなら、人間にして魔王に転ず。  作者: 御歳 逢生
第二章 極寒の王国~ハイランド王国編~
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第二十五話 黒焔と白の砦


――ハイランド城。


燃えるような黒の魔力が、夜の空間を侵食していた。

裂けた空から現れたその影は、言葉を持たずして場を制圧していた。


「オべリス……様……!」


ナコビが思わず声を漏らす。

その声音には、驚きと共に、どこか、救われた安堵が宿っていた。

あの絶対的な存在が来たという事実だけで、

この地獄のような状況に光が差し込んだ気がした。


「三人ともご苦労様。よく頑張ったね。」


ヤゴリ、メザカモ、ナコビ。

誰一人、異を唱えなかった。

否、唱えられなかった。

あまりにも“濃い”魔力の気配が、彼らの鼓動を縛っていた。


「……貴様、何者だ!?」


白の砦。

無表情のその目が、静かに黒衣の男を捉える。

それは、獣のような警戒でも、戦士のような敬意でもない。

ただ、任務を遂行するために目の前の敵を排除するという、

感情を削ぎ落とした意思だった。


だが、オべリスは何も言わない。

静かに、白の砦と向き合ったまま、視線すら動かさず、こう告げた。


「ここはいいよ。こいつは、僕が殺すよ。」


白の砦が、ようやく言葉を放つ。


「魔王か。……思ったよりも小柄だな。」


その声は侮辱ではなかった。

ただ事実を述べただけの、無感情な音だった。

だが、それだけで空気が張り詰めた。


「君こそ、砦と呼ばれているわりには、動いているね。」


オべリスの返答は、まるで冗談のように軽い。

だが、白の砦の眉がわずかに動いたのを、誰かが見逃さなかった。


「そちらから来るか?」


白の砦が剣を引き抜いた。

月光を拒む黒鉄の刃が、ゆっくりと空気を裂く。

その一挙手一投足に、重力がかかるかのような重さがあった。


「悪いけど、君を見逃すわけにはいかない。

 ……この子たちが、希望を手にしたばかりだからね。」


オべリスの指先に、漆黒の魔力が灯る。

それは炎のようでも、影のようでもなかった。

ただ“重く、深く、抗いがたい力”がそこにあった。


「君が壁を名乗るなら、僕は、それを越えるだけだ。」


そう告げた瞬間、地面がわずかに揺れた。

何も起きていない。ただ、視線と意思だけで、世界が軋んだ。


オべリス。

白の砦。

二人がここに初めて交わる。


嵐のような戦いが、いま始まろうとしていた。


空気が震えていた。

それは音ではなく、存在の圧が世界を震わせていた。


オべリスの指先から放たれた黒の魔力が、

まるで意思を持つ触手のようにうねり、地を這う。


白の砦は動かない。

動かぬことで世界を制する者。

彼の立ち姿には一分の隙もなかった。


「……来い。」


その一言で、オべリスは虚空を蹴った。

足場のない空間に力を刻み、瞬時に間合いを詰める。


「速い……!」


メザカモが思わず声を上げた瞬間、黒き刃が閃いた。

魔力を固めた刃、オべリスの“影剣”が白の砦の首元へ突き出される。


が、斬撃の直前。

砦の剣が、音もなくそれを受けた。


まるで予知のごとき動き。

まるで止まっていた時間を、ほんの一瞬だけ動かしたかのような隙のなさ。


「読まれた……?」


オべリスの瞳が、わずかに驚きの色を帯びる。

白の砦は淡々と返す。


「動きが直線的だ。魔族にしては、随分と人間臭い。」


「君は……人間にしては、ずいぶんと感情が薄いね。」


ふたりの剣戟が重なるたび、空気が震える。

一太刀、一突き、すべてが致命に直結する殺意の交差だった。


だが、戦場の中央に立つ二人は、決して“激情”に呑まれなかった。

それが、彼らが“頂点”に立つ所以だった。


オべリスの背から、漆黒の翼が顕現する。

魔王の象徴ともいえるその力が、夜空に影を落とす。


「さて、終わらせようか。」


囁くように、オべリスが呟いた瞬間。

オべリスの足元から黒く燃え盛る焔が蠢き、紋章が空間に刻まれる。

紋章はまるで生きた闇の龍のように絡みつき、光を吸い込みながら激しく揺らめく。

燃え盛る焔は触れるものすべての温度を奪い、冷たくも熱い異質な力を放つ。


「……魔印の展開速度、予想を超えた。危険信号発令。」


白の砦は素早く剣を抜き放ち、その周囲に氷の刃が形成された。

冷気が鋭く空気を切り裂き、静謐と嵐が同居する瞬間だった。


黒の焔と白の氷。

激情と静寂の境界線で、命が震える。


互いの声が震え、戦いの合図となった。


「オべリス、我は魔族の主。」


「砦でなく、ただの王として斬る。我が名はエルドリック王、このハイランドを守るものだ!」


白の砦はハイランド王エルドリックだった。


「っ、今なんて……!」


ナコビが声を詰まらせる。


「エルドリック……王……? それって……!」


メザカモの剣先が、わずかに揺れた。

王国最深部にいるはずの王が、最前線に? それも、“白の砦”として?


交差する刃の軌跡が、空間を割き、時空さえも揺らした。


衝突の瞬間、時の流れが歪むほどの魔力と剣気が交差する。

オべリスの魔力は黒と紫の軌跡を描き、まるで次元そのものを斬り裂くような鋭さで空間を駆ける。

それに応じるように、エルドリックは一歩も退かず、淡々と剣を振るい、軌跡をすべて無に返す。


「は……。」


メザカモが思わず声を漏らす。


「魔王の力が、通ってない……?」


否。通っていないのではない。

エルドリックは理解していくのだ。一撃ごとに、反応速度がわずかに増し、対処の精度が洗練されていく。


「……なるほど、記録する剣か。」


オべリスが低く呟いた。


その言葉が意味するのは、エルドリックが戦いの中で進化する存在であるという事実。

自我の代わりに、無数の戦闘記録。感情の代わりに、絶対の命令。

人間でありながら、人間ではない。


「だったら……おまえの記録に、私の名を刻んでやるよ。」


その言葉とともに、オべリスの指先から黒焔の波が放たれる。

詠唱は不要。

視線ひとつ、指先の動きひとつで、複数の術式が重なるように展開されていく。


一方、エルドリックも、ただ無言でそれを斬る。

正確無比な剣撃、まるで機械のような応答。

オべリスの放つ術の構成を即座に把握し、無詠唱のまま切断、断絶、遮断。

その刃は、理屈より先に結果を叩きつけるものだった。


──轟音。


衝突のたびに、周囲の地形が変わる。

ハイランドの山肌が削れ、エルドリックの一部が崩れ落ちる。

ただの戦闘ではない。破壊と均衡の応酬だ。


それでも。


「面白い。」


オべリスの目が笑った。


強敵の前で、笑う魔王。

彼の視線はまっすぐにエルドリックへと注がれ、その奥には冷酷な好奇心すら宿っていた。


エルドリックは反応しない。

しかし、明確にその動きに変化がある。

たった数十秒の交戦だけで、オべリスの攻撃パターンを“記録”し、対応可能な変数へと再構築していた。


「無感情ゆえに、怖いね。……だが、それはただの機構だ。」


再び魔力の螺旋がオべリスを包む。

闇色の術式が、魔法陣としてではなく紋章として空間に刻まれていく。


「じゃあ、こちらも実験といこうか。」


不敵な笑みを浮かべ、魔王は本気への扉を開け始めた。


お読みいただきありがとうございます。


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