異世界召喚されたらしい
異世界召喚。それなりの年頃なら皆だいたい憧れるものだろう。君が勇者だの聖女だの祭り上げられ、誰もが自分に頭を下げる。言うなれば一発で人生勝ち組になれるというものだ。
だがしかし、そう簡単になるだろうか?
よくよく考えてみてほしい。異世界召喚と言えば聞こえはいいが、同意なしで連れ去っているわけだから実質誘拐だ。
もっとわかりやすく言えば、いきなり車で連れ去られ見知らぬ外国で、これまた見知らぬ人達に色々頼まれるわけだ。しかも異世界の場合、飛行機などで帰れるわけではないため更にたちが悪い。
それでも勇者や聖女に召喚される少年、少女がされるがままであるのは今までの平和な環境ゆえである。
勇者、聖女なのだから優しくしてくれる。
裏表などない。
自分は騙されていない、害されない。
守ってくれる親や国家がない中でも、これまでの経験から悪い考えに至れない。あるいは守ってくれる存在がいないからこそ、縋らざるをえない。
これを考えれば絶望的にはなるが、正直異世界召喚なんて宝くじが当たるよりありえないだろう。
まだお化けの方が信じられる、彼女はそう思っていた。
自分が召喚されるまでは。
「やった…やったぞ聖女召喚に成功した!」
「これで世界は救われる」
人間は予期せぬ事態に陥った時、思考を停止させる。周りが興奮に騒ぐなか、彼女はぴくりとも動けなかった。
「静まれ」
凛とする声が響いた。すると瞬く間に声が静まり、やがて少年が彼女に近づいた。
赤い髪。そう赤い髪だ。日本ではかなり染めないとならない髪だ。
瞳も同色。カラコンとは思えない、自然な瞳。
「お初にお目にかかる、私はゼン王国第一王子ヴィクター=ゼン。貴女の名前をお聞かせ願えないだろうか」
かなりのイケメンだ。正直これを見て醜いと言える人はいないだろう。
それはそれとしてこの顔面二次元から名を尋ねられた。誰が?自分が。
普通ならついうっかり自分の名前を言ってしまうだろう。
しかし彼女は少し普通ではなかった。
「山田花子です」
バリバリの偽名を名乗った。それはもう日本人なら偽名だとわかる上、ふざけんなと言われるくらいの。
知らない人には名前を教えない。イケメンより十数年間の教育の勝利であった。
疲れているだろうと豪華すぎる一室を与えられ、説明は後日にとされた。
流石に召喚初日に危害を加えられることはないと彼女、山田花子(仮)はその申し出を受け入れた。一回寝てからなら見えてくるものもあるし、心構えもできるだろう。
メイド付き添いのお風呂は断り、実家の布団より遥かにふかふかのベッドに寝そべった彼女は、少々落ち着いた頭でこう思った。
もっとマシな偽名にすればよかったか。