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4話




 小さな焚き火の前で、取ってきた魚を一尾ずつ【(デス)】の魔法で丁寧に締め、【魂縛】でウロコとぬめりを無理矢理剥ぎ取って捨て、続いて【収納】から取り出した鉄串でつぼ抜きにした魚をそこらに落ちていた枝を小刀で加工して作った串に突き刺していく。


 それから牡丹がテントの中から持ってきてくれた粗塩を魚に擦り込み、焚き火の周囲に円をえがくようにして突き刺した。


「あとは待つだけだな」

「既にもういい匂いがしてきてるでござるよ……やはり川といえば魚の塩焼きでござるなあ。にしても、つぼ抜きとは、本当にお師匠も元は人間だったのでござるな」


 私の作業を眺めていた彼女が、ふとそんな事を言った。

 確かに彼女も武家の人間だから、そういう縁起についての知識はあったという事だろう。


()()()()というのはあまり縁起が良くないからな。こうして腹を割かずにエラと内臓を抜き取ってしまうわけだ。なかなか、料理人もよく考える。もっとも、今の某には切る腹も無いわけだが」

「すかすかでござるな!」


 くっくっと思わず笑いが溢れる。

 ストレートに「スカスカ」と表現されると、なんと間抜けな事か。


「そういえば、先ほど何か周囲の様子を気にかけていたように見えたのだが、何かあったのでござるか?」

「魚を捕っていた時の事かな? 少し人の目が気になってな。某の使う魔法は異質であろう? 日常で使っていたようなものも、奇異の目で見られかねんからな」

「確かにそうでござるな」

「ゆえに、必要にかられない限りは人前であまり魔法を使わぬようにしようと考えたのだ。荷物も、今度からは袋にでも入れて持ち歩こうかと考えている」

「それは良い考えでござるな。拙者もお師匠が虚空から物を取り出すたびに何事かと驚いていましたから」


 この時代で皆が使っている魔法についても、どの程度が当たり前の段階なのかわかりやすく纏められた本でもあれば良いのだが。大人になってまた常識を学び直す事になるとは、てんで予想もしていなかった。


 そんな事を考えながら、ふとまたあのテントに視線を向けた。


 相変わらずテントの前のランタンは灯ったままで、人の気配も未だにしない。そもそも人が戻ってくるようなら、足音やらで気付きそうなものだが。


「あのテントの主はまだ帰っていないのだな」

「もしかしたら、夜通し森を歩かなければならないような仕事を受けているのかもしれないでござるよ。魔物の生態調査なんて仕事も、魔物の多いこの辺りだと珍しくもないでござる」


 そういうのもあるのかと、彼女の話に相槌を打ちつつ、無人のテントを見つめて妙な胸騒ぎを覚えていた。





「あっ、お師匠!魚!焦げてる!焦げてる!」

「む!いかんいかん」


 料理をしている最中に、火元から目を逸らしてはいけない。

 二人で食べた塩焼きは、ほんのりと苦かった。







 翌朝。

 テントの中で夜を明かした私達は、再びカランサの街を目指して移動を始めた。


 牡丹にもテントの外に出ておくかと聞いてみたが、テントの中が落ち着くから良いとつれない返事を貰ってしまった。気ままでのんびりとした性質のネコマタだから、何かと面倒な歩き旅は好まないのだろう。


「(結局、となりのテントの主は朝まで帰ってこなかったな)」

「? お師匠、どうかしたのでござるか?」

「あいや、少し考え事をしていてな。悪い予想が当たっていなければと思ったのだが」


 野生の魔物に食われて死ぬなんて事は、珍しい話じゃない。強靭な魔族であろうと、そういった事例はあと絶たなかったものだ。

 行方不明者が出るたびに決まって捜索部隊が出ていたが、大抵の場合は手遅れな事ばかりだ。その上、ヒトの味を覚えた魔物は積極的に街を襲うようになるばかりか、同種の魔物にヒトが獲物となる事を教えるようになるから厄介なこと極まりない。


「(杞憂で済むのなら、それが一番なのだがな)」

「あっ、見えてきたでござるよ。あれがカランサの街でござる!」


 ふと、彼女の声に気が付いて視線を上げると、高い城壁に囲まれた街がもう近くにまで見えていた。






◆◆◆◆◆◆



 カランサの街の衛兵詰所にて。

 街に常駐している衛兵とは違う、より質の良い装備を身に着けた兵士たちが、大きな地図を広げたテーブルを中心にしてそれぞれ忙しく作業して回っていた。


 木製のテーブルの前の壁にはコルクボードが設置され、そこにはいくつかの羊皮紙がピンで貼り付けられている。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 【天魔ジヴィ・ガグ】

  リンテーラ平原にて出現。2メートルほどの人型。

  高い腕力と静音性、完全な透明化能力を持つ。

  複数の魔導士による広範囲の重力魔法により討伐。


 【天魔ジヴィ・ナヴー】

  マルキアの街にて出現。大きさ0.8メートルほどの不定型。

  他の生物に擬態する能力を持ち、捕食・分裂を繰り返して繁殖する。

  宝具『フラガラッハ』の投入により全個体を討伐。


 【天魔ジヴィ・エンテ】

  東カランサ湿地帯にて出現。1.5メートルほどの人型。

  体内に複数の蛇型魔物を住まわせており、本体の爪から強い神経毒を出す。

  結界魔法による封じ込めの後、正面戦闘により討伐。


 【天魔ジヴィ・ディミクシア】

  ダ・ミシャ火山帯にて出現。2メートルほどの人型。

  翼による飛行能力と高い知性、非常に強力な魔力を持つ。

  街1つ吹き飛ばした火力から正面戦闘による討伐は困難と判断。

  日の国より借り受けた宝具『月輪(がちりん)』による封じ込めを行った後、複数の宝具の投入により討伐。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 コルクボードに貼り付けられた羊皮紙にはそれぞれそんな内容の文章が羅列されており、それぞれの魔物の外見のスケッチが描かれている。


 そして、それらの資料の隣に、ひとつも情報が添えられていない一枚のスケッチが、他の兵士よりも豪奢な鎧に身を包んだ男により貼りつけられた。


「皆!目撃者の証言により、分析班よりスケッチが上がった。これが、新たに出現した『天魔』の姿と考えられるものだ」


 男の言葉に、テーブルを囲んで話し合っていた鎧姿の兵士たちの視線が、彼がコルクボードに貼った羊皮紙へ集中した。


 描かれていたのは、一匹の魔物。


 一見するとそれは毛足の短いサルだったが、異質なのはその頭部。まるで奇妙なお面でも被っているように、渦巻き状の模様がついた甲殻が頭部の上半分を覆い尽くしており、ぎょろりとした大きな目だけが露出している。

 更に、だらりと垂れた長い腕の先、それの手の甲からは一部の虫が持っているような大きな針が突き出していて、この魔物の凶暴性を象徴しているかのようだった。


「当該対象は人型。おそらく樹上での生活を主にする種類と考えられる。被害者には高ランクのハンターも含まれることから、戦闘能力も非常に高いと予測される。また、回収された被害者の遺体の状態から、当該対象は何らかの方法により獲物の身体を石のように変質、()()()()()啜るように捕食していると見られた」


 淡々と話されたその内容に、誰かがごくりと唾を飲み込んだ。


 コルクボードの前に立っていた男は、さらにテーブルへと近付くと両手をその上に置き、様々な印が付けられた地図へと視線を落として再び口を開く。


「また、ハンター組合との協力により、これまでに収集した情報、痕跡から予測された行動経路によると、当該対象は1匹ではなく最低でも3匹が存在していると考えられる。幸いにもビューラ大森林から外への移動は確認されていないが、それゆえに見通しの悪い森林での交戦は避けられない状態だ」


「ミスリル等級のハンターを殺せる怪物が、最低でも3匹ですか……」


 今のところ身元が確認できている被害者の資料を確認していた兵士の一人が、冷や汗を流しながらそう呟いた。鎧の男はその言葉にただ静かに頷き、険しい表情で集まっている兵士達を見回した。


「以前のジヴィ・ディミクシアほどの派手さは無いが、厄介な相手になるのは間違いないだろう。今回は宝具の使用許可は降りなかったが、対策としてジヴィ・エンテ、ジヴィ・ガグでの事例を参考に、ビューラ大森林の一部を大規模な魔法により焼却、発見後結界魔法での封じ込めを行った状態で討伐を実行する」


 そこまで彼が話したところで、部屋へと入ってきたカランサの衛兵の一人から報告が来た。


「天魔討伐隊第1隊、ダリル隊長! 先程、ビューラ大森林を通る街道の封鎖が完了致しました!」


「了解した。さて、これより我々は当該対象を『ジヴィ・コフ』と呼称、これの討伐作戦を行う。作戦は明日の正午に開始する。各々、武器の手入れと体調管理を怠らぬように」


 カランサに住まう人々が預かり知らぬところで、国を守る兵士達による命をかけた作戦が、始まる。




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