序章
争いは終わらない 人間が地球からいなくなるまで
1969年 アメリカで最悪の戦いがあった。ベトナム戦争だ。
若い者が国の為に戦いに行き、英雄として帰ってくる者、骸となり帰ってくる者、しかし、ほとんどが後遺症をもったまま帰ってくる者だった。
1975年、ヴィト・サリバンも後遺症を患い帰還した。
彼はニュージャージで育ったが、田舎暮らしに嫌気がさし、アメリカンドリームを手に入れる為、軍に入った。
ベトナムの戦場はナパーム弾とライフルの音で起こされ、戦地に叩き出され、身も心もボロボロになる日々だった。死にたくないと心は恐怖に支配され、負傷を機に国に帰された。
しかし、ニューヨークという大都会では多くの若者が職にあぶれ、彼もまた仕事が見つからなかった。保険金は出たが、はした金でしかなかった。
今日もM65フィールドジャケット(米軍のコート)とダークブルーのジーンズで職業安定所に行くが、仕事はもらえず街にあぶれる。居酒屋に行き、安い酒で空腹を紛らわす。賭けをして金を増やそうとするが、上手くいかない。そして、夜の街をさすらう。
「ヴィト、ヴィトじゃねえか」
不意に声を掛けられる。自分と同じく汚い身なりの男。
「おい、忘れたか? ルイスだよ、ルイス」
「ルイス? ルイスか!」
ヴィトはルイスと抱きあった。ルイスは彼と同じベトナム帰還兵であり、同じ部隊だった。地獄から帰ってきた戦友との再会に、心が浮き立った。ルイスと飯を食べた後、ヴィトは
「ルイスの奴も職探ししている。俺も職を見つけて、アメリカンドリームを手に入れなきゃな」
心の中で呟いた。
数日後、ようやくタクシードライバーの仕事を貰い、深夜のニューヨークを走る日々を送っていた。仕事がら惨めに感じることがあったが、働く以上は誇りをもとうと決めた。
そんなある日、ルイスから連絡があった。
「ヴィト、すまねえが、20ドル借してくれねえか。いろいろトラブルにあってよ」
「わかったが、返せよ。こっちだって苦しいんだからな」
ルイスとの金の貸し借りは何回か続いていて、どこか様子がおかしくなっていった。
(最近あいつはどこか変だな? エディに相談してみるか)
ヴィトはかつての仲間のエディを訪ね、ルイスの件を話した。
「ヴィト、ルイスの野郎、麻薬やってやがるぜ。実は、俺も20ドル貸してるんだ。あいつに関わるのは止めとけよ」
(ルイスの奴、麻薬に手出したとは…あいつ!問い詰めてやる!)
二週間後、ヴィトはルイスから連絡を貰い、アパートに向かった。20ドルを持ち、足にナイフをテープで縛っていた。
アパートはいかにも麻薬中毒者がいそうな、薄汚い場所だった。ルイスの部屋の扉を開けると、ルイスは麻薬をキメていた。目の焦点が上向き、口元はだらーんと開き、ニヤリと不気味に笑っている。 机には麻薬と注射器があった。やはり、ルイスは借りた金を麻薬につぎ込んでいた。ヴィトは足早に近寄ると、注射器を床に叩きつける。 パリンッ!
「てめえ! なにしやがんだぁ!」
ルイスが飛びかかっていくが、なんなくヴィトに殴り飛ばされる。
「バカ野郎! お前いつからそんなもんに手を出す、腰抜けになった! ベトナムでのお前は何処にいった?!」
「お前なんかにわかるかよ。ええっ?! お前なんかに! 麻薬に苦しむ俺の心が!」
ルイスは泣きながら
「戦争が終わって、職も無い、そんな俺達の行き着く先は何処だ? 麻薬だよ! 最初は一回だけのつもりだった。幻覚でアメリカンドリームを掴んだ気になって、そのドリームを手離すのが怖くなって、今じゃどっぷり漬かっちまったよ!」
泣きながらヴィトの方を見て、言い続ける。
「お前にはわからんさ。勝ち組のお前に、負け犬の気持ちなんて…俺の、中毒者の気持ちなんてな!」
ヴィトは何も言わず出て行った。もうルイスはあの頃のルイスではない、別の人間だと。
ヴィトが出て行った後には、泣きながら麻薬にすがるルイスが残された。
ルイスへの怒りは、いつまでもヴィトの心にくすぶり続けた。
ある日、憂さ晴らしにパチンコを打って過ごしていた。ぼろ儲けで金がなくなり、仕方なく店を出ると、
「おいッ! てめぇ、いつになったら金返すんだよ!」
柄の悪い声に、路地裏に入ってみると、一人の男が三人組に絡まれていた。男は白いスーツに赤いシャツ、髪はリーゼントの若者だった。
「まあ、待ってください。あと一日、二日待ってください。そしたら必ず返します」必死で頼みこむ。
「待てねぇから、はよしろ言うとるんやろが!」
「ぅがぁ!」
若者は殴られ、地面に倒れこむ。このままリンチか…
「なんだ、お前?!」
ヴィトに気付くと、いきなりチンピラは飛びかかってきた。すかさず殴りとばすと、もう一人の攻撃をかわし、こいつも殴り倒す。
「てめぇ!」
三人目の拳もなんなくよけて、殴り倒した。三人を片付けて立ち去ろうとすると
「待ってくれ」若者が声をかけてきた。
「あんた、助けてくれて、ありがとう。どうだ? 出来れば恩返しに食事でも」
「やめな、金が無いんだろ」ヴィトが冷たく言う。
「だから家でごちそうしてやるよ!頼むよ、恩返しさせてくれ」
若者の熱心な頼みに、ヴィトはため息をついた。
「わかった…案内しろ」
二人はアパートに向かった。
「汚れてますけど、結構いい所なんですよ」
気乗りしないヴィトの様子を、あまり気にすることなく若者は案内する。部屋に入ると、棚から缶詰、冷蔵庫からハムと白ワインを出してきた。
「さぁ、座ってください」
手近な椅子にヴィトが座ると、若者はワインのコルクを開けた。いい香りが部屋中にただよう。
「それじゃあ、俺達の出逢いを祝して、乾杯!」
二人は飲んで食べて、徐々にリラックスした雰囲気になっていった。
「紹介が遅れました。俺の名前はジョニー。ジョニー・ラッツォといいます。以後よろしくお願いします」
「ヴィトだ。ヴィト・サリバン。こちらこそよろしく」
「さっきの、あの三人をいとも簡単に倒した、あれは、ボクシングってやつですか?」
「そうだ。高校時代かじってたもんでな」
「それは凄い…俺なんかただ見てるだけで…すごいのなんのって。ステゴロってこうゆうのかって思いましたよ」
「ステゴロは言いすぎだ。ベトナムの経験があったおかげだ」ヴィトは照れながら
「軍隊で何度か賭けでボクシングをやった。そこから軍隊術の基本である、早く倒すを会得したんだ」
「すげぇや…」
ジョニーはヴィトから、ベトナム時代の様々な経験談を聞いたり、話しあったりするうちに、(すげぇや、俺が高校でバカやってた時に、この人は戦場で修羅場をくぐっていたんだ。兄貴だ…この人は俺の兄貴だ!)
「兄貴! どうか兄貴と呼ばせてください!」ヴィトの前に土下座をした。
「俺は貴方に助けられた時から、この人の為ならどんなことでもやる、と決めました。どうか舎弟にしてください」
ヴィトは驚いた。
「やめろ、舎弟なんて似合わんこと…俺達は友人だろ。顔を上げろよ」
感極まってジョニーは抱きついた。
「兄貴! 俺は兄貴の一生の相棒です!」
(こいつと相棒を組むのもいいもんだな)ヴィトは胸中で呟いた。
ジョニーと相棒になったヴィトだが、数日後、仕事に行く途中で襲われた。腹を殴られ連れていかれたところでは、ジョニーも痛めつけられていた。薄暗いビルの中、五人の男のうちの一人が近づいてきた。この前の三人組の一人だ。
「兄貴…すいません…」ジョニーはボロボロでヴィトに謝る。縛られて動けないヴィトに男は
「この前はありがとよ!」ヴィトの顔に右フックを打ち込む。ドスッ! 手を縛られて動けないので、ヴィトはただ殴られていた。
「お前はさっきの奴と違って、やるじゃねえか…おぅ!」ドスッ!ドスッ! 腹に二発ボディブローを当てられる。男の攻撃にヴィトは
「…縛られた奴しかヤれねえのか、弱いな」血を流しながら、男の目を睨みながら薄ら笑う。
「このっガキゃ!」振り落とされた右フックが頭に当たる。逆上した男はナイフを出し、
「その目ん玉えぐり出してやる…」ヴィトの目を刺そうとした。が、腕を掴まれる。
「! 兄貴! 止めないでください!」
「殺すことはねぇよ」リーダー格は止めさせると、ナイフを奪い、ヴィトの縄を解いてくれた。
「こいつらから聞いたんだが、お前、喧嘩が強いんだって?」リーダー格が尋ねてくる。
「あぁ」ヴィトが返すと
「殺すのは惜しいな。……おい! こいつら二人買うぜ」と言った。
「トニーさん、そりゃないですよ」さっきの男が不服そうに言うが
「500ドル出す。それでいいな」500ドル札を男の胸ポケットに入れると、黙ってしまった。
ヴィトとジョニーは、トニーの事務所に案内される。
「紹介がまだだったな。俺はスカレッタファミリーの若頭、トニー。トニー・ヴェルセティ」
「ヴィト、ヴィト・サリバンです」
「ジョニー、ジョニー・ラッツォです」二人は慌てて頭を下げる。「この度はすいませんでした」
「頭下げることはねぇ、お前らに見込みがあると思ったから買っただけだ。だが、買われたからには組の人間として働きな。職に困ってるんならな」
ヴィトとジョニーの返答は決まっていた。大金を手に入れて、今の惨めな生活から抜け出すには、ヤクザになるしかない。
「お願いします」二人はトニーに頼み込んだ。
「おっ、トニーの兄貴、新入りですか?」
幹部と思われる男だ。グレーのスーツを着た頭の良さそうな人物。ヴィクター・ジルバ。スカレッタファミリーの会計士で幹部である。
「おい、俺から言うが、トニーの兄貴の元にいれば、一人前の男になれるぜ」
「よしてくれ、ヴィクター。俺が男になれたのは、トーマスがいたからだ。俺自身の力じゃない」トニーは否定した。
「まぁ、トニーの為に良く尽くすんだぞ」とヴィクターは言って、トニーに挨拶して出て行った。トニーは二人を見ると
「お前らは下積みだ。明日から金の取り立てをしてもらう。いいか」
「はい!」
トニーの事務所を出ると、辺りは暗くなっていた。
「やったぜ、兄貴、これで俺達ヤクザになったんだ。いいスーツ着て、美味い飯食って、いい女抱いて」
ジョニーは浮かれ気味だった。しかし、ヴィトの複雑な表情を見ると
「すいません! 一人で浮かれて…俺がこんなことに巻き込んじまって…」頭を下げる。ヴィトは
「いいって、気にするな。こうなったからには、俺とお前、二人で上がるしかねぇ。俺はお前を最高の相棒だと思ってる。頼んだぜ、相棒!」
「兄貴!!」
ヴィトの言葉に、ジョニーは叫び固く固く手を握りしめた。
この日から、二人は本当の義兄弟になった。
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