第十六話 宣戦布告~灰より起つ者たちへ~
「ルーデン。地下8階層へと皆を集めてほしい。」
「御意。」
大地の奥底。
地下8階層 環中宮。
そこは魔王城ヴェルグラス・ドムハインの核であり魔王オべリスの王間。
灰白の石柱が円環を描き、床に刻まれた呪印は脈動するように蒼く明滅している。
壁も天井も存在せず、ただ虚空が広がり、中心にただ一つの黒き王座。
そこに、魔王オべリスが座していた。
彼の姿は常に、見る者によって異なる。
神の面影を映す者もいれば、影の塊にしか見えぬ者もいた。
だがすべての者に共通する印象はひとつ。
『絶対なる存在』
王座の下に、円環を囲むように集う影があった。
ルーデン、ゴブリン、ヤマ、ヤゴリ率いる雷狸族、ナコビ率いる狐火族、メザカモ率いる雹狼族が集まった。
静寂の中、空間がわずかに震える。
そして、オべリスが発声した。
その声は、耳ではなく魂に響くもの。
空間そのものが言葉となり、すべての者の思考へと直結する。
「時は、満ちた。」
その言葉だけで、膝をつく者が何人か、身を震わせた。そして、空気が凍る。
「人間たちは、忘れた。我らがいかなる存在かを。いかに血を流し、いかに静かに、耐えてきたかを。」
王座のまわりの光が影に変わる。
オべリスの指先が、わずかに動いた。
空間が裂け、魔力の潮流が天井のない空へと逆巻いてゆく。
「これより人間国へ宣戦布告するとともに、かつて戦った同志たちに向けて声を轟かせる。そして捕虜となっている同志たちを解放するのだ。」
五つの人間国、ハイランド、ナグローツ、スカレモナ、デンベルク、ルベルモン。
すべてに、魔王の意志が届く準備が整っていた。
誰ひとりとして、それに異議を唱える者はいなかった。
「我らは沈黙を守った。だがもう、守るべきものはない。これは生存のための戦。
滅ぼすことではなく、証明するための戦。我らが、在るということを。」
その意志は、今、確かに動き始めた。世界は、目覚めさせられる。
それが、望みかどうかを問う暇も与えられぬままに。
空は静かだった。
どこまでも高く、灰色の雲が大陸を包み、誰一人としてその違和感に気づかぬほどに、穏やかだった。
だがその空に、ひとつ、亀裂が走る。
黒と白と、音のない閃光。
世界の天頂が裂け、ふたりの影が降り立つ。
それは人間の目に映ることを意図されぬ存在――
テンジョウと、コクジョウ。
魔王オべリスの召喚によって呼び出された、空を駆ける魔の双翼。
その姿はあまりに異質で、あまりに美しかった。
音が空気を裂く。振動が風へと変わる。ふたりの声が、世界へと放たれた。
「『テンジョウ』、『コクジョウ』いるかい?」
「はい、ここに。」
太陽が圧縮されたかのような皿の上に座っている『テンジョウ』と、菊の花の上に座っている『コクジョウ』が陰から現れた。
「御意。」
すぐさま2人は天空に飛んだ。
空は静かだった。
どこまでも高く、灰色の雲が大陸を包み、誰一人としてその違和感に気づかぬほどに、穏やかだった。
だがその空に、ひとつ、亀裂が走る。
黒と白と、音のない閃光。
世界の天頂が裂け、ふたりの影が降り立つ。
それは人間の目に映ることを意図されぬ存在。
『テンジョウ』と『コクジョウ』、空を駆ける魔の双翼。
その姿はあまりに異質で、あまりに美しかった。
音が空気を裂く。振動が風へと変わる。ふたりの声が、世界へと放たれた。
「聞け、人の子らよ!」
天空に立ち、烈火の如く『テンジョウ』が叫ぶ。声が雲を弾き飛ばし、山脈を揺らす。
「忘れたか、かつて誰がこの大地を耕し、夜を守り、風に祈ったか。
誰が森を癒し、谷を繋ぎ、星を数えていたか。」
次に口を開いたのは『コクジョウ』。落ち着いた、鋭い声。
「貴様らは語らなかった。封じた。火を盗み、名を奪い、神を気取った。
今、魔王は沈黙を破る。オべリスの御名において、五国に告ぐ。」
声は、風に乗り、雷を従え、大地の端から端へと放たれた。
ハイランドの聖騎士団の本営では、衛兵が耳を押さえて膝をつき、
スカレモナの学舎では、魔導師たちが震えるペンを落とす。
ルベルモンの広場では、市民たちが祭りの鼓笛隊の演奏を止め、ただ空を仰いでいた。
「貴様ら人間は、魔族を滅ぼしたと思っているだろう。
けれど我らは生きていた。穢土に咲く黒蓮のように、傷を舐め、夜を超えて。」
『テンジョウ』の目が赤く燃え、叫ぶ。
「今ここに! 魔王の御名のもと、我らは立ち上がる!
五つの王国。ハイランド、ナグローツ、スカレモナ、デンベルク、ルベルモン!
すべての人間国家に、宣戦を布告する!!」
空が割れ、風が叫び、世界が沈黙した。
その静寂を裂くように、『コクジョウ』が再び響かせる。
「これは呪いではない。贖罪を求める裁きでもない。
これは、生存のための戦いだ。存在を、存在のまま許さぬ貴様らに、我らは一歩も退かぬ。」
そしてその言葉と共に、魔王城の深奥にて、巨なる玉座の主が目を開く。
魔王、オべリス。
言葉を必要としない威厳。
彼の存在そのものが、命令であり、宣言であり、絶対だった。
その背に広がる黒き翼の幻影が、天空のふたりを包むように浮かび、空全体が闇色に染まる。
時を同じくして、世界の各地で古き者たちが動き出す。
獣人の族長たちは、忘れかけた血の誓いに応え、
精霊たちは眠る森で風を震わせ、
妖精たちは祠に集い、魔力の花を咲かせた。
忘れられし同盟者たちへ、オべリスの名が響く。
「我らは、共に在った。あの終焉の黄昏にも、夜明けの叫びにも。
ならばもう一度、我らは共に進もう。」
ふたりの声が、最後の一節を空に刻む。
「灰より起つ者たちへ。世界が何度、我らを否定しても構わぬ。
ただ一度でいい。我らが歩くことを許せ、命よ。」
静寂が戻った空。
だがそこには、確かに始まりが刻まれていた。
戦火の幕が、今、上がる。
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