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ヴィト、アントニオ・ヴァリー、マイケル・レオーネは、ヴィクター・ジルバを呼んで、秘密裏に一計を案じた。
それは、マイケルをリーダーにした作戦部隊をつくり、エイシアのような企業からの依頼を戦略的に解決する。
だがそれは表向き、裏では兵隊達をまとめ上げていこうというもの。
常々、ヴィトとアントニオは、マイケルならトニー・ヴェルセティの後を継げるのではないかと考え、三人で話し合っていた。
「なるほどな…確かにトニーの兄貴がファミリーの会長になれば、マイケルがヴェルセティ組を継げるな」
ヴィクターは何度もうなずきながら納得した。
「よし、わかった。今度の幹部の会議に持ち出す」
OKとこころよく請け負った。
数日後、スカレッタファミリー幹部の会議が開かれた。
今やファミリーの数は、1万人に膨れ上がっている。
この日、ヴィクターは議題の提案に手を上げた。
居並ぶ幹部達を前に、マイケルを隣に控えさせ
「このマイケル・レオーネを社長にして、企業向けコンサルタント会社をつくろうかと思います。表向きはコンサルタント会社ですが、裏は組の事務所として使うつもりです。先日のエイシアの件のように、企業からの依頼を引き受ける窓口が必要だと思います」
しかし、反対意見が次々とあげられる。
「おい、ヴィクター、俺達に一言あるべきだろ」
「そうだ。こんな大きな事は、まず俺達に聞いてもらわんとなぁ」
「マイケルはまだまだ青い。それならアントニオがちょうどいい」
「まったく…頭でっかちな奴等でかたぎの会社ごっこか」
普段あまり働いていない幹部連中が騒ぎ出す。
これに、サミュエルが切れてしまう。
「がたがた言うな! ヴィクターの意見につまらん口出しするな!」
「なに! サミュエル、お前こそ話に入ってくるな! 黙っとけ!」
ダンッ! 頭にきたサミュエルは、机を拳で叩き怒鳴る。
「お前ら、兄貴の前でいい加減にしろよ! 人に意見する前に、自分が分相応に働くのが先だろ!」
緊迫した空気が広がる。
「……まぁ、いい。サミュエル、その元気、ロシアンマフィアに取っておけ」
幹部達の中で最もトップ、トニー・ヴェルセティの一声。
「コンサルタント会社か、いいな、その話。お前とマイケルに任せた」
トニーの言葉に、騒ぎは収まった。
トーマス・スカレッタは組員達と家族とは、切り離した生活を送っている。
居間で家族と過ごしていた時のこと、長女の様子がいつもと違うと感じた。
「ジューン、どうした? 何かあったのか?」
トーマスには娘が二人いる。実子ではなく養女だ。長女はジューン、次女はジーナ。
長女のジューンは、26歳、薬剤師だが今は退職中。聡明で温厚、両親の話を良く聞く出来た娘。
次女ジーナは、22歳、フリーター。明るく天真爛漫、自由奔放な娘。
二人がまったく違う性格なのは、養女ゆえか。
長女は結婚話が進んでおり、最近情緒不安定なのもそのせいか。
「お姉ちゃん、恋人のフランクリンさんとの結婚が上手くいくか心配してるのよ」
「ジーナ! なんてこと言うの」
トーマスの妻マリアがたしなめる。
「だって本当のことでしょ。私ならパパの悪口言うヤツ、こっちからお断りよ」
「! ジーナ! いい加減にしなさい!」
まったく悪びれずにずけずけ言うジーナを、マリアが叱りつける。
そんな二人を取りなすように、ジューンが
「……きっと、私に足りないところがあるんだわ」
微笑みながら呟く。
「あ-辛気くさ。パパ、今から買物行きたいから、お小遣いちょうだい」
長女を気遣う雰囲気を振り切るように、ジーナはトーマスから小遣いを受け取ると、さっさと出かけてしまった。
そんな次女に何も言わないトーマスに、マリアはため息をつく。
「はぁ、あの子には本当に手を焼くわ……もう! あなたが甘やかすから…」
ファミリーの会長も、家では形無しだった。
「あんた、頼むわ」
若い組員が運転手に指名された。ジーナに声をかけられてオタオタしている。
マイケルは指名された若い組員に、強く念を押した。
「いいか、会長の娘ってことを忘れるな」
ファミリーには厳しい掟がある。会長の娘に手を出したら即、制裁だ。
夜の街へ繰り出し、買い物を楽しみ、疲れたらバーで休憩。
早速、買ったばかりの服を車中で着替える。
ふと、バックミラー越しに若い組員と目があった。組員は慌てて目を反らしたが、若い娘ジーナの色気に惹かれているのは明らかだ。
「ねぇ、あんた名前は?」
「ヒューガ・ミチといいます」
ヒューガは終始おどおどして、今もジーナから視線を外している。
そんなヒューガにいたずら心がわき、甘え声で頼んでみる。
「ミチ、どっか人の居ないところへ連れてって」
夜の波止場はほとんど人気がない。
座り込んでぴたりと寄り添うジーナとヒューガ。どこからみてもカップルにしか見えない。
誘われるままキス。ヒューガはジーナにはまってしまった。忠告されても、目の前の誘惑には抗えない。
「なぁ、ミチ……ホテル行こ…」
ヒューガは抗えなかった。
『ベイトマン先生、ベイトマン先生、内科まで』
アナウンスで呼ばれ、フランクリン・ベイトマンは急いで内科医務室に向かった。
そこには、トーマスとマイケルが居た。
「フランクリンさん、はじめまして。私、ジューンの父親、トーマス・スカレッタと申します」
「これは! どうも、ご挨拶が遅れました。はじめまして、フランクリン・ベイトマンと申します」
突然の来訪に驚きつつも、挨拶が交わされる。
「先生、どこか外に食事でも」
「いいですね。しかしあいにく、1時に仕事が入っていまして…どうでしょう、病院の食堂では?」
それではと、三人は食堂に向かった。
昼時なため、食堂は込み合っている。空いてる席へ案内すると、フランクリンは食事を取りに行った。
席で待っている間に、トーマスはマイケルにフランクリンとジューンの馴れ初めを話して聞かせる。
「ジューンがこの病院の薬局で働いていた時に、知り合ったんだ」
「いい人ですね。医者にしておくには、もったいないぐらいです」
トーマスはフランクリンのことを気に入っている、とマイケルは察した。
マフィアの会長を目の前にして、全く怯える様子がなく、いたって普通に接する度量。
医者という仕事に誇りをもって勤める姿勢。
そこへ、三人分の食事を持って、フランクリンが戻ってきた。ランチメニューはハンバーグセット。
「うん、美味い!」
「美味いんですよ、ここの食事は」
美味しそうに食べていると、やがてトーマスが話し出した。
「フランクリンさん、私が今日ここに来た用件は、娘のことなんですよ。あなたのご家族は娘との結婚を、あまりよく思っていないそうですね……。私はそんな結婚をして、娘が幸せになれるのか心配でしてね…」
その言葉に、フランクリンは手を止め、姿勢を正す。
「お言葉ですが、私は結婚する方はジューンさんだけと決めています。私とジューンさんが幸せな家庭を築けば親は安心してくれると思います」
視線をそらすことなく、きっぱりと言った。
総合企業グループエイシアのギデス氏は、トーマスの長女ジューンを連れて、社長宅を訪れていた。
「社長、突然すいません。こちら娘のジューンと言います」
「ジューンです。よろしくお願いします」
「実は、娘はベイトマンという青年と、近々結婚式を上げたいと望んでいまして、どうか社長夫妻に証人に…」
社長は黙礼すると、ジューンに庭を見せてあげるように妻に言った。
二人だけになると、おもむろに口を開いた。
「何か訳ありかね」
「はい、実はあの娘はトーマス・スカレッタの長女でございます」
「トーマスの?!」驚く社長。
「はい。どうやら先方の親御さんが、マフィアの娘だと難色を示しているらしいんです」
「そりゃそうだろう。マフィアの、しかも会長の娘なんて誰でもそうなるよ」
明らかに親御側に共感する社長に、ギデス氏は話を続ける。
「トーマスは、結婚式に顔を出さないと言ってます。まぁ、娘のこととなると、一般人よりも臆病になるものですね」
「しかし君、それは勝手だよ。人殺しも平気でするマフィアが、自分の子は立派な玉の輿に乗せたいなんて…」
ギデス氏は紅茶を一口飲む。
「あの娘は養女なんです。孤児をスカレッタ夫妻が拾って育て上げたんですよ」
「……あの綺麗な娘さんが……そうか…」
社長は黙りこみ、妻と一緒に庭を散歩するジューンに目をやった。
おしとやかで、時々妻に見せる笑顔は可憐だ。マフィアの会長の娘でなければ、皆に祝福される結婚があげられるだろう。マフィアの娘でなければ……