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tail-09: 末端

 砂漠と言えどもすべてが砂ではない。まばらだが植物が生えている。この辺りは加えてバラックやコンテナもちらほらと転がっている。多くは赤錆と穴が留守を伝えるが、人がいる小屋もあった。さっきまでは。


 一人分の血と死体、いくつもの足跡。キャビネットには荒らされた跡もある。ここはRORAの拠点に近づくものを報告する見張り番の小屋だ。誰がやったのかは知らないし、意思があって今日なのか偶然かもわからないが、とにかく大勢いる。


 見解の一致。早めに足跡を辿る。少しでも可能性を高める。リグが使った車まで足跡と轍は綺麗に続いていた。他よりも大きいが半分ほど埋もれたバラックの前へ。帰りの足跡はない。


「なんだか静かですね」


 ダスクの呟きとロゼの解説でレデイアにも状況を知らせる。


「街とはえらい違いだな。ギャング崩れのねぐらにはちょうどいい」


 それでも静かすぎる。騒ぎが起きてると思ったのに。レデイアはそう考えて神経を尖らせた。風が吹けば砂が舞い、吹かなくても砂が流れる。顔を覆う手拭いをずらしても飛び込むのは砂の香りと舌触りばかりだ。


 リグは間違いなくこの先にいる。GPSもそう言っている。動かないが、横になっていればわかる。ロゼと共に得物を持ち直す。ギターケースから出したカービンライフル、昨日はレデイアが持っていた銃を今日はロゼが持ち、ロゼの私物の銃はダスクが持つ。ロゼの装填で始まり、扉の前に集まった。


 ダスクが扉を押し、ロゼが突入する。中を検めて動くものがいないと分かれば「クリア」と後ろへ伝えて次の扉へ行く。まだ残る硝煙の香りが出迎えた。


 次の扉の隣には壁に穴があった。ライフル弾が壁を抜けた印だ。内側からの穴ばかりだがちらほらと外側からも。ここでひと悶着あったのは明らかだ。


 少しだけ、扉が開いてからはたっぷりと、血の臭いがわかった。黒いカーペットは鉄の臭いでいっぱいになり、壁側には死体がいくつも座っている。綺麗な壁に寄りかかるあたり死んでから動かしたと見える。


「レデイアさん、まさかですがこれをリグさんが?」

「逆も考えて」

「うわ。ドライだな、新婚さん」


 ダスクが引き、ロゼが検める。動くものは、なし。クリア。臭いが濃い。壁と床が赤い。


「どうする?」とロゼが言うので「ポリ袋なら」と二人で返す。靴を二重ポリ袋で覆い、端を靴下に挟む。硬いものを踏まない限りは大丈夫だ。


 手袋も二重にして感染源への対策よし、念のため死体を検める。近くに武器はないが立ち上がれば届く。後ろを取られたらおしまいだ。


 確実に死んでいる。ひと安心だ。銃創と表情から失血死が主、たまにいい場所に当たってバラやチューリップを咲かせている。


「わかるな。レデイアは?」

 ダスクは頷いた。レデイアも「銃創がライフル弾ね」と呟いた。

「言いたかったのは服装だが、確かにそっちもだな」


 この惨状は組織同士の抗争だ。よりにもよってこの日に本拠地に乗り込む理由がロゼにはわかる。服装は組織を示す。襲撃側の名を訳すと黄昏組、足を滑らせただけで燃えるほどの短絡的で近視眼的な一派だ。RORAと五階の対立を知り、媚にも報復にも見えるが、とにかく敵対心を刺激されれば動く。この顔ならおそらく若手ばかりの鉄砲玉だ。


「いくらなんでも血の気が盛んすぎない?」

「かもな」

「仮説だけど」


 リグが黄昏組を焚き付けてRORAへ向かわせ、両者が疲弊した頃に乱入する。動く者がいたら拾ったライフルで片付ければ違和感ない死体ばかりが積み上がる。品の多くは宝箱として私服の肥やしになり、その過程で位置関係がなくなる。この場には女の匂いが残らない。


「レデイアの想定も血の気が盛んすぎないか? ないとは言わないが、不利だからやめておけ」

「ぽっと出のはずのリグが彼らを焚き付けられる、なーんて便利な経路に心当たりでも?」

「謀ったな。調査で少し関わった」


 細かく問い詰めたい所だが、今は敵地だ。呑気なお喋りで足音を聞き逃せば間抜けの代償を命で払う。


 さらに奥、最後の部屋へ向かう。壁に穴はあるが、覗いてもなにも見えない。まずは耳で窺い、首を振って共有した。本当にこの部屋か? 改めてダスクに求めたが、画面にはやはりこの座標が映る。


 手順は同じ、ダスクが開けて、ロゼが検める。部屋の中央に人間の形を見て銃を向け、すぐに下ろした。


「どーも、お疲れ様っす」


 いつもの気だるげな声がこの場の安全を知らせた。どう見ても武装した男が生きているが、リグがしっかり捕らえている。


 倒れたテーブルを挟んでリグの反対側に一人。リグが両手を掴んでしゃがむので、頭突きでは自らの首を折るのみ、蹴れるのは床をに斜めにだけだ。テーブルの形が悪く、両手をまとめるには引っかかるから、腕一本に対し腕一本で。彼はリグへの反撃ができないが、リグも他の動きができない。救援を待つしかなかった。


「そっち二人に紹介しましょう。彼がダスクさんの父親、マムヌーン・アロールっす。英語どころかトルクメン語もわからなくて、困り果ててたんすよ。助かりました」


 彼のターバンとベストはこの辺りでは見ない装いだ。顔立ちもいくらか彫りが深い。


 ダスクは彼の顔を見て黙っている。思う所がいくらでもあるだろうに、ただ目線を合わせて眺めている。


 ロゼからレデイアへのコソコソ話をした。邪魔が入らないよう外への警戒をしよう。小屋の入り口付近から外を見る。どこまでも続く砂漠のすぐ近くの茂みまで、風の他は砂が横たわるだけだ。


 隠れ潜む手前、人が来ることもない。願ったりだ。奥の部屋からは遠いが、扉は開けているので、声くらいは届く。トラブルがあればすぐに気づける。


 ダスクがやがて口を開くと、マムヌーンも答えた。内容はわからないがとにかく通じているらしい。三往復、四往復。声色は淡々と、しかし匂いでわかる。人の感情は神経伝達物質のバランスであり、配分は匂いに出る。不快感、外向き、過去。怒りか苛立ちか、伝播した敵愾心がこの場を支配する。


 この分ならもう友好的にはならない。四人のうち唯一の家族愛は可能性ごと潰えた。孤立と互助だけが人生だ。野を彷徨う獣にはそれでさえ豪奢な楽園と言える。


「なあレデイア、頼みだが」

「口裏なら合わせる。隠蔽する気なら自分でやって」

「最高だ」


 組織の動きから明確に逸脱している。言い逃れの余地はすでにない。とはいえ、この場の出来事がくだらない散歩ならお咎めもない。それが秩序だ。善悪ではない。好悪でも優劣でもない。あらゆる物事は起こるべくして起こる。無法者が隠れ潜む砂漠では無法な振る舞いこそが秩序になる。この場にはやがて身なりのいいトレジャーハンターが現れ、宝箱の中身を漁り尽くしたら、発見した事実を報告する。


「あの、うちはもう離していいっすか?」

「いいえ。あと五分だけお願いします」


 珍しく気迫を纏った声、半ば独り言だ。ダスクの思考はいまやダスク自身だけで成り立っている。頭は頭の役目に集中する。手足がその助けになる。リグは短い返事で役目に集中した。


 マムヌーンがごちゃごちゃと言葉を並べる。ダスクが被せては覆い返すようにごちゃごちゃ、反論してはごちゃごちゃ。言語の知識はいらない。言語は意思疎通だ。意思疎通には言語外も関わる。雰囲気は世界共通だ。言い争いの中でもとびきり醜悪な、とうに決した結論を掘り返して食い下がる。


 ダスクは親について知らなかった。ロゼにそう言った。七歳の頃だ。明日も不確かな放浪の身になった。十三歳の頃だ。終わりも見えないトンネルを歩き続けて新天地のメイドにたどり着いたのは十八歳の頃だ。放浪暮らしには分担がある。知る機会があって、言わなかった。ロゼが必ず怒ると思ったから。勝ち目がないから。勝ち目がなくても放置は不義理と考えてしまうから。


 人攫いじゃない。偶然じゃない。この男の意思でダスクの身を売った。


 マムヌーンがもぞもぞと続けた言葉に、いかに話す価値がないか、ダスクは蹴りで示した。顔の骨と皮膚めがけてポリ袋と革靴と皮膚と骨の激突。歯は折れない。余計な痕跡は残らない。


 ダスクはエプロンの下から私物の拳銃を出した。かつて砂漠を彷徨った頃に宝箱から拾った品だ。弾は三発しかなかった。お守りとして持っているだけで不思議と弾を使う機会もなかった。


 世の中には万が一がある。火薬が古くて撃てないかも。遅発かも。あらゆるリスクを考えて、確実に。まずは聞くに耐えない声から塞ぐ。


 口を開けさせて押し込んだ。名前はマカロンみたいだが鉄分豊かな哺乳瓶だ。レバーを引けば脂質たっぷりのミルクが出る。


「もう安心です」

「そうなるんすか。まあ、いいっすけど」


 マカロフは重い拳銃だ。支給品よりは。


 引き金を引いたら何が起こるか、知っているはずでも実際はどうなるか。わくわくどきどき、引いてからのお楽しみだ。お注射に似た怖さがある。痛みは最初と最後だけと経験を重ねてなお慣れない。


 向きに間違いはない。テーブルを貫く可能性はない。感染症の可能性も最小限に抑える。誰も傷つかないように。


 屁をこいた。三連発。プ、プ、プ。誰でもない実がこぼれた。


「後悔してませんか」

「大丈夫です。昔の私には撃てもしないお守りでしたが、今なら撃てます。線条痕は私たちに繋がりません」


 音を聞いて離れていた二人も加わった。各々の相方を抱擁で迎えた。


 少しずつ違う考えを持ち、互いに尊重する。組織ではなく獣の発想だ。考えを持たない者とはつるまないし、尊重できない者とは対立する。


 リグが止めなかった理由。譲れないものを奪うチャンスは有料だ。踏み倒す気なら取立てる。

 ロゼが止めなかった理由。元よりこうなると思って探した。安心するのが自分だけでは足りない。

 レデイアが止めなかった理由。因果が減った解放感を覚えている。自らの意思で成したならなおさら。


「で、どうしますかこの後。汚い汁がついた銃は持っていきますか」

「捨てる場所があれば助かりますが」

「あいにく遠いっすね。内陸国なんで」


 あまり持ちたくもないからプレゼントにしてやろう。壁際の宝箱に入れる。


「ロゼ、少し」レデイアが話を振った。

「彼を失ったらパワーバランスはどうなる?」

「戦国時代の始まりだな。もしくはエイリアンの侵略が」

「ちょうどUFOの発着があった所に。悪くないんじゃない?」

「そうかもな。始末書は怒り狂った連中より楽に済む。問題はその後に待つお偉方だが」


 国益を損ねない限りは問題ない。国益は五階が関わる時点で半ば約束されている。現地を離れられれば犯罪にはならない。最後の課題が空港だ。検問所を突破できるか。本当に?


「お二方は勘違いしてますよ。うちらじゃなくて、こいつらっす。乱痴気騒ぎを起こしたのは」


 死体は死んでいる。異論を出さない。代替可能な組織人と同じように。


「そうだったな。たしかレデイアがやられて、リグが拐われて、私が見つけて、ダスクが助け出した」

「そうでした。リグさん、感謝してください」

「ありがてえーっ、名実ともに命の恩人っすねえ」


 四人組は日常へ戻る。飛行機の時間まで余裕があるので、体を洗い、道具を片付けて。


 せっかくなので地獄の門を眺める道で。ここはアシガバートから真っ直ぐ北、コペトダグ山脈の反対側だ。ソビエト時代から燃え続けるガス田のゆらめきは、未だ絶える気配もなく、燃えずにただ散らすよりはいくらかマシな環境破壊を続けている。


(了)

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