表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

感情抑制装置

作者: 松戸千尋

 A大佐は中心地の外れにある民間技術会社X社の実験場にボディガードを伴って訪れていた。実験場は住宅街の中のレンガでできた雑居ビルの3階に入っていて、そこに入っていくとX社の代表のM博士が一行を出迎えた。挨拶をするなりA大佐はすぐに本題を切り出した。

「兵士の頭に装着する装置を見に来ました。兵士の恐怖心を取り除くことができると聞きまして…」

「そちらでしたら、今実際にデモ実験を行っているところですのでお見せいたします」

M博士の案内で一行はモニタールームのような部屋に通された。そこに入ると反対側は壁一面が窓になっていて、その先は体育館のような大きな部屋が広がっている。モニタールームは体育館の上方に位置していてちょうど体育館の全体が窓から見下ろせた。体育館の中心には全体の八割程度を占める壁で区切られた区画があり、全体が緑色の布で覆われている。区画の中は瓦礫を思わせる同じく緑色のブロックが雑然と散りばめられ、その真ん中にVRゴーグルをかけた男が一人立っていた。手にはライフルの形をした白いプラスチックを持っている。一行のいるモニタールームには二つの映像が映されていた。一つは体育館で立っている男がつけているゴーグルと同じ映像だろうか、あたりに瓦礫が散らばり、少し遠くに半壊した建物が所々見える。遠くの方でポツポツと黒い煙が上がっている場所がいくつかある。もう一方は男が見ている景色を俯瞰して見たような映像になっている。ちょうどモニタールームの窓から見える景色に似ているが、ここでは緑色の区画ではなく瓦礫で覆われた市街地の姿になっている。もう一つ違うのは黒ずくめで黒いフェイスマスクをつけた敵軍兵士と思われる人間がいくつかの瓦礫の後ろに潜んでいることだった。総勢で十人近くいた。

「この環境は市街地における戦闘を模しています。」

M博士が説明を始めた。

「ではまず私が開発した装置のサポートがない場合の様子を見ていただきましょう」

敵兵士の一人が瓦礫の陰から飛び出し、男の視点の映像に躍り込んできた。A大佐いる距離からでもビクッと男が震え上がったのが見えた。男はライフルを構え黒ずくめの敵兵士に照準を合わせる。視点の映像の中心がその兵士になる。するとそこで視界に隅から新たな敵兵士が躍り込んでくる。男は慌ててそちらに銃をむけると、また反対方向から新しい兵士が出てくる。追加で二人が同じようにして出現する。男は何もできずに固まってしまい、後退りをし始める。画面が赤くなり映像が止まる。

「被験者は行動不能になり、襲撃者に撃たれてしまいました。今回協力していただいている方は訓練を受けていない一般の方ですが、訓練の受けている兵士であっても概ね同様の結果になります。では次に装置をつけた場合の様子をご覧に入れましょう」

 壁の裏から実験場のスタッフと思われる男が出てきて区画の中にいる男の肩をポンと叩いた後、何やらヘルメットのようなものを取り付けた。モニターの男の視点の画面は赤みが消え、最初の画面に戻っている。

「あのヘルメットには電極が埋め込まれていて、被ったものの脳をある程度制御することが出来ます。今は恐怖心を作り出す脳の部位に作用してそれを打ち消すように調整してあります。では同じ実験を行ってみましょう」

 また敵国兵士が画面に躍り込んできた。男は震えず、照準を出てきた敵兵士に合わせる。次の兵士が出てくる。今度は男は震えあがらず、照準を第一の兵士に合わせたまま。出てきた男を確認する。引き金が引かれ画面が振動し、最初に出てきた敵兵士が倒れる。同時に三人目の敵兵士が躍り込んでくるが男は平静そのもののように見える。一人また一人と男は敵兵士を撃ち倒して行く。10数人目の兵士が打ち倒された後、スタッフが男に駆け寄っていった。A大佐は感心してその一部始終を眺めていた。

「素晴らしいですね。我が軍の最もよく訓練された兵士とも並ぶような手際の良さでした」

「ええ、訓練されていない民間人でここまでできるので訓練した兵士に使った場合さらに手際良く任務を進められるようになるのではないかと思います」

「とは言え価格がかなり気になってしまいますね…」

A大佐は自分の顎髭をしゃくり始めた。M博士は値切られることに身構え始めていた。

「すこし気になったのですがこの装置をつけているときにはつけている人はどういった経験をするのでしょうか。苦痛を感じたり、あるいは何か操られているような感覚はあるのでしょうか」

一番言うべきで、言い忘れてしまっていたことを聞かれM博士は一気に饒舌になった。

「苦痛に関しては全くないことが分かっています。それどころか幸福感を感じることが多いということです。一種のハイに似た状態になるようですね。ちょうどスポーツなどで選手が自分の体力的限界や極度な緊張に直面したときに集中力が格段に研ぎ澄まされ、何かに身を委ねているように体が自動的に動く。そういった経験をするということが報告されています。もしかしたら大佐も実際の戦場で似たような経験をされたことがあるかもしれません。そして、操作されている感覚についても、全くないことが分かっています。今回の装置は感覚器官を通してではなく直接脳を操作します。基本的に人間は自分の脳の中で発生したことは自分の意思であるように錯覚します。なので自分の中の潜在的な力が発揮されているように感じているようです。とはいえ、勘違いして欲しくないこととしては人間を意図したように自由に操作することができるというわけでは現状ないということです。あくまでも特定の条件下である感情を抑制することができるということです」

ボディガードの一人は君の悪さに生唾を飲み込んだ。それはつまりどんな平凡な市民でも優秀な殺人兵器に仕立て上げられてしまうということではないか。しかも、自らそれを望んで…。M博士は我に帰り、しまったと言う顔をしていた。今まで何度もこの点を強調し過ぎたせいで昇段を失ってしまっていた。一方、A大佐は腕を組み、平然な顔をして俯いて考えていた。何かに合点がいったようだった。顔を上げるとM博士に尋ねた。

「他の感情を消すことはできるのでしょうか」

M博士はすこしキョトンとした表情になった。

「現状は恐怖心しか実験していないですが、原理的には可能かもしれません」

「では、試してほしいことがあります」


 数ヶ月後X社が開発するこの装置がA国陸軍に導入されたが、導入された数は当初の予定よりも大幅に少なかった。装置の着用が義務付けられたのは兵士でなく高官たちだった。陸軍はこれまでにない効率で運営されるようになった。その装置は嫉妬心を抑えるように調整されていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ