英雄、倒れぬ希望
今日も激しい戦闘だった。私たちの隊は誰も死にこそしなかったが、何人も怪我をしたし、ほかの隊の隊員は数人死んだ。大きな怪我がなかったのは私と隊長くらいのものだった。
彼の胸板に背をあずける。隊長の身体はちょうど良い硬さと弾力、温かさで、私は彼の前に座り、もたれかかるのが好きだった。そうすると、彼は私のことを左手で抱き、右手で髪を撫でてくれた。私の耳には、髪の擦れるさらさらという音と、彼の生きている音だけが入ってくる。お互い黙ったまま、今日を生き残れたということを噛みしめる。今日は二人とも無事でも、明日私たちがこうしていられる保証はない。他に選択肢がなかったとはいえ、軍に入るときに覚悟したことだ。己の置かれた状況を嘆くわけではなく、ただただ、この穏やかな時間を享受する。
「寝ようか、リリア」
「うん、おやすみなさい、ジン隊長」
目を閉じたまま、その場に体を横たえる。よく馴染んだ、彼の匂いのするマットレスが、二人分の体を受け止めてくれる。彼には、私の匂いがしているのだろうか。
彼が部屋の電気を消して、まぶたを透けて入ってくる白い光がなくなる。
戦争は恐ろしかったが、彼と過ごす時間はそれを和らげてくれた。
隊長が手を失った。
敵軍の散弾で弾け飛んだ。
私の頭を優しく撫でてくれた彼の温かく堅い掌は、冷たく硬い合金製の手になった。
金属の腕をつけた彼は、疲れた顔で私に微笑みかけた。堅く鍛えた腿に私を乗せ、髪を撫でた。二人の時間にモーター音が加わった。
隊長が足を失った。
敵軍の仕掛けた地雷で破裂した。
胡座をかいて私を座らせてくれた彼のたくましく太い腿は、冷たい黒光りのする脚になった。
壁にもたれて並んで座り、私たちは静かな夜を過ごした。彼にもたれると機械油に混じって彼の匂いがした。ふと彼が、噛みしめるように私の名前を呼んだ。
隊長が声を失った。
口を覆うべきだった手で、私を庇って焦げ付いた。
私の名を呼ぶ優しい声は、記憶のなかのものになった。
鼻と口を鉄のマスクで覆った彼は、私の目を見ていた。優しい目だった。
何度、彼の体がなくなっただろう。
彼の身体はいつしか合金に覆われていた。
彼の顔は左目を残して、真面目な顔のマスクになっていた。
彼の右腕は、肩からモーター音がするようになっていた。
彼の左手にはレーザー砲の銃口がついていた。
彼の臍から下は、全てが機械だった。
彼は私の名を呼べなくなった。
いつの間にか、硬くなった手でさえ私を撫でてくれなくなった。
目だけで優しく笑ってくれることもなくなった。
彼の役割は戦場を駆けることになり、私の仕事に隊の指揮が増えた。
私の恋人で精鋭部隊の隊長だった彼は、いつからか国の英雄になっていた。
隊長が、命を失った。
私の愛しい人は、私のまだ温かい腕のなかで眠りについた。
或いは疾うに死んでいたのかもしれない。
無事だったはずの彼の心臓にはバッテリーが入れられ、肺は酸素ボンベにその場所を奪われていた。
埋葬の前にそれらを抜き取られ、彼に残っていたのはほとんど脳味噌だけだった。
私は腕を失った。
私は金属の腕をつけた。金属の足も、胴体も首もつけた。
『君に手術を受けてもらいたい』
生きなければならないのだろうか。
『君に死なれては困るからだ』
生きる希望は死んだのに。
『君には、彼の代わりを務めてもらう』
私は彼を愛していた。
『君も知っているだろう』
彼は英雄にされた。
『君は英雄になるんだ』
国には倒れぬ希望が必要だった。
私は私ではなく、英雄になった。




