小さな騎士の人形
子どもたちはそわそわし、大人たちはあわただしくなり、町の様子は盛り上がってきました。国の建国祭が近づいているのです。毎年祭りの夜には親から子へプレゼントをおくり、子から親へメッセージカードをおくるという風習がありました。子どもたちは欲しいプレゼントをもらおうといつもより良い子になります。親はそんな子どもにリクエストを聞き、店に走ったり、子どもを店に連れて行き自由に選ばせたりします。いつもお客さんが絶えない町のおもちゃ屋さんも、この時期はいっそうたくさんの家族でにぎわうのです。そんなおもちゃ屋さんのレジのそばには、ある一体の人形がいました。
「あーあ、まだかなあ。ぼくをお家にむかえいれてくれるお友だちは、まだ来てくれないのかなあ」
木で作られた小さな騎士の人形はため息をついてお客さんたちをながめました。作られて店に置かれてからというもの、手にとって見られることさえありません。その人形と同じ時期に作られたおもちゃたちはみんなすでに買われていきました。人形より後に作られたおもちゃたちも次々に店を出ていきます。
「ははは。お前なんかだれも買っちゃくれないさ」
「どうせもうすぐおやじに捨てられるぞ。売れないおもちゃはいらないんだ」
「お前と同じ騎士の人形たちはちゃんと買ってもらえているのに、ほんと残念なやつだな」
「うるさい。今日こそはきっと、だれかがぼくを買ってくれる……」
隣の陳列棚のおもちゃがはやし立てると正面の机の上のおもちゃも賛同し、周りのおもちゃたちは大笑いしました。人形は昨日も一昨日も同じことを言っていたのです。人形自身も自分を作ってくれた店主にごみとして捨てられてしまうのではないかと不安でいっぱいになってきました。
「気にすることはないわ。だってあなたはとっても優しくてすてきだもの。他の騎士の人形より小さな体だとしてもね。わたしがずっとそばにいる」
そうはげましたのは、人形のとなりに並べられたつぎはぎのうさぎのぬいぐるみでした。うさぎのぬいぐるみは一週間前に人形のとなりに座って以来、他のおもちゃたちのからかいからかばってくれていました。とてもうれしいことです。人形はかばわれる度、君の方がやさしいよ、と情けなくなりました。
どうしたら誰かに買ってもらえるだろう。人形は考えて、考えて、あることを思いつきました。
「そうだ、実際に買われているおもちゃたちを参考にしよう」
最初に買われていったのは、ドラゴンのぬいぐるみでした。ドラゴンのぬいぐるみはこれまでにいくつも作られ、売られてきた人気者です。これまでのどのドラゴンのぬいぐるみも人気を鼻にかけて人形を馬鹿にしてきたいやなやつだったので、人形は一番新しいこのドラゴンのぬいぐるみのこともきらいで、話しかけることもしてきませんでした。しかし、彼にきけば自分に足りないものがわかるかもしれません。
人形は、男の子の手に抱かれて会計を待っている彼に勇気を出して話しかけました。
「ドラゴンさん、ぼくとあなたのちがいはなにかな。どうしてあなたは買ってもらえたんだい」
彼は答えました。
「そりゃあもちろん、顔だろうよ。見ろ、おれのこの勇ましい顔!目はするどくて、キバはなんでもかみくだけるんだぜ。かっこいいから人気なのさ」
なるほど。人形は頷きました。
「じゃあな、騎士の人形くん。短い間だったからあまり話せなかったのが残念だ。元気でな」
彼の口角が優しくつり上がったような気がしました。袋に入れられた彼は、嬉しそうな男の子とその父親と共に去っていきました。
その日の晩、人形は店じまいをする店主におねがいをしました。
「おやじ、ぼくの顔を変えてくれ。もっと勇ましくてかっこいい顔にしてほしいんだ」
「そうか。わしはこの顔も好きだがな。お前がそう思うならそうしよう」
店主は人形の頼みどおりの顔に変えてくれました。
次の日買われていったのは、花の妖精の人形でした。彼女もこれまでにいくつも作られ、売られてきた店の看板娘です。花の妖精の人形ははなやかな服を着ていて、その胸元には美しい石のネックレスが輝いていました。他のおもちゃよりも手間とお金をかけられて生まれた彼女に、ただの木でできた人形はいつもあこがれていましたが、彼女はどこか遠い世界の住人のようで、話しかけるなんてとてもできませんでした。しかし、彼女にきけば自分に足りないものがわかるかもしれません。
人形は、女の子になでられながら会計を待っている彼女に勇気を出して話しかけました。
「花の妖精さん、ぼくとあなたのちがいは何かな。どうしてあなたは買ってもらえたんだい」
彼女は答えました。
「それはきっと、このきらびやかな服ね。ほら、見て。ドレスには銀糸の花の刺繍があって、それに私の自慢のネックレス。きらきらしたものはわたしを美しくしてくれるのよ」
なるほど。人形は頷きました。
「じゃあね、騎士のぼうや。また会えたらお話ししましょう」
彼女はいつもみんなに向けていた笑顔を人形に向けました。人形は返事をしようとしましたが、その前に彼女は袋に入れられました。女の子とその両親は袋を持って去っていきました。
その日の晩、人形は店じまいする店主にお願いしました。
「おやじ、ぼくのよろいを変えてくれ。もっときらきらしたやつがいいんだ」
「そうか。わしはこのよろいも好きだがな。お前がそう思うならそうしよう」
店主は人形の頼みどおりよろいの色を塗り変えてくれました。
次の日買われていったのは、小鳥のオルゴールでした。彼女もこれまでにいくつも作られ、売られてきた店のアイドルです。彼女はなんといっても歌声が美しく、店のおもちゃたちから歌姫と呼ばれていました。子どもだけでなく大人もとりこにするその歌声を聴くたび、人形は特技もない自分が恥ずかしくなりました。しかし、彼女に聞けば自分に足りないものがわかるかもしれません。
人形は、老婦人とともに会計を待っている彼女に勇気を出して話しかけました。
「小鳥さん、ぼくとあなたのちがいは何かな。どうしてあなたは買ってもらえたんだい」
彼女は答えました。
「それは多分、この老婦人がわたしの歌声を気に入ったからだわ。あなたたちみたいな音を出せないおもちゃの声はおやじ様くらいしかわかってくださらないけれど、わたしの歌声は誰にでも届く。歌で心を通わせるのよ」
なるほど。人形は頷きました。
「それでは、失礼するわ。いつもわたしの歌に耳をかたむけてくれてありがとう」
人形はびっくりしました。彼女に人形が彼女の歌を聴いていたことがばれていました。
「あ、ありがとう……こちらこそ」
満足そうに微笑んだ彼女は袋に入れられ老婦人と店を去っていきました。
その日の晩、人形は店じまいをする店主にお願いをしました。
「おやじ、ぼくも声を出せるようにしてくれ。心を伝えられるような声がほしいんだ」
「そうか。わしにはおまえの気持ちがわかるがな。そうしたいならそうしよう」
店主は、人形の頼みどおり音の出るからくりを取りつけてくれました。
次の日は、少し様子がちがっていました。人形がいつものようにレジのそばで客をながめていると、一人の男がやってきました。年のころは三十ほどの若い男で、店に入るなり一直線でレジにまでやってきました。そして、男はレジのそばのうさぎと人形をじろじろと見たのです。うさぎのぬいぐるみは不思議そうに「なにかしら」とつぶやき、人形はもしかして魅力的になった自分を買ってくれるのではないかとドキドキしました。
男は店長に声をかけました。
「店長さん、このうさぎのぬいぐるみは売り物ではないのですか」
「はあ、そうですな」
「やはりそうですか。そうとはわかっているのですが、どうかこのうさぎのぬいぐるみを売ってはいただけませんか」
うさぎのぬいぐるみは何かに気づいたようです。
「ああ、そういえばあの人、一週間前にこのお店に来た人じゃないかしら。ほら、小さな女の子を連れて、だけど何も買って行かずに帰っていってしまった人」
「そうだったっけ」
「ええ、わたしを見てくれた初めてのお客さんだったから、おぼえているわ。あなたは周りのおもちゃたちとケンカしていたから、気づかなかったのかもね」
店主は断りました。
「この子はうちに置いておきたい」
しかし男も食い下がります。
「そこをどうか、お願いします。わたしの娘が欲しがっているのです。お金なら言い値を払います」
「……気持ちはわかりますが、この子は人に売れるようなものではないのです」
男は頭を下げ、店主は首を振りました。そのやり取りは二度も三度も繰り返され、店主のかたくなな様子に人形は疑問が止まりません。
「なぜ売ってあげないのかな。頭を下げてでもうさぎを迎えたいと言っている人がいるのに。ぼくなんて、だれも頭を下げちゃくれないんだぞ」
「…………」
うさぎのぬいぐるみは答えませんでした。
人形は知りませんでしたが、うさぎのぬいぐるみはその理由を知っていました。以前もこの男は同じお願いをし、断られていたからです。だから人形の問いには答えられましたが、その理由を知ると人形が傷ついてしまうと思ったのです。
他の騎士の人形は売られてこの人形が売られない理由、それはその成り立ちにありました。
「このうさぎのぬいぐるみは本来捨てるはずの余った材料で作られました。他のぬいぐるみを作ったときに出た余分な切れ端をつぎはぎして作られたのです。わたしにとってはこの子もわが子のようにかわいいものですが、とても人様に売れるようなものではない」
木でできた小さな騎士の人形もそうでした。他の騎士の人形より小さな体なのは、余った木材で作られたからで、部品も他のものより少なく曲がる関節も多くありません。顔も色もシンプルでした。人形や他のおもちゃたちには関係のないことですが、人間から見れば安っぽいと言わざるをえない出来栄えでした。
人形は売り物ではなかったのです。レジとともにカウンターに置かれた小さな騎士の人形とつぎはぎのうさぎのぬいぐるみは、店主の気まぐれで作られたものでした。うさぎのぬいぐるみは初日にそれを知ったため人形と自分はずっとこの店にいるのだとわかっていたのです。人形は真実を知って、なにも言葉を発しません。
「それでもいいのです。わたしの娘はこのうさぎをとても気に入りました。祭りの夜のプレゼントにこのうさぎをねだったほどです。わたしの娘はこのうさぎのぬいぐるみを望んでいる」
店主は眉を寄せ唸りました。
「お願いします。どうかお願いします」
店主はとうとう折れました。
「そこまでいうなら、わかりました。しかし、お金はいりません。その分、大切にしてやってください」
「ほんとうですか!ありがとうございます」
男は気持ちの分だけでも払わせてくれ、と言って紙幣を五枚カウンターに置きました。人形はそこでようやく、重たい声をしぼり出しました。
「うさぎ、ぼくと君のちがいはなにかな。どうして君は買ってもらえたんだい」
うさぎのぬいぐるみはその問いに答えはしませんでした。
「あなたはとってもすてきな騎士よ」
「ぼくは買ってもらえないじゃないか」
「それは売り物じゃないからよ」
「でも君は買ってもらえた」
「たまたまよ」
「ぼくはかっこいい顔も、きらきらしたよろいも、人に心を伝えられる声も手に入れたのに、欲しがってくれる人がいない」
「買ってもらうことが全てじゃないわ」
店主は袋を広げ、うさぎのぬいぐるみを抱えました。
「あなたはとってもすてきな騎士よ。声がなくても、よろいが地味でも、かっこよくなくても、誰にも買ってもらえなくてもね。だってあなたは優しい。初日に誰にも買ってもらえないことを知って落ち込んでいたわたしに、理由もわからないのにはげましてくれたわ。だからわたしも、あなたが落ちこんだときニはげましたの」
袋に入れられたうさぎのぬいぐるみは、何度も頭を下げて礼を言う男の家へと買われていきました。
それからどれほどたったでしょうか、いつも客が絶えない町のおもちゃ屋さんのレジのそばには、変わらず一体の小さな騎士の人形が座っていました。かっこいい顔で、きれいなよろいで、ときおり歌を歌うその人形は、今日も店の看板人形としてやってくる客を迎えるのです。