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そのころ、イタリアンマフィアとロシアンマフィアの二大勢力が、いつ闘いを仕掛けるか互いに睨みあっていた。
総合企業グループエイシアはロシアンマフィアに恐喝されていた。
ことの発端は、エイシアの社長が受けた接待。
接待で行ったナイトクラブの女性と、一夜を共にしてしまったのだ。
「……あの時の女性がマフィアの情婦だったとは……面目ない」
社長は最初に亭主に電話で脅された時、3万ドルで解決した。
マフィアともめるのは得策ではない、少し目をつぶって金でおさまればと考えた。
ところが、恐喝は続き、金額も増える一方、今回は50万ドルになってしまった。
困り果てて社長は、エイシアの大黒柱ギデス氏に頼み込んだ。
ギデス氏はイタリアンマフィアの幹部、会計士のヴィクター・ジルバに頼んで、ファミリーの会長トーマス・スカレッタへの面会をとりつけた。
マフィアにはマフィアでなければ治められない。
指定されたスカレッタ組の事務所に、緊張した面持ちでおもむいた。
話はおおよそはヴィクターが伝えてあるようで、ギデス氏は要望だけを話す。
「スカレッタさん、我々は出来るだけ穏便に解決したい、穏便にお願いします」
そして、アタッシュケースをテーブルに置き
「これは、前金の20万ドルです。解決後は成功報酬として30万ドルを支払います」
「いや」即座にトーマスが断る。
「いや、ギデスさん。我々はこれを貰うわけにはいきません。我々がこれを貰えば、向こうへ渡す金がこちらに渡ったことになります。そうなれば、我々の品格が落ちてしまいます。ギデスさん、お金はしまってください」
そう言って、依頼を引き受けたのだった。
ヴェルセティ組の事務所では、トニー・ヴェルセティにヴィクターが今回の仕事の話をしていた。
「恐喝の男はニコライ。ロシアンマフィアです。情婦の働いているナイトクラブで、夜な夜な遊んでいると調べがついています」
「よし、わかった。組の若いの三人ほど連れて捕まえてきます」
こう言ったのは、長年鉄砲玉として務めてきた、サミュエル・ジュデス。
そこへ、トニーの妻アンナが昼食を用意してくれた。
「特別なものはないけど、どうぞ召し上がってね」
ダイニングはニンニクと唐辛子の香ばしい匂いが広がっていて、思わず腹が鳴り出す。
メインディッシュはペペロンチーノ。ラザニア等々。
「お! 姐さん、この唐辛子、ミーニの店のヤツですね。俺あそこの唐辛子が大好物なんです」
ヴィクターはペペロンチーノにご機嫌だ。
「あれ? 兄貴だけミートソースですか?」
確かに、トニーだけミートソースパスタが置かれている。
「違うのよ。ミートじゃなくて大豆よ。この人、脂っこいものばかり食べてるから、医者に止められてるんです」
困った顔で話すアンナに、トニーは苦笑いだ。
このころ、ヴィトはある願望を抱いていた。
ヴェルセティ組を、スカレッタファミリー内トップの組にすること。
そして、この願望に賛同した若衆、アントニオ・ヴァリー、マイケル・レオーネと共に日々仕事に励んでいた。
アントニオは[微笑みの悪魔]と呼ばれ、普段は温厚だがやるときは容赦ない男。
マイケルはヴェルセティ組若頭、大学卒、知的で冷静沈着だが時に冷酷な頭脳派の男。
尊敬するトニー・ヴェルセティをもっと盛り立てたいと……
ジョニーはスカレッタファミリーのシマのダイナーを訪れていた。
エイシア恐喝の件を片付けるため、兵隊を探していた。
やる気があって、顔の知られていないヤツ。
厨房をのぞくと、目当ての見習いがいた。もう一人の若いヤツと、ゴキブリ退治に四苦八苦だ。
「おい! 何やってんだ!」
見習いがすぐ顔を上げた。
ジョニーに気づくと、慌てて走り寄り頭を下げる。
「兄貴、仕事ですか? おい! お前もこい!」もう一人を呼びつけた。
呼ばれた若いヤツは、あまり覇気がなく陰気な感じだ。
「兄貴、こいつショーンっていいます。結構喧嘩強いんですよ。おい! 挨拶しろ!」
そんな二人を観察しながら、ジョニーが言う
「まぁ、口数は少ない方がいい。おい、お前らに大事な仕事がある」
今回のターゲットのことを説明しだした。
その夜、あるナイトクラブでは例の恐喝男ニコライが、情婦と舎弟と飲んでいた。
「……ねぇ、ダイヤ付きの時計、欲しいんやけど」
女はニコライにしなだれかかり、甘えた声でねだる。
「大丈夫ですよ、姐さん。そんなもん、いくらでも兄貴が買ってくれますよ」
「そうそう、もうすぐ50万ドル入りますから」
エイシアへの恐喝は成功したものと、前祝いと皆浮かれている。
「兄貴、それじゃ、後は姐さんとゆっくりおくつろぎください」
しばらくして、気をきかせて舎弟達は席を外した。
一方、店の外では、ジョニーが見つけた若い見習いの二人が待機している。
兄貴分は電話ボックスの中で、ショーンは外で、ターゲットが店から出てくるのを、今か今かと待っている。
二人に与えられた仕事は
[ニコライを刺し殺す]
そして、少し離れた所から、ジョニーが二人を見張っていた。
「! 来たよ」
店からニコライの舎弟達が出てきた。続いて、ニコライ、情婦。
「よし、いくぞ」
兄貴分がショーンに声をかけるが、ショーンは動こうとしない。
ここにきて怖じけづいたのか。仕方ない……
ナイフを握りしめると、そっと一人で近づいていった。
ニコライにあと3mまで近寄る、
「ぅああああ!」
背後からぶつかっていく。が、かわされてしまった。
「こんのクソガキャ!」
逆に舎弟に銃で撃たれてしまった。
舎弟達が逃げ去った後、血まみれの兄貴分にショーンが恐る恐るかがみこむ。
と、兄貴分が指先を握りしめてきた。
だが、その目に力はなく、息も絶え絶えだ。
「兄貴……兄貴…放してくれ…なぁ」
ふいにショーンは怖くなって逃げ出してしまった。
ジョニーは失敗したと分かると、すぐさま電話でプランBへ変更と、ヴィト達に連絡した。
そうとは知らず、ニコライと情婦は突然の襲撃に驚き、慌てて車で逃げようとした。
しかし、乗る寸前でヴィト達に捕まり、ニコライは拉致。
情婦は車中で組員に囲まれ、今後二度と恐喝しないと約束させられた。
手切れ金、5000ドル。
マフィアとの約束を破った者には死。
車外に放り出された情婦は、悔しさに泣きくずれた。
ニコライは人気の無い川沿いに連れてこられた。
そこには、舎弟達が袋叩きにされて横たわっている。
「よう、ニコライ。よくもうちの若いの殺ってくれたな」
ヴェルセティ組で最も容赦ない武闘派、サミュエル・ジュデスが待っていた。
まずい…殺される。
舎弟が虫の息で、ニコライにわびる。
「すんません、兄貴。でも、こいつらから仕掛けてきて……俺仕方なく」
「落とし前、つけてもらうぜ」ドンッドンッドンッ!
処罰は一瞬で終わり、あたりは静まりかえった。
「ニコライ、エイシアから手を引きな」
ここでようやく、ニコライはすべてを悟った。
「…サミュエル…てめえ、きたねぇじゃねえか!」
逆上して襲いかかるニコライ。ドンッ!
眉間を撃ち抜かれ倒れた。
サミュエルもヴィトと同じくベトナム帰還兵で、腕利きの殺し屋だった。
ショーンは必死に逃げていた。
とにかく、遠くへ、どこか遠くへ。
ふと、ギターの音色と女の歌声が聞こえてくる。
引き寄せられるように、アパートの一室にたどり着く。
扉をたたき、呼びかける。
「助けてくれ! 追われてるんや!」
扉が開いて、若い女が出てきた。
ショーンを見ても全く動じることなく、黙って招き入れる。
テーブルには酒とグラス。
ショーンのような男が来るのに慣れているのか、女は酒を飲みながら
「あんたも飲む?」
渡されたグラスの酒を、ショーンはあおった。
(ロシアンマフィア 死体で発見される)
「ギデス君! これが君の言う、穏便な解決かね!」
デカデカと載った新聞をたたきながら、エイシアの社長は声を荒げる。
「警察はイタリアンマフィアを徹底的に調べるだろう。もし、うちが調べられることになったら、どうするのかね!」
保身第一。今回の恐喝事件を警察沙汰にしたくない、と気が気でない様子。
対するギデス氏は、余裕の表情で答える。
「ご心配なく、恐喝の件は警察に話さないでしょう」
「話さない? つまり、君は我々と奴等の間に信頼関係をつくったのか……よくもまぁしらじらしいことが出来るね」
社長は呆れ顔で、表情ひとつ変えないギデス氏を見る。
「そうです。彼等なら利用価値があると、私は思います」
そして、今回の件はイタリアンマフィアの価値をつり上げる、信頼関係を構築するために、行われたものであると説明するのだった。
「今回の件、ありがとうございました」
後日、ギデス氏は改めてトーマスの事務所を訪れた。
「これは女の手切れ金です。どうぞお納め下さい」
トーマスはこの来訪が、単なるお礼だけではないと察した。
「どういった用件ですか」
「……実は、私の知り合いにヤーデルという実業家がおりまして、今ある土地をロシアンマフィアから買おうとしています。1万ドルで買うと提示したところ、100万ドルよこせとつり上げてきました。どうでしょう、また力をお貸し願えませんか。報酬は1万ドルで」
トーマスはおもむろに席を立つと、黙って窓から外を眺める。
「わかりました。お引き受けしましょう」