6
スカレッタファミリーの幹部兼会計士のヴィクター・ジルバは、エイシアの依頼案件にあたっていた。
エイシアが10万ドルで購入したい土地があるが、持ち主のロシアンマフィアが100万ドルを高額要求しているという案件。
交渉相手はロシアンマフィアの幹部フランツ・シュルツ。
ヴィクターは、10万ドルで土地の件から手を引くように提案した。しかし、
「それは無理な話だな。ヴィクターさん、あの土地の値段はそんなちっぽけなものじゃありませんよ。……だが、まぁ、あなた達がどうしてもと言うのなら、50万ドルで手を打ってもいいですよ」
こちらの足元を見ている。ぼったくり商法だ。
企業が引っ掛かった土地売買の話、そう簡単にまとめる気はないのだろう。
つり上げるだけつり上げようって魂胆か。
ヴィクターは相手の思惑を察したうえで、なに食わぬ顔で、交渉を続ける。
「いえ、そこを何とか10万ドルでお願いします。この売買の話、あなた達にとっても悪い話じゃないと-」
「しつこいぞ! 100万ドル積まれなきゃ聞かんと言ってるだろ!」
ついにシュルツはぶち切れた。恫喝だ。
「おぉ、怖……それでは今日はこれで失礼します。ですが、10万ドルで手を打つのがいいと思いますが」
ヴィクターはそう言うと、しれっと皿のクッキーを頬張り席を立った。
アントニオ・ヴァリーは部下達を連れて、フランク・サンダ組の仕切っているカジノクラブに向かっていた。
ロシアンマフィアのチンピラ数名が、荒稼ぎしているらしい。
(よくもうちのシマで……ええ度胸しとるやんけ)
「あぁ、儲かった儲かった」
「さすが、兄貴! 兄貴がいたら怖いもんなしですね」
「マフィアが経営してる店っていっても、兄貴がちょっと吠えたら、すぐ金出す」
チンピラ達は上機嫌で兄貴分をほめちぎる。
「そうだろ、そうだろ、もっとほめていいんだぜ」
兄貴分も浮かれまくっている。
そこへ、子分数名を連れて優男が現れた。
「なんだ、お前ら」
「俺達とやろうってのか?」
「どこの組だ?」
よほど兄貴分の腕っぷしが強いのか、余裕の態度だ。
だが、優男が手に握っている肉切りナタに気付いていたら、しっぽを巻いて逃げただろう。
「わしか? わしゃ、サンダ組のもんや。おまえら、ちょっとお遊びが過ぎたな…落とし前つけてもらうで!」
アントニオは兄貴分を殴り倒すと、近くの廃墟に引きずって行く。
「なにすんだ!」
チンピラの一人がアントニオに殴りかかっていく。
素早くよけると殴り飛ばし、その倒れ込んだ体を踏みつける。
そして………ダァン!
「ぎゃああああ!!」
振り上げた肉切りナタで、左腕をぶった切る。
響きわたる絶叫、血を流しながらのたうちまわるチンピラ。
兄貴分も他のチンピラ達も顔色を失った。
アントニオは顔色一つ変えず、兄貴分を見下ろす。ふと微笑んだ。
「お前は右腕やで」
「……や…やめろ」
恐ろしさで足がすくみ、誰ひとり動ける者はいなかった。
ゆっくりと兄貴分に近づき、ダァン!
「ぅああああ!!」絶叫が響きわたる。
兄貴分の右腕をぶった切った。
廃墟から絶叫が次々と聞こえ、やがて静かになった。
彼らはこの日、イタリアンマフィアの恐ろしさを身をもって知った。
決して、イタリアンマフィアのシマに立ち入ってはならない。
決して、サンダ組の(微笑みの悪魔)に関わってはならない。
ショーンはアパートの一室で目を覚ました。
「ダメよ、まだ寝てなきゃ」
昨夜、見ず知らずの自分をかくまってくれた女だ。
「あんた、ずいぶんうなされてた……まだ、無理しない方が良いんじゃないの」
ちらりとこちらを見ると、また気だるげな様子で窓の外を見ている。
昨夜は気付かなかったが、前腕や足にタトゥーが入っている。
兄貴分が入れてるのとは違う、繊細なデザイン。
「そのタトゥー、綺麗やな」
その言葉にまたこちらを見て、今度はベッド脇にくる。
「これ、あたしが入れたの」
「へぇぇ……お前、上手いな」
羽根と名前、何かの模様。右と左、似た感じのデザイン。
「アンジェラ……あんたの名前?」
腕のタトゥーを撫でながら、首を横に振る。
「……子供の名前……死んじゃったの…」
寂しげな微笑み。忘れられない、忘れたくないのか……
ショーンは女のギターを手に取ると、兄貴分が弾いてくれた曲を弾いた。
(馬鹿な兄貴や…強くもないのに意気がりやがって……)
トーマス・スカレッタは、長女ジューンとフランクリン・ベイトマンの結婚式に、妻マリア、次女ジーナと出席していた。
ただ、結婚式にマフィアの会長が名前を出すと、波風が立つと配慮して、親戚一同に混じっての参加だ。
そのため、式の前に花嫁の控室で家族水いらずで言葉を交わす。
「ジューン、綺麗だな……」
ウェディングドレスの娘に、トーマスは感無量だ。
この子の健やかな成長を望み、マフィアと切り離してきたのだ。
自分とは違う、カタギの世界で幸せに暮らして欲しい。
「お父さん、お母さん、今日まで育てて下さってありがとうございました…」
頭を下げるジューンに、思わずマリアは泣いてしまった。
そんなマリアの肩を優しく撫でながら
「おい、めでたい結婚式に泣くやつがあるか…」トーマスが声をかける。
「ほんまやで、お姉ちゃんもせっかくのお化粧が台無しやわ」
もらい泣きする姉の涙を、優しくジーナがぬぐった。
結婚式の会場には多くの有名人が出席していた。
「トーマスさん、お嬢さんのご結婚おめでとう。いい婿さんをもらったね」
大物政治家オリバー・クルードも出席している。
「あれは時期大統領候補のオリバーじゃないですか……あの人もトーマスさんの知り合いですか」
大物出席者が驚きを隠せないでいると、隣の総合企業グループエイシアの社長が、葉巻を吸いながら話す。
「ええ、トーマスさんは政界とも繋がりがありますから」
そんな中、トーマスに一人の男が挨拶に来る。アメリカの全てを支配する[裏の大統領]と呼ばれる財界の巨頭、ウォルター・ドナルド・トーマスである。
気付いたトーマスもすぐ挨拶する。
「ウォルターさん、これはこれは…わざわざお越しいただきまして…」
「式の名簿に君の名前が無かったから見落としてしまって、後で知って急いで駆けつけたんだよ。奥さんもご立派ですな。苦労して育てた娘さんの結婚を、陰ながら祝福するなんて……今までよくやってこられましたなぁ」
トーマスの隣で、そっとマリアは一礼した。
フランクリンとジューンの結婚式が始まった。
神父と新郎フランクリンの前まで、新婦ジューンを引率するのはギデス氏だ。
多くの参列者の祝福の拍手の中、トーマスとマリアも拍手を送った。
「それでは、ここに二人を夫婦と認め、二人の愛を永遠に祈る」
神父の言葉に、二人は祝杯をあげた。
披露パーティーに出席していたトニー・ヴェルセティは、呼ばれて電話に出ていた。
「トニーだ」
「サミュエルです。サンダ組の若いもんが、さっきシュルツ組の若いヤツにばらされたと連絡が入りました。兄貴、予定より早いけどやりましょうか」
「……よし、やれ」