第十八話 ハイランド城
——王宮執務室。
夜の王宮執務室は、緊迫した空気に包まれていた。
重厚な石造りの壁には国旗が翻り、中央には威厳ある玉座に座る王エルドリックがいた。
脇には重臣ローガンがひっそりと控え、険しい表情を浮かべている。
「陛下、魔族の宣戦布告は間違いありません。山の向こうより、国中に響き渡る声で、あの魔族たちの意志が示されました。」
ローガンの声は低く、しかし確かにそこに緊迫が宿っていた。
エルドリックは沈黙のまま、重く閉じた拳を緩めることなく玉座に腰かけていた。
「魔族が声を上げたか……。」
その声は冷静でありながらも、王としての誇りが滲んでいた。
「魔族たちが……かつて幾度も我が王国を滅ぼさんと侵攻し、幾多の魔王を送り込んだ相手だ。
荒廃し、捕虜も数多い今なお、我らに戦端を開くとは。」
その声は重く響き、王の心の奥に燻る複雑な感情をにじませていた。
「王国の騎士たちにはすぐに準備を命じ、全軍に戒厳令を発布します。
国民には不安が広がっておりますゆえ、できる限りの統制を。」
ローガンは王の言葉に従い、すぐさま廷臣たちへ指示を飛ばした。
廷臣の中には動揺の色を隠せぬ者もいた。
長年平和を享受してきた王国の民にとって、魔族との全面戦争は未曾有の試練である。
だが王は揺るがなかった。
「我が国はこの危機を乗り越える。騎士たちの誇りと民の覚悟があれば、必ずや勝利は我らにある。」
側近の大臣ローガンが厳しい表情で口を開いた。
「陛下、捕虜の監獄からの異常な動きの報告も増えています。どうやら地下牢で魔族たちの間に何かが起きているようです。単なる偶発的なものではないでしょう。」
エルドリックは深く息を吸い込み、机に拳を押し付けた。
「……捕虜たちは厳重に監禁されている。だが、どんなに鎖をかけても、心まで縛ることはできぬ。
油断すれば、彼らの怨念は火のように燃え上がる。」
彼の瞳には、過去の幾多の戦いの記憶が走馬灯のように浮かんでは消えた。
ローガンは言葉を継ぐ。
「騎士団には命令を下し、国境防衛を固めております。民もできる限りの備えを始めている。」
エルドリックは顔を上げ、厳しい決意を込めた。
「士気を保つことが何より大事だ。騎士たちに山の誇りを思い出させ、未来を信じさせなければならぬ。すぐに私も訓練場へ赴こう。」
***
翌朝、王国の広大な騎士団訓練場は朝もやに包まれていた。
ハイランド王国は山岳地帯を開拓しており、万年厳しい冬の寒さに包まれていた。
荒涼とした岩山と深い谷が連なり、白い雪が静かに積もる。
訓練場には、王国の誇る騎士団が配備されている。
騎士たちは重い鎧を身にまとい、剣を磨き、馬にまたがる。
冷たい風が頬を刺す中、彼らの表情は引き締まっていた。
若き騎士たちは冷たい空気に顔を引き締め、剣を抜いて隊列を組んでいる。
騎士長ダリウスが軍旗を高々と掲げ、力強く声を張り上げた。
「山の誇りよ! 祖国の刃よ! 我らはこの地を守る盾なり!
どんな闇が来ようとも、この剣で切り裂くのだ!」
団長の声が静かな訓練場に響く。
周囲からは士気を鼓舞する咆哮が響く。
若き騎士アランは剣の柄を握りしめながら、仲間たちの顔を見た。
「これが俺の戦いだ。守るべき人々がいる。絶対に負けるわけにはいかない。」
隣の騎士、エリックが小声で言った。
「奴らは過去の戦いで敗北したが、今は捕虜として管理されている。
だが油断は禁物だ。俺たちの連帯こそ、勝利の鍵だ。」
アランは頷き、胸の奥から燃え上がる決意を強くした。
***
——王国の地下牢では。
そこにはかつて捕らえられた魔物たちが、薄暗い鉄格子の中で身を寄せ合っている。
絶望と焦燥が入り混じる空気の中、彼らはただ時の流れを待つばかりだった。
「いつか……この鎖を断ち切る時が来るのか?」
一匹の魔物が囁く。
だが、仲間たちは小さな希望を絶やさず、互いに励まし合っていた。
彼らの中には情報を密かにやり取りし、隠された脱出経路を探る者もいた。
「諦めるな、自由は必ずや訪れる。」
一人が静かにそう言った。
***
また、王国の各地には魔物の味方が潜んでいた。
闇に紛れる森の奥深く。
彼らは人知れず連絡を取り合い、捕虜たちに希望の知らせを届けていた。
「動きは鈍いが、風向きは変わりつつある。」
潜伏する魔物の一人が小声で話す。
黒い羽根を持つ魔族のヴァレックは険しい表情で仲間たちに告げた。
「王国の動きは察知した。捕虜解放の準備を急げ。これが我らの反撃の始まりだ。」
仲間たちは緊張と期待が入り混じった表情で頷いた。
「我らの未来を賭けた戦いだ。暗闇の中で光となり、絶望を切り裂くのだ。」
ヴァレックは鋭い眼差しで前方を見据えた。
「油断は許されぬ。勝利は我らの手中にある。」
王国に潜む魔物たちの存在は、まさに影のように静かでありながら、強い意志を秘めていた。
今まさに、反撃の時が近づいていることを彼らは知っていた。
自由の鐘が遠く鳴り響くその日まで、決して諦めはしない。
***
——再び王宮執務室。
王エルドリックの玉座は冷たいが、王の胸に燃える火は消えてはいなかった。
この宣戦布告が意味するものは、国の存亡を賭けた大いなる戦いの幕開け。
騎士たちの誓い、捕虜たちの希望、そして潜む仲間たちの決意が絡み合い、王国の未来を揺るがす。
エルドリックは重苦しい面持ちで言葉を紡いだ。
「この戦いは単なる武力の争いではない。王国の魂、山の誇りをかけた戦いだ。民の未来を守るため、全てを賭ける覚悟で挑むのだ。」
ローガンが静かに文書を片付ける中、王の瞳には強い決意が燃えていた。
「春は必ず来る。その時、我らは胸を張って故郷の地を歩けるようにしよう。」
窓の外には険しい山々が静かに佇み、その言葉を見守るようにそびえ立っていた。
長き冬の戦いが、今まさに始まろうとしているのだった。
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